「ネネ!」
うねる風の音に混じって、七海の声がする。
半ば怒鳴っているだろう。
「ただいまから朝凪の町に着陸する」
「わかった!」
ネネも怒鳴る。
身を少し起こす。
前の席で七海が親指を立てて見せた。
「それじゃ、行くぞ!」
七海は戦闘機を操縦する。
ノイズの無い轟々とした風の中を、
戦闘機大和が閃く。
ネネの耳がおかしくなる。
高度の関係なのだろうが、どうもたまったものではない。
ネネは唾液を飲んだりして耐える。
「身体丸めろ!」
七海から怒号が飛ぶ。
ネネは反射的に身体を丸めた。
瞬間、下にすごい衝撃が来た。
地鳴りとか地震みたいな。
ネネは戦闘機が、もう、だめだろうとさえ思った。
じっとしていると、やがて、音がなくなったように感じた。
ネネはそれでもじっとしている。
『ネネ』
ドライブの声で、ネネは動き出した。
『着陸したらしいです』
ネネは身を起こす。
そこは見慣れた、朝凪の町の国道だ。
「ネネ、大丈夫か?」
七海の声がちゃんと聞こえる。
ノイズも無いし、うなる風もない。
ここは朝凪の町の国道の上だ。
ネネはそこまで認識すると、大きくため息をついた。
すごく緊張の連続だった。
「周りが見れなかっただろう」
七海が笑いながら言ってくる。
「うん、すごいノイズだったのは聞こえたけど」
「凪ぎでないと出るんだ。夢の傷跡って呼ばれてる」
「夢の傷跡?」
「夢を見たものが、夢をかなえられずに挫折して」
「挫折」
「うん、それで傷になった嘆きとかが、あの雲に溜まるんだ」
それを聞いて、ネネは思う。
なんて悲しい嘆きなんだろう。
夢をかなえられないって、とても悲しいことだとネネは思った。
ネネにはかなえたい夢の確たるものはない。
それでも、傷跡の叫びは切なく感じた。
ある種夢をかなえつつある、昭和島の流山を取り込むように、
凪ぎでない雲の中に、嘆きが吸い寄せられるのだろう。
「ネネは夢があるかい?」
「わかんない」
ネネは答える。
「小さな夢でもいいさ。持っていたら飲み込まれない」
「七海も夢がある?」
「世界一の戦闘機乗りさ」
七海が笑った気がした。
昭和島でぴかぴかの戦闘機を持っていて、
嘆きの中すら飛べる戦闘機乗り。
どんなノイズも七海にはきかないのだろう。
だって七海は世界一を目指しているのだから。
ネネには夢があるだろうか。
何か小さなものをネネのそこに持っている気がする。
なんだろうか。
『ネネ』
ドライブが話しかける。
「うん?」
『勇者』
ドライブの一言で、ネネの心に映像が出来た気がした。
小さなネネが泣いている。
勇者になりたかったと泣いている。
「あたしの夢かな」
小さなネネは泣き止まない。
勇者になりたいそれが、歪んでいても夢になって、
嘆きの傷跡から守ってくれた。
どんなノイズにも負けない夢で、それは同時に悲しい。
「勇者になりたい」
ネネは言葉に出してみる。
「かっこいいな」
七海が手放しでほめる。
ネネはうなずく。
「勇者になって、大事なものを守るんだ」
夢。多分ネネの夢。
それが心の中にある限り、
かっこ悪くてもネネは生きていける気がした。
「夢があれば生きていけるさ。腹すかせて、かっこ悪くてもな」
「そうかな」
「勇者じゃ腹は膨れないけど、自分に嘘はつかないだろ」
「多分」
「そういうの、俺は好きだな」
七海の言葉にネネはうなずく。
心の中の小さなネネは泣き止まない。
いつか泣き止むときも来る。
ネネはそう願った。
ネネは戦闘機のふたになっているところを開ける。
空気が違う。
ネネの慣れた朝凪の町の空気なのに、
なんだか新鮮に感じた。
ネネは深呼吸をする。
嘆きは感じられなかった。
傷跡は遠くの空に、まだあるのかもしれないが、
朝凪の町はいつものように静かだった。