ネネは歩く。
自分だけの線を辿って。
先に行った人は気になるし、
カンオケバスや、通り魔も気になるし、
戦闘区域みたいな危険な場所だって気になる。
レッドラムの線、それから、公園で聞いた偽の線。
心にとめるものが多いなと感じた。
「ドライブ」
ネネは呼びかける。
『なんでしょう?』
「器屋さんはどのあたり?」
『あまり遠くないと思うのですけど』
「ですけど?」
『さっきのネネの遠回りで、どこまで行けばいいやら』
「そっか」
『それから器屋自身も、行商に行くことがあります』
「逢えない可能性もあるわけだ」
『線の中継点にあるのなら、いずれ逢えましょう』
「なるほどね」
ネネはうなずいて、また、線を辿った。
不意に、ネネの前におかしな光景が広がった。
住宅街の一角。
線が二つに分かれている。
右と、左。
「え?」
ネネは当惑する。
どうしたらいいんだろうか。
『ネネ』
ドライブが呼びかける。
『片方は罠です。多分罠なのです』
「なんで、罠が?」
『わかりません。けれどもネネを罠にかけたいのがいるのです』
「どっちが罠?」
『わかりません。片方は悪意があるのです』
ネネは思う。
ネネを誘い出して、戦闘区域に運んだやつなのかもしれない。
公園で少しだけ聞いた、偽の線なのかもしれない。
ネネは線をじっと見る。
線は微動だにしない。
ただ、どちらもあるべきもののように、そこにある。
ネネは線の向こうを見る。
片方に、誰か人影がうつった。
「ネネ」
人影が親しげにネネのことを呼ぶ。
誰かの声に似ている。
ネネは思い出そうとする。
遠くに聞いた声ではない。
「ネネ、こっちに来いよ」
ネネは閃いた。
「久我川ハヤト!」
ネネは叫ぶ。
人影は、ハヤトの姿をとった。
わが意を得たりというように、ネネを手招きしている。
「ネネ、一緒に…」
「違う!お前は違う!」
ネネはきっぱりと否定した。
ネネは腹の底から否定する。
「ハヤトは、ネネとは呼ばない!」
ハヤトの人影がぐにゃりと歪むと、
線がかすみのように消えた。
「悪意…」
ネネはつぶやく。
『ネネ、早くここを離れましょう』
「うん」
ネネは走り出す。
もう一方の線に向かって。
かんかんと渡り靴が鳴る。
悪意の、たぶん偽の線が消えても、危険なのだ。
ネネは走る。
警報がやまない。
ネネはつまづいて転ぶ。
何かが迫ってくる。
よけられない。
「理において!あらぶる火よ静まりたまえ!」
よく通る声が響く。
清流のような、意思のしっかりした宣言する声。
ネネはうずくまる。
何かが、熱い突風みたいなのが、
ネネの近くまで来て、消えた。
そんな気がした。
ネネは恐る恐る起き上がる。
迫ってきた、何か、も、ない。
そこには、白装束の男がいた。
立方体の箱を背負い、手には壷が一つ。
長めの髪を後ろで縛っている。
男は振り向いた。
細い目をしている。
開いているのか閉じているのかわからない。
「正しい線を選びましたね」
男が語る。
「偽の線を選んでいたら、焼き尽くされるところでした」
清流のような声。
どこかで聞いた。
「しかし、焼き尽くされなかったといえども」
男は言葉を区切る。
「いずれ後悔をしますよ」
ネネははっとした。
あの時聞いた声だ。
「あなたは、どういうものなんですか?」
ネネはたどたどしくたずねる。
「私は器屋」
男は自己紹介をする。
「理にのっとった、器を求めるものです」
「ことわりに?」
「そう、理に。偽の線にも負けない、理があるはずです」
「負けない、理」
「真実の線に、理の器があるはず。それを探しています」
「真実の線」
「線は千もそれ以上もあります。その中に器があるはずです」
「そうなんだ」
ネネはよくわからないけれど、
この通った声に逢えたことを、うれしく思った。