七海が大股で歩く。
ネネは小走りについていく。
「ネネ、乗り物酔いはするほうかい?」
振り向かないまま七海はたずねる。
「わかんない」
「じゃあ気分悪くなっても耐えろ」
「うえー」
ネネは抗議してみた。
七海が振り向いて笑う。
「まぁ、結構なことになるさ。凪でないのは大変だってことさ」
七海は階段を下りていく。
ネネも続いた。
格納庫にあの時見た戦闘機がある。
戦闘機大和。
七海の乗っている戦闘機。
ぴかぴかの戦闘機。
「後ろを開けるとそこに乗れる。開けられるか?」
ネネは脚立を引っ張りだし、後ろの席を開けようとする。
うんうんうなって、ぱかっと開いた。
ネネはよいこらしょと乗り込み、
席を覆うためのふたを閉めた。
前のコクピットに七海が乗り込む。
慣れた感じでひらりと乗り込み、流れるように動作する。
「シートベルトはしたか?」
「今する!」
ネネはあわててシートベルトをする。
外れていたら、どうなることか。
「ドライブ。手の中に来て」
『はいなのです』
ネネはドライブをその手におさめる。
「七海さん、いいよ」
「行くぞ!」
戦闘機がごうごうと音を立て始める。
そして、格納庫から走り出す。
ごうわっ!
戦闘機が雲の海を走りだす。
落下するような感覚と、それに逆らうように重力のような。
エンジンがごうごうなっている。
ちょっとやそっとの声なら、かき消されるだろう。
上がるような下がるような。
どうにも居心地がよくなく、ネネは不安になる。
この鉄板の下が雲なのかと思うと、
どうも不安だ。
「ネネ!聞こえるか!」
かすかに七海の声が届く。
調子から察するに、大声なのだろう。
「今から雲に入る!ネズミを握りつぶすなよ!」
ネネは何とか答えようとするが、
ぶるぶる震える感じがして、言葉がうまく出てこない。
怖いのとはなんか違うが、
空気の圧力でなんだか口が開かない。
「しっかりつかまってろ!」
七海が何かを引いた感じがする。
ネネは見えない。
見えないながらも身体を丸くする。
ごうっ…ぐわっ!
戦闘機は旋回して、落ちる感覚を持った。
ネネはすごい勢いで落ちていくような感覚を持った。
無音のあと、ものすごいノイズ。
何かをわめいているような気がする。
ただの気象ノイズなら、ネネは突風に乗ってこえてきた。
ただの気象ノイズではない気がする。
なんだか、怖いし辛いし切ない。
誰かの傷跡を見るような気分だ。
怖いよ辛いよという叫びを聞いている気がした。
ネネは身体を丸め、衝撃に備えている。
戦闘機は雲の中を行く。
直角ではないが、それに近いくらいの角度かもしれない。
すごい勢いで落下をしている中に、
叫びが聞こえる。
大声で泣いているような。
こんな中を飛んだら、ネネは切なくて狂ってしまうかもしれない。
凪ぎでないというのは、こういうことなんだろうか。
ネネは外が見えない。
そんな余裕は身体にない。
だからネネは心で思う。
ごめんなさい、ごめんなさいと。
何も出来ないよ。
ここを通り過ぎていくだけだよ。
ごめんなさい。何も出来なくて。
ノイズが続く。
悲鳴のような嘆きのような。
『ネネ!』
鈴を転がすような声。
『ネネは謝らないでください』
ドライブが語りかける。
『ネネは悪くないです。ですから、謝らないでください』
ネネは心で、だってといいかける。
『これはノイズです。ノイズに取り込まれないでください』
「ドライブ…」
『ネネは悪くないです。何度でも保障します!』
ネネは答えようとする。
ネネの手の中でドライブが動く。
『しっかりしてください』
「うん」
ネネはそれだけ答えた。
不意に、無音。
そのあと、解放されたエンジンの音。
ネネは久しぶりに朝焼けを見た。
下には朝凪の町が見える。
風のうねりの音が、気持ちよく聞こえた。