流山がからくりの隙間から出て来る。
「それじゃ行こうかね」
穏やかに流山は声をかけると、部屋を出て行く。
七海とネネが続く。
ギイギイ廊下の音がする。
ネネは足元を見る。
磨かれているのに、軋んでいる。
それなりに古いものなのかもしれない。
ネネは七海と流山についていく。
昭和島の中をてくてく歩く。
遠くで家畜の鳴き声も聞こえる。
からくりが世話をしているのだろうか。
肉として食べるときは、その手を血に染めるのだろうか。
それとも、からくりが全部やってしまうのだろうか。
ネネは問えない。
ネネは血を染めない消費者でしかない。
そんなことを思った。
がらがらがらと、ガラス戸をあける音がする。
「ほら、来なさい」
流山が先で手招きをしている。
足音をぎっぎとさせながら、ネネは続いた。
ガラス戸の開いたそこは、古ぼけた台所だ。
掃除していないわけではない。
きっとからくりが掃除しているのだろうが、
流山で言うところのセットが古さを表現している。
ネネは恐る恐る台所に入る。
「まぁかけなさい。七海君はいつものでいいかね」
「はい」
七海は思い出したように飛行機乗りの帽子を脱いだ。
短い髪が姿を現す。
「七海君も帽子を脱ぐ癖をつけるといい。はげてからでは遅いぞ」
「いつ出撃かと思うと、つい」
流山は笑った。
七海も苦笑いした。
ネネもつられて笑った。
「それじゃあネネ君もお茶でいいかな」
「はい」
「昭和島のお茶だよ。帰ってから話のネタにするといい」
流山は緑の茶葉を入れる。
コンロではやかんがシュンシュンいっている。
流山は、慣れた手つきで茶を入れる。
ネネはなんとなく思う。
流山は、昭和島の主だとふんぞりがえっているわけではないらしい。
できることはやるし、映画のセットともいうべき生活を、ちゃんとしている。
流山は監督であり、同時にたくさんのことをしているのだろう。
よくわからないけど、美術とか音声とか、カメラとか。
そして、登場人物。
映画を撮ったら流山はどうするんだろう。
そんなことをネネは思う。
「はい、どうぞ」
流山が湯飲みを差し出す。
「あ、どうも」
ネネは手に取る。
温かい湯飲み。熱くはない。
「おせんべいがいいかね。かりんとうもどうだい」
流山が次々にお菓子を出してくる。
見た事もないようなものもあった。
「あたりつきガムはどうだい。あたったらもう一枚だよ」
流山がガムをすすめる。
「大きいのがもらえたりするんだ」
微笑みながら七海が続ける。
ネネは一枚あたりつきガムをひく。
包み紙を取ってみると、そこには、はずれの文字が。
「おや残念」
流山が残念そうに言う。
「もう一枚どうだい?」
七海がすすめるが、ネネは首を横に振った。
「ガムより、そのおせんべいください。お茶にあいそうだし」
「胡麻と海苔とサラダがあるよ。他にもいろいろあるよ」
「サラダの」
「ほらどうぞ」
流山がネネにせんべいを渡す。
「ドライブ、食べる?」
『今はお腹いっぱいなのです』
「残念」
『あとで角砂糖をいただきますよ』
「ん、わかった」
ネネはせんべいをかじる。
素朴な味がした。
穏やかな時間が過ぎていく。
流山がぽつぽつと語る。
「ネネ君がよければ、ここに住んでもいいんだがね」
ネネは首を横に振った。
「そうだろうね」
流山は、ちょっと悲しそうに答える。
「君は昭和じゃないんだ。それがとても残念だ」
流山はさびしそうだ。
ネネは何かいわなくちゃと思う。
でも、出てくる言葉は、なんだか昭和じゃない気がして、
ネネは結果的にだまってしまう。
昭和でないことを言ったら、流山が悲しくなる気がした。
「昭和じゃなくても、お茶もせんべいもおいしかろう」
ネネはうなずく。
「形あるもの無いもの。それが迫ってくる昭和の映画」
流山は湯飲みを見つめる。
「夢のようだと笑ってくれてもいい。私は夢が見たいのだよ」
ネネはなんとなくわかる気がした。