バーバの家から外に出て、
ネネは自分の線をよく見る。
「どこへ繋がっていますか?」
鋏師がわらじを調えながら尋ねる。
「あそこの角を入ったところみたい」
「あそこ?」
言いながら鋏師も出て来る。
「ほら、今、人が出てきたところ」
「ああ…」
鋏師は納得する。
「看板工さんの近くに出ますね。あそこなら」
「そっか」
ネネはかかとを鳴らす。
こっつこっつと音がする。
「それじゃおばあちゃん、行ってみるね」
「お茶、どうもでした」
ネネと鋏師はバーバにお礼を言うと、歩き出した。
「器屋さんには逢えましたか?」
鋏師が尋ねる。
「うん、理の器を探しているとか言ってたよ」
「ことわり」
「うん、器は仕掛けに似ているんだってさ」
「あの人なら、そういうかもです」
ネネは思い出す。
白装束のへんてこな男。
よく通る声。
「いずれ後悔をしますよ」
ネネはつぶやく。
鋏師には聞こえていないようだ。
ネネは思う。
後悔しないことなんて、出来ないかもしれないと。
何らかの後悔を背負って生きているかもしれないと。
重いことは考えにくいけれど、
運命みたいなものに、必ず後悔があるような、そんな気がした。
それでもネネは思う。
後悔したくないと。
ネネが決めたことでありたいと。
誰に動かされたわけでなく、
ネネが動いて決めたこと。
そして、誰のせいでもなく、ネネが決めたこと。
そうありたいとネネは思った。
『ネネ』
ドライブが頭に語りかける。
「何、ドライブ」
『ネネには意志の強さがあるのです』
「強い?」
『強いです』
ドライブは肯定する。
『怖いものも、みんな打ち砕いてくれる気がします』
「わからないよ」
『だから私はネネのところに行き着いたのかもしれません』
「そうなの?」
ネネは立ち止まってドライブに問う。
『何か怖いものがあって、ネネにすがっているのかもしれません』
ネネは、肩のドライブをそっとなでた。
「ちっぽけなネネにありがとうね」
『ちっぽけじゃないですよ』
「じゃあ、野暮なネネ」
『野暮ですけど、それだけじゃないのです』
「野暮ってことは否定しないんだ」
『むぅ』
言いくるめられたドライブに、ネネは笑い出した。
「まぁいいじゃない。勇者のようにはいかないだろうけどさ」
『勇者』
「ちっぽけな螺子ネズミくらいは、どうにかしたいよ」
『はい』
ドライブはネネの肩でちたちたと足踏みする。
『ドライブは幸せネズミなのです』
「うん、それでいいとおもうよ」
ネネは鋏師を追った。
鋏師はちょっと先で待っていた。
見覚えのある町並みになってきている。
一度通ったところだろうか。
国道が近いような気がする。
浅海の町で言う国道だ。
朝凪の町では車が通っていない気がした。
あの感じだと、多分通っていない。
国道から住宅街、そして商業施設の間辺りに看板街がある。
さびた金網に囲まれた、看板だらけの街。
浅海の町では何があるところだろうか。
町をこんな風に歩いたことがない。
ネネの脳裏に古い記憶が走る。
危ないとされる工事現場に入って、
秘密基地ごっこをした記憶。
金網と看板から、ネネの記憶が呼び出されたのかもしれない。
ネネは思い出のそこに、誰かがいることに気がつく。
「おとこはゆうしゃなんだぞ!」
小さな男の子が、勇者なんだといって、
サランラップのしんのようなものを振りかざす。
「じゃあおんなは、ゆうしゃじゃないの?」
小さなネネが問いかける。
「そうだ、おんなはゆうしゃじゃないんだぞ」
ネネが泣き出した記憶。
小さな男の子はおろおろとして、
「なくなよぉ…」
と、弱腰になった。
ネネはあの日のネネに言ってあげたいことがある。
「ひっぱたいてやれ」
現在のネネの肩で、ドライブがくすくす笑った。