ネネは看板街の金網の扉を開ける。
少しきしむ。金属の音がする。
ネネは扉から滑り出すと、丁寧に扉を閉めた。
「どこなら迷惑じゃないだろうね」
ネネはドライブに問いかける。
『国道なんてどうでしょう』
「ああ、なるほど」
看板街の近くには、国道がある。
朝凪の町では車は走っていない。
『助走をつけて突風に乗る予定ですから』
「ふむ」
『できるだけ、大きな空間を使いたいです』
「飛行機みたいなもの?」
『乗ったことないですけど、そんなものかもしれません』
「以前は部屋から突風出したよね」
『もっと高くに行く予定なのです』
「なるほどね」
ネネは自分の線を見る。
空に向かって伸びている。
「それじゃ、国道にいこうか」
ネネは歩き出した。
朝凪の町の見慣れた景色を歩く。
浅海の町で何になっているのかはわからないが、
朝凪の町の商店施設っぽいところ。
店は、やっているのかどうかはよくわからない。
浅海の町だと、もっと現代風なのかもしれない。
なんというか、朝凪の町はちょっと古臭い。
サビっぽいような気がした。
海が近くのせいかもしれない。
腐食というか、そういうのが、
浅海の町より顕著に出ているような気がした。
ネネは町を歩き、国道に出る。
国道の真ん中に、ネネは立つ。
きりりとした緊張感。
「ドライブ」
『準備できてます』
「うん」
ネネはうなずく。
『行きます』
ドライブが短く言う。
『走り出してください!』
弾かれたようにネネは前に向かって走り出す。
何かが迫っているのを感じる。
塊の空気のような、そんな感じ。
ごうごうと音がする。
それが迫ってきている。
ネネはイメージする。
イメージしなれたサーカスの踊り子。
一本の線の上を走る。
『飛んで!』
サーカスの踊り子がロープの上からジャンプして、
下を走るバイクに乗る。
ネネのイメージだ。
ネネはバイクに乗るイメージをする。
バイクはごうごうとうなりを上げている。
ごうごうとうなりを上げているのは、風だ。
ドライブの呼んだ、突風だ。
ネネは宙を舞う。
バランスの点を見つけ、風に乗る。
『その調子です』
ドライブが声をかけて来る。
『そして線に乗せればいいのです』
「了解」
ネネは風を操る。
風はネネの思うように動いた。
右へ左へゆれて、ネネの線の上に乗った。
突風は上を目指す。
朝凪の町が遠ざかる。
上を見ると、下から見ているのとは違う、
迫る雲があることに気がついた。
高度がこの雲だけ下にある。
線はその雲の中に突っ込んでいて、
ネネの目からは明らかに異質に見えた。
びょおびょおと空気が鳴る中、ネネは突風を操る。
「ドライブ」
『はい』
「雲の中に突っ込むけど、この突風は大丈夫かな」
『看板工さんが凪ぎと言っていたなら大丈夫です』
「まぁいいや、吹っ飛んだらそのとき考えよう」
『行きますか』
「行くよ」
ネネは微笑んだ。
心の中では不敵な笑みを浮かべたつもりだが、
若干びびった顔になっているかもしれない。
ネネは線に突風を慎重に乗せると、
重心を変えて、垂直に突風を乗せた。
雲に突っ込む。
ざぁざぁとノイズの嵐になる。
水滴、雨、気流の乱れ。
半目を開いてネネは線を見る。
ノイズ交じりになっていても、しっかりとある、線。
気流に乱されながら、ネネは突風を乗せる。
(これで凪ぎかよ)
みたいなことをネネは思う。
気象ノイズがかなりある。
凪ぎでなかったら近づけもしないかもしれない。
ネネは懸命に突風に乗る。
雲の内側では雷すら起こっている。
ネネは明るい線の先を見る。
明るくなっているあそこが出口だ!
ネネは確信した。
「いっけー!」
ネネは吠えるような気分で叫んだ。
突風が心を映して強く進む。
唐突にノイズが止んだ。
ネネは雲に囲まれた空間に出ていた。