七海が先にたって歩く。
ネネはその後に続く。
廊下をギィギィいいながら歩く。
やがて、扉が一つ。
古びた木の、普通の扉だ。
七海がノックする。
「流山さん」
七海はコンコンと扉を叩く。
「流山さん、いますか?」
七海は再び扉を叩く。
『はいりなさい』
上から声がする。
よく見れば、何かのからくりにラッパがついている。
手が離せないときに、あれでしゃべるのかもしれない。
「失礼します」
七海は扉を開いた。
ネネがあとから覗き込む。
そこはからくりが山になっていた。
上へ走るからくり、下へ走るからくり。
からくりに当てる光、それなのに部屋は薄暗い。
あまりにも多いからくりで、光は限られたところにしかない。
限られた光の中で、何かが動いているのが見える。
ネネは七海の後ろから、動いているそれを見る。
なんだか小人のようだ。
「お客人だね」
初老の男の声がする。
暗がりでよくわからないが、
からくりのごちゃごちゃしているところから声がする。
「明かりをつけよう。少し休もうと思っていたところだ」
かちゃ、じじじ…
音がして、明かりがつく。
そこはやっぱり、からくりの山で、
なんだか、よくわからないものになっていた。
奥から人が出て来る。
声のイメージに違わず初老の男で、
ひげを蓄えている。
まぁるい眼鏡をかけていて、穏やかに笑っている。
「私が昭和島の主、流山シンジだ。映画監督をしている」
「友井ネネです。肩のはドライブ」
ネネは挨拶をする。
流山は笑う。
「いや、昭和の映画を残したくて、この島を作ったんだがね」
「昭和の?」
「この島は生活であるとともに、全てがセットのようなものだ」
「ふむふむ」
「昭和を残したくて、この島に住んで何年もになるよ」
「そうなんだ」
「風景は撮れる、それでも昭和の人間は減ってしまった」
流山は遠い目をする。
「さすがに時代は変わっただろう。人も変わる。変わったら昭和ではない」
「うん、変わった」
「時代とともに変わるもの、時代が過ぎても変わらないもの」
流山はぽつぽつ語る。
「変わらないものを撮りたくて、昭和島があるんだよ」
それでもネネは思う。
昭和のまま変わらない人なんているのだろうか。
仮にからくりの昭和島が昭和だとして、
流山も七海も昭和のままでいられるのだろうか。
流山は微笑む。
「人は変わる。私も老いて昭和でなくなるだろう」
「だったら」
「昭和であるうちに作りたいのだよ。昭和が迫ってくる映画を」
「そんなものが…」
「ありえないものを、ありえるように。なくした昭和がここにあるように」
流山は真剣な目をして語る。
「下には昭和が消えかかっているかもしれない。でも、ここにはまだ昭和がある」
「この昭和島を?」
「この昭和島を、戦闘機大和を、そして、何より空気を」
ネネはからくりの中で呼吸をする。
流山のいるこの部屋は、なんだか時間がとまっている感じがする。
それが、昭和の空気なのだろうか。
ネネの住むところで、天皇が変わって、昭和じゃなくなっても、
流山の部屋や、昭和島は昭和のままなのかもしれない。
七海の戦闘機も、昭和のままなのかもしれない。
いつか老いて流山が死んでも、
もしかしたら、昭和島のからくりが生き続けて、
ぽっかり浮かんだ雲の中に、昭和が残り続けるかもしれない。
流山は昭和を撮ろうとしている。
からくりに包まれた昭和の中で。
「では、ちょっと休んでお茶にでもしようか」
流山が微笑む。
「台所でお湯が沸いているはずだよ。お茶菓子に駄菓子はどうだい」
「駄菓子?」
「昭和の子どもが食べていたものだよ」
「賞味期限大丈夫?」
「大丈夫さ」
流山は微笑を深くした。
「君は昭和でないところから来ている。でも、通じ合えそうだと思うよ」
流山は、ネネに握手を求めた。
ネネはそっと握手した。
「時代で変わらないものもあるのかもしれないね」
流山はつぶやくと、台所へと歩き出した。