つつがなく土曜日の授業が終わる。
テストは返されなかった。
一日そこらでは、採点は終わらないらしい。
まぁいいかなとネネは思い、帰りの準備をする。
そういえば、現代国語で悲鳴を上げた彼女はどうしただろう。
ネネは不意に気になった。
帰りのホームルームを待つ時間。
ネネはあたりを見る。
彼女はいた。
深く陰を刷いている気がする。
なんというか、悲鳴を上げたときより、やつれている。
そこに、タミがやってきた。
「大丈夫?辻さん」
慈愛に満ちた声。
表面だけならそう聞こえる気がする。
辻と呼ばれた彼女は、真っ赤になった目を向ける。
「おじいちゃんが」
「あなたのために死んだのよ。だから大丈夫」
「あたしの、ため?」
「そう、みんなあなたのために家族はいるのよ」
辻は瞬きした。
タミはうなずいた。
「おじいさんも感謝しているはずよ」
「そう、だと、いいけど」
辻は泣き出した。
「大丈夫よ」
タミは辻をなでた。優しく何度も。
「佐川様、あたしはどうしたらいいでしょう」
「おじいさんのもとに、ご友人を。そうすればきっと寂しくないはずよ」
「はい」
辻は何か吹っ切れたようだった。
聞いていたネネは、うそざむくなる。
それって、もっと犠牲者が出ることではないかと。
代価にもっと人間を払うことではないかと。
「辻さん」
「はい」
「お家に帰るのは少し遅いほうがいいわよ」
「どうしてですか?」
「悪い気が出ているわ。巻き込まれたくなかったら、少しだけ遅く」
「はい」
辻は飲まれているなと思う。
ネネはそう感じたが、ネネにどうできるものでもない。
やがて担任がやってきて、ホームルームが始まった。
「採点が終わった先生から聞いたんだがな」
担任が教卓で話し出す。
「うちのクラスはすごく出来がよかったらしい。よくやったといいたいが」
担任はこほんと咳払いをする。
「カンニングとかそういうのはないか?さすがにおかしいと、ちょっと思うんだ」
担任は生徒を見る。
「お言葉ですけれど」
タミが挙手して話し出す。
「生徒を疑うのは、よろしくないと思うのです」
ちっぽけだったタミが、妙に威厳をまとっている。
「このクラスにカンニングをするような方はいません」
タミはきっぱり言いきる。
自分で占った解答なのに、言い切る。
「そうか、そうだな」
担任も納得する。
「まぁ、みんな楽しみにしてろってことだ」
担任は話を切り上げ、
ホームルームが終わった。
担任が教室を出て行くと、
タミの下には人だかりが出来た。
「すごい佐川様」
「担任にも怖れないんですね」
「先生なんてなんでもないね」
「佐川様」
「それじゃこれから佐川様を囲む会をしましょうよ」
「代価ある?」
「おじいちゃんのもとに、お友達を送ってあげたいの」
ネネは聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「あたしがどうすれば、いい異性に逢えるかを、占って」
辻が懸命にタミに話しかけている。
「代価は?」
タミの言葉は誘うように。
「あたしの家族全員」
「確かに」
タミはにっこり微笑み、占いをはじめた。
「占いは一つの仕掛けで出来ているの」
タミがぽつぽつとつぶやく。
「その仕掛けを、真理とか言うわね」
タミはうふふと笑う。
ネネは笑えない。
タミはまちがいなく、辻の家族を食った。
ネネにはそんな風に思われた。
「友井」
ボソッと声がかけられる。
いつものハヤトだ。
「あの集団にいないと、いづらいぞ」
「もっとも」
ネネは席を立ち上がる。
その間にも集団は増え続ける。
「今日は予定あるか?」
「家族とお食事」
「そうか」
ハヤトは残念そうにつぶやく。
「華道の絵を描くこと?」
「うん、早く見たいなと思ってな」
「単純なんだね」
ネネが微笑む。
ハヤトが苦笑いする。
ネネはハヤトのそばが、居心地いいと思った。