くしゃみをして、ネネは起きた。
鼻がくすぐったい気がする。
ネネは起き上がって再びくしゃみをする。
『おはようなのです』
頭の中に鈴を転がすような声がする。
ドライブだ。
「おはよ…しゅん!」
ネネは変なくしゃみをする。
『くすぐりすぎたですか』
「わかんないけど」
ネネは鼻をすする。
風邪を引いたかなとも思う。
学生服のまま、突っ伏していたのかもしれないし。
ドライブはネネのベッドの上にいる。
ネネはドライブをぽんぽんとなでた。
「いつもありがと」
『いえいえなのです』
ドライブは尻尾を揺らす。
尻尾の先は螺子になっている。
ネネは不意に、ドライブが道具のような気がした。
何かの仕掛けなのかもしれないと。
『尻尾が螺子だからですか?』
考えを読んだドライブが話しかける。
「そうかもしれない」
『私が仕掛けならば、ネネの役に立つ仕掛けでありたいですね』
ドライブはそんなことを言う。
「ドライブはドライブだよ。肩の上にいる小さな螺子ネズミだよ」
ネネはそんなことを言ってみる。
『じゃ、いつものように隠してくださいです』
「はいよ」
ネネはドライブを手に乗せて、いつものように、無駄箱一号の陰に隠した。
「ネネー!」
階下から母の声が聞こえる。
「今行くー!」
ネネは大声で返す。
「じゃ、行ってくるね、ドライブ」
ネネはそっと声をかけると、
無駄箱一号の陰でちりりんと鈴が鳴った。
ネネは渡り靴を手にして、
玄関に渡り靴を置く。
そして、何食わぬ顔で食卓に着く。
「おはよう」
つとめてボソッと。
「おはよう、ネネ」
母のミハルはいつものように明るい。
父のマモルは食卓について、新聞を読んでいる。
ネネは自分の席に着くと、
いただきますと宣言した。
もぐもぐと朝ごはんを食べる。
温かいご飯だ。
「最近事故のニュースが増えているな」
マモルがつぶやく。
「この近くでも事故があったみたいじゃない。怖いわね」
「うん。そうらしい」
親が会話している。
ネネはなぜか通り魔を思う。
親にはきっと理解されないし、
多分夢と一緒にするなといわれるだろう。
それでもネネはカンオケバスを感じたし、
浅海の町に何かがあるように気がしている。
ドライブなら、わかってくれるかもしれない。
でも、どんな行動を取れば、通り魔がいなくなるかはわからない。
ネネは自分の非力さを思う。
線を辿っているだけで、何があるかわからないのだ。
ネネは脈絡なく、タミとハヤトを思う。
タミは未来が見えるし、ハヤトは美しいことを描ける。
それに比べてネネは何が出来るだろう。
浅海の町でも無力だ。
ネネはそこまで思うと、むやみやたらに食べだした。
ヤケ食いのようなものだ。
不意の心の底で、勇者になれなかった、小さなネネを感じる。
小さなネネが泣いている。
勇者だという強さもなかった小さなネネ。
朝凪の町の勇者くらい強くなれば、
今のネネでも勇者になれるだろうか。
今のネネが勇者になれば、
小さなネネに、「将来勇者になれるよ」と、泣き止ませることが出来るだろうか。
ネネは朝ごはんを食べ終える。
将来勇者になれるんじゃちょっと違うなと思う。
小さなネネを認めないといけないなと思う。
ネネは箸を置き、
「ごちそうさま」
というと、自分の食器を洗い出した。
一度二階の部屋に戻って鞄を持っていく。
玄関で渡り靴を履いてかかとを鳴らす。
朝の浅海の町を走り出す。
バスに乗って揺られる。
住宅街から商業施設、学校まで乗る。
今日も朝がきれい。
朝はいつも無垢だと思う。
何も知らない色だ。
天気はそりゃいろいろ変わるけれど、
いつだって朝は何も知らない色だ。
ネネは晴れた朝が好きだ。
空の奥まで見通せるような色が好きだ。
心の奥の小さなネネが泣いている。
空の奥でも、もしかしたら何か泣いているのかもしれないとネネは思った。
なんとなく、思った。