ネネは華道が好きだ。
レディや鋏師の夢と関係あるかは知らないが、
ネネはテスト前で華道が出来ないこともあり、
少しくすぶっている。
青春が花開かないような。
いつも野暮なネネが、余計野暮な気がする。
テストのための勉強もしなければな、などとも思う。
ネネは大きくため息をついた。
何から手をつけたらいいだろう。
「ネネ」
レディが声をかけてきた。
「なに?」
「ちょっと前に大きな音があったの、聞いた?」
「大きな音」
ネネは漠然としたその問いの答えを知っている気がした。
はっきりとした音の少ない朝凪の町で、
爆音があったことを覚えている。
「戦闘機だよ」
ネネはそう答える。
「朝凪の町のずっと上に昭和島があって、戦闘機があるんです」
「そうなんだ。すごい音だから化け物かと思った」
レディは化け物のような左腕で頭をかく。
「丁度その頃、勇者がいてさ」
「勇者が?」
「うん、端末のバージョンアップをしたよ」
「勇者も端末持ってるんだ」
ネネは素直に驚いた。
レディもわかったらしい。
「あたしも勇者は生粋の朝凪の住人と思ってたからね」
「違うのかな」
「どこかへ帰るのかも」
「どこだろう」
ネネは考える。
鎧の中でくぐもった声。
どこかで聞いた気がするけれど、くぐもっていてよくわからない。
ぼそぼそしゃべる声。
浅海のネネはぼそぼそしゃべる。
ネネの声ではない。男の声だった。
「誰だろうね」
ネネはぼんやりつぶやく。
「若いとは思うのよ」
レディがそう言う。
鋏師もうなずく。
「剣が透明だから」
鋏師が言う。
ネネは問う。
「剣が透明だと若いの?」
「お師匠が言ってました。若い者は何かを信じると強いと。信じれば刃は透明だと」
「先代の鋏師?」
「うん。だからきっと勇者は若いんだ」
「なるほどねぇ…」
ネネには何かを信じられる強さはあるだろうか。
線を辿るばかりのネネ。
野暮ったくて何も出来ないネネ。
「どうしようね」
ネネはぼんやりとつぶやく。
勇者を追いたい気持ちもある。
それは通り魔を追うことでもある。
勇者は通り魔を屠ると言っていた。
きっと勇者は危ないところにいる。
助けられるだろうか。
答えは否。
ネネには透明の刃もない。
鋏師のように鋏も使えない。
器屋のように理も使えない。
リディアのように戦えない。
ネネはどんどんどつぼにはまっていく気がする。
何にも出来ないことに、自分に、やや失望する感じ。
ネネは大きくため息をついた。
「ネネ」
レディが優しく声をかける。
「他の人が出来ることを自分でもと思う?」
ネネはうなずく。
通り魔を倒すくらい強くなりたい。
「ネネはそのままでいいんだよ」
レディはにっこり微笑む。
「あたしたちが見た夢の話だからと、ネネは思うかもしれないけど」
「うん」
「ネネは花を咲かせることが出来ると思うんだ」
「花を」
「夢の中でネネは楽しそうだった」
「夢の話じゃないですか」
ネネは反発してみる。
レディは微笑む。
「ネネはね、傷ついた朝凪の町に花を咲かせるんだよ」
「傷ついた?」
ネネは問い返す。
そんなことを感じたこともなかった。
「夢の中で言われていた。戦闘区域が広がったりするって」
「そんな」
「通り魔も増えるし、戦いは広がるって」
「夢の話じゃないですか」
「端末に記録されてるんだ。ただの夢じゃないと踏んでる」
「そんな…」
ネネは呆然とする。
リディアのような存在が増えたり、
勇者はもっと通り魔を屠らなければいけなくなる。
そんなのは嫌だ。
穏やかな朝凪の町が、戦場のようになるのは嫌だ。
「ネネ」
レディがネネに語りかける。
「朝凪の町が傷ついたら、花を咲かせて」
「できるかわかんないです」
「できるよ」
レディはネネをなでる。
「ネネが泣き止めば、花が咲くよ」
レディはそんなことを言う。
ネネの心の奥で小さなネネが泣いている。
花はまだ咲かない。