ネネは線の上を歩く。
風景と線を見ながら。
朝凪の町の通りに入る。
どこかで見た風景に出た。
鋏師に導かれてきた、レディのお店だ。
線はレディのお店に入っていっている。
ネネは線に従って、レディのお店を覗いた。
「こんにちは」
ネネはそっと声をかけてみる。
いるかな、いないかな。
期待や不安がある。
やがて奥から声がする。
「はーい」
快活なレディの声だ。
パタパタと音を立てて、奥からレディが出て来る。
つなぎを着たレディ。左腕は肥大化していて、袖がない。
化け物のようなものに見える。
ネネは知っている。レディはいい人だと。
いい人でなかったら、それはネネに見る目がないのだろう。
「端末がどうかしちゃった?」
レディがたずねてくる。
「いえ、線がここを目指していたので」
「ふぅん、不思議なものだね」
レディが首をかしげる。
「あたし、ネネの夢を見たんだよ」
「夢?」
ネネの頭になかった言葉だ。
「ネネが楽しそうに花を生けているんだ」
「花を?」
「うん、安い花をあたしが持って行ってね、ネネに生けてと頼むの」
「どんな風でした?」
ネネは問う。聞かなくてはいけない気がした。
「ネネはね、本当に楽しそうに花を生けるんだ」
「楽しそうに」
「花は命をもらったみたいに、生き生きと咲くんだ」
「そんなこと…」
ネネはそこまでできるとは思えない。
レディの夢だろうと思う。
何かが混線して、たまたまネネにそんなイメージがついてしまったのだろう。
「あたしは」
ネネはイメージを払拭しようと何か言いかける。
でも、何を言っていいかわからない。
レディを、がっかりさせるのは心苦しい。
「あれ、友井さんじゃないですか」
朝凪の町で友井さんというのは限られている。
ネネはかけられた声のほうを見る。
鋏師だ。
いつもの絣着物にわらじ。
背中に大きな鋏を背負っている。
器屋はあなたと言うし、たいていの人はネネと呼ぶ。
ネネは何かが引っかかる。
いつか夢の中で冷たい底に落っこちたとき。
友井、と、声をかけて引き上げた存在がある。
鋏師は友井、に、さんをつける。
友井と呼ぶのは誰だろうか。
「友井さんは、鋏は使いますか?」
鋏師がたずねてくる。
「うん、花を生けるのに鋏を使うよ」
ネネはとっさに答える。
安物の鋏だけどと付け加えようとしたら、鋏師が何か驚いたらしい。
「やっぱり。夢で見たからそうかなと思ったんだ」
「鋏師も?」
レディが問い返す。
「うん、夢の友井さんの手際がよかったから」
「やっぱり生花やってるからだよ」
「あれ、そうなんですか」
「そうでしょ、ネネ」
レディから唐突に話が振られる。
ネネはとっさに何を答えていいかわからない。
「華道は、してますけど」
「けど?」
「あんまり、うまく、ないです…」
語尾はしょんぼりする。
がっかりさせるというのは、いつになっても慣れない。
「それじゃさ」
レディが左手をネネの頭に乗せた。
ぽんぽんと優しく叩く。
「いつかうまくなれば、それでいいよ」
「あの、その」
「夢で見たネネは、華道が好きでたまらない笑顔してた」
「あ、う…」
ネネは華道が大好きだ。
それは負けていないと思う。多分。
でも、レディや鋏師が夢で見たように、
感動できるくらい生けられるだろうか。
ネネはしょんぼりしてしまう。
イメージのネネに負けている気がする。
「イメージに負けてると思ってる?」
レディがネネの頭をくりくりとする。
「ネネは思っている以上に、花が好きだとわかってないんだよ」
「思っている以上に?」
「小さな花でも好きなんだよ。伊達に端末通してないよ」
「そんなこと…」
ネネはもごもごと言いよどむ。
「今度花を生けることがあったら、自分に問いかけるといいよ」
「問いかけるって」
「どのくらい花が好きか。自分に向き合うとわかるから」
「そんなこと…」
「タンポポでも、なんでもいいから、花を思うんだ」
レディはぽんとネネの肩を叩いた。
「花を好きなネネを、ネネも好きになれるよ」
レディは半ば断言した。
ネネは半信半疑でうなずいた。