「それじゃハヤト、帰ろうか」
「うん」
二人は静かになった教室を出る。
学校に残っている生徒も、次々帰っていくようだ。
ネネはタミの集団がいないことに、ちょっと安心した。
説明つけづらいのだが、
なんだかまだ、相手にしても、かなわないような気がした。
なんだかタミは怖い。
廊下を黙々と歩く。
足音が響く。
「友井、久我川、今帰りか」
職員室のほうから、担任の教師が出てくる。
「はい、今帰りです」
「そういえばあれだ、集団カンニングの噂とかないか?」
担任が問いかける。
「カンニング?」
「事前に答えを知っていたとか。そういう噂はないか?」
「さぁ」
ネネは曖昧に答える。
ハヤトも首をかしげた。
本当はわかっている。
タミの占いがそんな噂を出していること。
噂を立ててでもタミは勝ち目があると踏んでいる。
ネネはそんな風に思った。
担任の教師を味方につけても、
多分タミには勝てないと、ネネはそんな風に思う。
「そうか、へんなことを聞いたな」
担任の教師は職員室に戻る。
頼りないけれど、実直な教師だとネネは思う。
タミに巻き込まれたら、かわいそうだとすら思う。
「ハヤトの見立ての通りだね」
「見立て?俺が?」
「人間の鎧ってやつ」
「ああ…」
ハヤトは思い当たったらしい。
「思っただけだ」
「それでも当たってると思う。あの鎧は壊しにくいと思う」
「それなら友井、なんで先生に言わなかった?」
「先生を巻き込んでも勝てないよ」
「そうか」
ハヤトは短く返す。
ネネと同じようなことを、ハヤトも感じているのかもしれない。
「遅かれ早かれ、採点が終わったらカンニングの疑惑は来るはずだ」
「あたしもそう思うよ」
「佐川はそれまでに鎧を強固にしていると俺は踏んでいる」
「同感。でも、そんなに鎧を作る理由がわからない」
「俺にもよくわからないが…」
ハヤトは言葉を区切る。
「戦おうとするやつは、武器か鎧かを強くするものだと思う」
「戦う?」
「たとえは悪いが、小さな新興宗教みたいだと俺は思った」
ネネも同じことを感じている。
「佐川様、だっけね」
「俺に害があるわけじゃないがな」
「害があるようだったらどうするのよ」
ハヤトは珍しくネネのほうを向いた。
「戦うさ。害があるようならな」
「ハヤトは強いね」
「俺自身はどうなったっていい」
「うん?」
「俺に害をもたらすのは叩きのめすつもりだ」
「なにそれ」
「俺以外に守りたいのがあるのさ」
「そういうことか」
ネネはネネなりに納得する。
家族とかだろうか。
ネネも家族が害になったら、叩きのめそうとがんばるかもしれない。
ハヤトのように言葉にも出来ないけれど、
ネネも感じるところは似ているような気がした。
ハヤトはネネに視線を注ぐ。
「うん?」
「なんでもない」
ハヤトは目をそらす。
ネネは小首を傾げたが、また、昇降口に向けて歩き出した。
ハヤトが続く。
「友井」
「なに?」
「どこかで俺を感じたことはないか?」
妙な質問だとネネは感じた。
「教室で言ったけど、助けてくれたような感じがそれっぽかった」
「俺は友井を助けたのか」
「うん、多分」
「俺に自覚が薄いのが残念だ」
「ハヤトは変なやつだよ」
ネネは思ったことを言ってみる。
「近寄るなというわりに、助けたりしてるよ」
「うん、多分助けると思う」
「ハヤトは何で助けるの?」
「助けたいと思うから」
ハヤトは答える。
ネネもそれ以外に答えは思いつかない。
感情が混じっているのだろうが、
混じったそれを読み解くことが出来ない。
他にハヤトを感じたことはあるだろうか。
ネネは思い出しながら、渡り靴を取り出す。
俺に近づくといいことないとか。
ハヤトはそんなことを言っていた。
結構いいような気がする。
いいことない、そんなことはない。
ネネはこのポジションがちょっと気に入った。