ネネはうなされた。
なんだかよくわからない、怖いものにうなされた。
突然変な感じ、そして、くしゃみ。
ネネは拍子に起きた。
『うなされていたのです』
いつもの頭に語りかけてくる声。
ドライブだ。
「あー」
ネネは頭をごしごしかく。
なんといっていいのかわからない。
「ありがとう、ドライブ」
ようやくそれだけ頭の中で繋がる。
『どういたしましてなのです』
ベッドの端で、ドライブがぴょこんと頭を下げた。
「ドライブは歩いて机から来たの?」
『小さい突風を作って飛んできましたなのです』
「なるほど」
ドライブは突風を呼んだり使えたりする。
そのくせ怖がりで、どこか保守的かもしれない。
「着替えて向こうに行こうか」
『はいなのです』
ネネはもっさりベッドから降りる。
どうも疲れている気がする。
うなされていたからだろうか。
『ネネ』
「うん?」
『心に怖いことがあったら言ってください』
「なんでまた」
『心の中に、そいつを噛み付きに行きます』
ネネは微笑んだ。
占い師と聞くだけで怖がっていた螺子ネズミが、
ネネの心に行って、怖いそれに噛み付くという。
「ありがとう、ドライブ」
ネネはドライブをなでた。
ドライブは少し、震えていた。
言っただけでも怖いのかもしれない。
ネネは学生服に着替える。
持ってきておいた渡り靴を履き、
野暮ったい端末をいじくる。
ドライブを肩に乗せて、準備万端。
「それじゃ、行くよ」
ネネは宣言して、端末のエンターを押した。
光の扉が現れた感覚。
ネネはまぶしさに目を細めながら、
光の扉を開いた感覚を持った。
ネネは一歩踏み出すと、そこは砂利交じりの海岸だった。
見覚えがある。
ここは朝凪の町の海岸だ。
凪いでいる海。
器屋から熱波を受け取っても凪いでいる海。
ネネは思う。
眠っているのだ、この海は。
そして、その夢が時々どこかに届くのかもしれない。
誰かの意識だったり、夢だったり。
何万年、何億年熟成された思いは、
届いても理解されないかもしれない。
「海が別世界だということ、わかる気がするよ」
『そうですか』
「海の夢は理解できない」
『そうですか』
ネネは砂利交じりの浜にたたずむ。
凪いだ海の音が、小さく鳴り響いていた。
「おや」
よく通る声がした。
ネネは振り返る。
そこには、器屋がいた。
「また逢いましたね」
器屋は、よく通る声で挨拶する。
「また来たよ」
ネネは挨拶を返す。
「今、来たばかりですか?」
器屋が問う。
「うん、今来たばかり」
ネネは答え、器屋の答えを待つ。
「最近、勇者というものが現れたらしいですよ」
「勇者?」
ネネはなんだそれはというように返す。
器屋も心得たらしい。
「わからなくても、おかしくありません。つい最近のことです」
「勇者、かぁ」
「何でも、勇者の称号を得たという噂です」
「勇敢なんだろうなぁ、きっと」
「わかりません。臆病でも称号は得られるかもしれません」
「器屋さんはそう思うんだ」
「はい、それに」
「それに?」
「線が繋がっていなければ、どんな勇者も関係ありません」
「ああ…」
聞いてからネネは自分の線を確認する。
どこかへ続いている、線。
ネネの線が繋がっていなければ、
どんな勇者も関係ない。
噂は聞くかもしれないけれど。
それでも、通り魔は関わってくるかもしれない。
このあまたの通り魔を、
勇者は撃退してくれないものだろうか。
『耳慣れないですね。勇者って』
ドライブがぼやく。
「ドライブも知らないんだ」
『わかんないです』
「とにかく、線を辿ろう」
『はいなのです』
「それじゃ器屋さん、縁があったら、また」
ネネは軽くお辞儀をすると、朝凪の町を歩き出した。