「ネネー!おきてるー?」
下の階から母のミハルの呼ぶ声がする。
ネネはもぞもぞとする。
そうして、自分がベッドに突っ伏していることに気がつく。
昨日もそうだった。
まともに眠れていないんじゃないかと思う。
そのくせ、頭ははっきりしている。
ネネは頭を振る。
寝ぼけた感じはない。
足には渡り靴。
履いたまま戻ってきているらしい。
ネネはそっと、渡り靴を脱いだ。
服装は学生服のままだ。
しわしわになっていたりすることはないらしい。
『大丈夫なのですよ』
鈴を転がすようなドライブの声がする。
ネネの頭の近くに、ちょこんといる。
『疲労は蓄積されず、端末の働きで一度消えるのです』
「ふうん」
ネネは野暮ったい端末を見る。
疲労を蓄積させない効果があるらしい。
野暮端末、恐るべし。
「端末の働きって、いつも疲労を消してるの?」
『扉を開く際に一度チャラになるのです』
「あの光の扉?」
『そうなのです』
「パソコンの再起動みたいなものかな」
『そういうものなのですか』
「多分ね」
「ネネー!」
階下から母の声がする。
「それじゃ、朝ごはん食べて学校に行くよ」
『いってらっしゃいなのです』
「ドライブは、やっぱり隠れてて」
『パソコンの近くに置いてください。物が大きくて隠れやすいのです』
「了解」
ネネはドライブを片手に抱くと、そっとパソコンの近くに置いた。
「それじゃ、いってきます」
『はいなのです』
ドライブはちりりんとパソコンの陰に隠れた。
ネネは靴を手にして、階下へ降りる。
だまって靴を玄関に出して、
台所へと入った。
「あら、おはようネネ」
「おはよう」
ネネはボソッと言う。
ぼそぼそ話すのは、癖なのかもしれない。
「靴を部屋に持って行って、何かたくらんでた?」
ミハルに直球で聞かれた。
ネネは答えるものを持っていない。
異世界に行ってますなんて、わかりっこない!
「あの、その」
「まぁ、部屋から飛び降りないでね」
ミハルは勝手に納得させると、味噌汁の具合を見た。
「うん、いい感じ」
ネネは、ほうけた。
言い訳が山ほどあったのに、
どれも言う暇もなく、納得されてしまった。
部屋の窓から飛んで出たこともあったが、
螺子ネズミが突風を呼びましたなんて、わかりっこないのだ。
ネネ自身、ちょっと夢かもしれないと思っている。
ネネは気を取り直して朝ごはんを食べる。
普通に食事をしていると、
通り魔がはびこっているなんて別の世界のようだ。
ニュースが凶悪事件を伝えて、
地球が泣いていますとか聞いて、
全部別の世界のようだ。
朝凪の町は戦闘区域があって、
死ぬまで戦う人がいて。
通り魔をばら撒いている人がいるとか。
ネネにとってのリアルは、
この食卓において、リアルじゃない。
ネットで触れた人の情報がどうでもいいことにされるように、
この食卓には、家族と言うリアルがある。
家族は近所や友人や親戚まで広がり、
それ以上になると、どんどん薄れていく。
ネネはそんな気がする。
朝凪の町と、浅海のこの食卓は、
区切られているとネネは感じる。
区切られていて当たり前なのかもしれない。
それもまた、辿られることのない線なのかもしれない。
ネネは味噌汁をすする。
魚のすり身団子が入っている。
だしが出ていておいしい。
こうしておいしいと感じることが、
家族をつなぐものなのかもしれない。
「おいしい」
ネネは、いつものようにボソッと言った。
ミハルが微笑んだ。
それはそれはうれしそうに。
ネネは料理評論なんて出来ない。
テレビの人のようにべらべら話せない。
それでも味噌汁がおいしいと感じた。
この味噌汁、この朝ごはん、いや、食卓なら、
この家族をつなげていける。
そんな気がした。
ネネは改めて、食卓がすごいと感じた。