ネネと鋏師は、客間に通される。
小さな家で、客間の縁側は、そのまま植物の育っている庭が見える。
種類はわからない。繁茂しているというのは、こういうことだろうか。
ネネは正座する。
「崩しても平気ですよ」
鋏師が笑う。
ネネは考えた挙句、足をそっと崩した。
遠くで風鈴がなる。
ネネは部屋を見渡す。
小さな家。
小奇麗でも時間を過ごしていた古い家。
古さは沈殿し、家主のバーバがそうであるように、
きれいな時間を家は宿している。
バーバが小さなおばあさんであるように、
家の中は、品よく時間を重ねてきたことを思わせていた。
やがてバーバが、お茶の準備をして奥から現れる。
甘納豆と、不思議なにおいのお茶。
「さ、召し上がれ」
「いっただきまーす」
鋏師が元気に甘納豆をほおばり、
「いただきます」と、
ネネは甘納豆をかじった。
ネネはどこかでこんなものを食べた気がする。
一番最初に食べたお菓子はなんだっただろう。
思い出せないのに、昔、この甘納豆を食べた気がした。
「ねねちゃんやぁ」
バーバはネネに問いかける。
「元気そうだねぇ」
バーバはしわくちゃに笑う。
いるだけでうれしい、そんな感じで。
ネネはバーバの目を見る。
うれしくてしょうがない、その目を。
ネネに何かが流れ込んでくる気がする。
ネネの心はゆりかごのように揺れる。
ふら、ふら、とゆれて、
ネネはどこかを探すように、その瞬間、ネネはネネの身体を離れて何かを求める。
ネネは朝凪の町の中にぽつんといる存在。
朝凪の町は、いつも眠っているけれど、住人もいる小さな町。
その町が不要であるものと、通り魔は壊しにかかる。
通り魔は町に溶かされた、占い師の執念。
ネネは町と一体になろうとする。
そこまでは届かない感じがする。
リディアがいる。音編みがいる。
レディがいる。器屋がいる。
鋏師も看板工もいる。
見えていない住民がたくさんいる。
ネネの見た景色をネネは守りたいと思い、
ネネの大切な世界を、ネネはどうにかしたいと感じた。
通り魔に壊されるのは嫌だ。
ネネは強く思う。
導かれるように、次の場面が出た。
雲。朝焼けを受けている遠くの丸い雲。
ネネは、はじめは、何かわからなかったが、
ここに行けばいいんだと思った。
ネネに力をくれるのか、悪の巣窟なのか、
「そこは昭和島。昭和という時代の思い出が集う島だよ」
ネネは不意に、心が自分にかえって来る。
今まで見ていたのはなんだろう。
「ネネちゃんは昭和島に行くべきなのかもね」
「昭和島?」
バーバは真顔になった。
「ネネちゃんには昭和はないかもしれないけど」
バーバが話し出す。
「古い思い出を巻き込みながら、ゆっくり成長する島だよ」
「ふうん」
「朝凪の町は、人の思い出を編まれて出来た、つむがれた町だよ」
「思い出」
ネネはよくわからない。
通り魔に壊されるのは嫌だ。
この居心地のいい世界を守りたいと思った。
不意に脳裏に閃くもの。
勇者はどうしているだろう。
「勇者は通り魔を狩っているよ。安心しなさいな」
ネネはうなずく。
もう一人、閃く人がいる。
久我川ハヤト。
この世界に、来ているような気が、した。
ネネは守っていられるだけで、自分からなかなかこの世界を守れない。
自分の力で何とかならないだろうかと思う。
「その子は彼氏かい?」
バーバに考えを読まれ、
ネネがびっくりした。
「え、あ…」
「あら違うのかい?」
ネネは考える。
彼氏ではないにしても、話していて楽しい存在だ。
ネネは説明しようとする。
なかなか話すことが出来ない。
「大好きだという心は、一番強い心さ」
「そうなの?」
「ネネちゃんが自分を好きになって、ネネちゃんが世界を好きになって、そして」
「そして?」
「ネネちゃんが大好きな人を大好きになる。それだけできれば大丈夫だよ」
ネネは強くうなずいた。
「さし当たって昭和島だね」
ネネが目標をしっかりさせる。