桜色の朝焼けの中、器屋は微笑む。
「いずれ後悔をしますよ」
聞き覚えのある声。
聞き覚えのある台詞。
「後悔したくないよ」
ネネははっきりと言ってみる。
器屋は深くうなずく。
そして、答える。
「それでも、後悔は付きまとうのです」
器屋の言葉は真実をついている気がする。
真実だとしても、ネネは後悔をしたくなかった。
「線はどこに続いていますか?」
器屋が尋ねる。
ネネはじっと自分の線を見る。
「ここをまっすぐ」
「では、海ですね」
器屋が答える。
ネネはすっかり忘れていた。
浅海の町と同じような町ならば、
朝凪の町は海に近いはずだと。
「海にこの熱波も返しましょう。水は火を消すのですから」
器屋が壷を示す。
「さっきの?」
「ええ、熱波を理で閉じ込めています」
「ことわり」
理。さっきも言っていたものだ。
器屋は理を使うらしい。
「理って何なの?」
ネネは器屋に尋ねる。
「言葉や行動の作る、理解できる仕掛けです」
「仕掛け」
「私はこの火を閉じ込める仕掛けを作った」
「その、壷?」
「火の流れと線の強度、そして意思。そろうと閉じ込めることが出来ます」
「仕掛けなんだ」
ネネはネネなりに納得する。
「あなたにはあなたの一生があります。それはある仕掛けです」
器屋は続ける。
「それはあなたの物語で、あなたしか書けないものです」
「あたしだけ」
「そう、そして、書きつくしたあとで必ず後悔します」
「書き尽くしても?」
「あなたの一生は物語となり、あなたはそれを後悔し続ける」
「何度だって言う。後悔したくないと」
「生きることは、後悔を産み出す仕掛けによく似ているのです」
器屋はよく通る声で宣言する。
ネネはきゅっと唇をかみ締める。
後悔は嫌いだ。大嫌いだ。
朝凪の町に来てから、
こんなに嫌いなものを示されたことはなかった。
もっと嫌いなものがあるかもしれない。
退屈な日常だったり、騒がしい町だったり。
嫌いなもの。
ネネが嫌いなもの。
行動を起こしてからの後悔。
だからネネは行動をしない。
勉強だって居眠りしようとする。
友人だって作らないようにする。
必要以上の行動をしない。
それは後悔に通じているから。
「それでも」
ネネは言葉をつむぐ。
「それでも線を辿りたいよ」
ネネが行動を起こせるようになって。
線を辿ることは、ネネにいろんな風景を見せてきた。
触れなかった人に触れた気がした。
ネネは受動的ではあるけれど、行動を起こした。
「ふむ」
器屋はうなずく。
「では、線を辿りましょう」
ネネもうなずき、歩き出した。
「あなたは、この世界をどんな風に見ていますか?」
歩きながら器屋が問う。
やはり歩きながら、ネネは考える。
「自分にとても似ていると思う」
ネネは答えた。
ネネは言葉に出来ないけれど、
自分の奥底にある自分と、この町はよく似ていると思った。
器屋はうなずいた。
「あなたの線を辿っているから、あなたの心に似ているのかもしれません」
ネネはなんとなくわかる。
この町はネネの心を映しているのかもしれない。
行動しないネネに代わって、動き続ける町。
「そういえばご存知ですか?」
器屋がネネに話題を振る。
「この町にあなた以外に異邦人がいることを」
「いるの?」
「いるのです」
器屋は断言する。
「詳細は不明ですが、あなたと同じ年頃で男だということです」
ネネの脳裏に、久我川ハヤトが映し出される。
「名前はわからないの?」
ネネは気がついたら、そう尋ねていた。
「詳細は不明です」
器屋は繰り返す。
ネネは思う。きっと久我川ハヤトだと。
仮にハヤトだったとして、
どうしてこちらにいるのだろう。
何を見ているのだろう。
偽の線がハヤトの姿を使ったことに関係はあるだろうか。
何かに巻き込まれていないか。
ネネの中で感情が渦巻く。
それは、気がかりとか心配とかに、よく似ていた。