ネネは何かに漂っている。
海のような空のような。
一本の線の上で漂っている感覚。
心地いいなと感じていると、
突然くすぐったい感覚がした。
鼻が、鼻が…
「くしょい!」
ネネは派手にくしゃみをした。
寝ぼけたままで辺りを見る。
ベッドにネネは寝ていて、枕元にドライブ。
きっとまた、尻尾で鼻をくすぐったのだろう。
「おはよう」
『おはようなのです』
「着替えるから待ってて」
『はいなのです』
ネネはベッドからもぞもぞと出ると、
制服に着替えた。
相変わらず野暮ったいなぁと思う。
スカートを短くするわけではないが、
ネネ自身、制服を着こなせていない感じがした。
髪を梳かして適当に束ねる。
渡り靴も準備する。
端末も装着する。
「お待たせ」
ドライブに呼びかける。
ドライブは耳に当たる、丸いアンテナで何かを聞いていたらしい。
『線の強度は今日も調子いいのです』
「了解。それじゃ、端末をエンターにするんだね」
『レディのお店の前に出るはずなのです』
「了解」
ネネは渡り靴を履く。
室内だけど見逃して欲しい。
ドライブを肩に乗っける。
そして、深呼吸をして、端末のエンターを押す。
光の扉が現れた。
ネネは光の扉をつかんだ感触を持った。
引き込まれ、倒れるような…
…感じを持ったあと、ネネは空気の違うところに出ていた。
光が収まり、
ネネは目をあけた。
そこはレディのお店の前。
端末の箱がたくさん並んでいる、どこか埃っぽいお店だ。
「来たの…かな」
ネネはあたりを見回す。
朝凪の町に来たのだ。
『成功なのです』
ネネはほっと息をついた。
いろいろ呼び方はあるだろうが、
世界をまたぐのはびっくりするし、おっかなびっくりだ。
いつでも失敗を考えてしまう。
ネネは桜色の朝焼けを見る。
レディのお店のほかにも、どこかとつながっている、
電線のような物がたくさんつながれている。
見上げたその空は区切られているけれど、
朝焼けは失敗を考えないとネネは思った。
これから始まることの象徴であり、
恐れを知らない空に見える。
ネネは朝焼けが、うらやましくなった。
『朝焼けが、うらやましいですか』
ドライブが考えを読む。
「うん、何も恐れない空の気がするよ」
ネネはじっと朝焼けを見る。
『朝凪の町はいつだって朝焼けです』
「それでこんなに、すがすがしいんだね」
ネネは深呼吸をしてみた。
埃っぽさも感じないわけでもないが、
強さが少しだけ満ちた気がした。
朝凪の町にい続ければ、もっと強くなれるかなと思った。
「おや、来てたのね」
店の奥からレディが顔を出した。
「端末を使いました」
「生体通信がちゃんと機能したのね」
「生体通信って言うんですか」
レディはうなずく。
「命すら送れるよ。もっとも、ちゃんとした線がないとばらばらになるよ」
ネネはぶるっと震えた。
ちゃんとした線がなかったら、ネネもばらばらになっていたかもしれない。
レディはネネの頭をなでた。
異形の左腕だが、いつものようにあたたかい。
「ちゃんとした線がない人には売りつけないよ。安心して」
ネネはうなずいた。
「鋏師があちこち断ちにかかってるけど、妙な線があるって噂よ」
「妙な?」
「レッドラムの線とか聞いたわ」
「なんだそれ」
『通り魔ですね』
ドライブが解説を入れる。
『心が普通でなくなる線なのです』
「普通でなくなるとどうなるの?」
『自他共に破壊するかもです』
ネネは思い出す。
渡り靴の警報でうずくまり、通り過ぎていったカンオケバス。
事故を引き起こしたのは、通り魔の線なのかもしれない。
「浅海の町にも、通り魔が出るのかな」
『認めたくないですけど、ありうるのです』
「どうしたらいいかな」
ネネは考えた。
「とりあえずは線を辿りな。何かあるかもしれないよ」
レディの助言に、ネネはうなずいた。