ネネとハヤトは昇降口までもくもくと歩く。
「すごいあたるんだって」
という会話を小耳に挟む。
あの集団は、まだまだ増えるのだろうか。
タミの駒だ。
ネネは何か言いかける。
何を言えばいいのかわからない。
「友井の力でどうなるものでもない」
ボソッとハヤトがつぶやく。
「佐川は言っていただろう、真理って」
「言ってた」
「真理を壊せるくらいにならないと、相手できない」
「そうかな」
「俺はそう思う」
ハヤトはいつものように、ぼそぼそと話す。
「運命さえ壊す仕掛けがないと、相手できないだろうな」
「運命」
ネネは反芻する。
そして、つぶやく。
「線を切り替える装置」
どこで聞いたか思い出せない。
けれども、なんとなくそんな言葉が出てきていた。
ハヤトが、はたと立ち止まる。
ネネも立ち止まる。
「どこで聞いた?」
「わかんない、夢の中かも」
「そうか、夢の中か」
ハヤトも納得する。
ネネもネネなりに納得する。
運命を切り替えるとかそういうのは、
夢の中でいいのだ。
ごく普通の高校生が、運命を切り開けるなんて思えない。
普通に過ごして、普通に年をとって、普通に死ぬ。
その普通がどんなに輝いていようと、
他の人には普通に思う。
ネネは今、その普通がとてもいいものに思っている。
「午後はハンバーグを食べに行くんだ」
ネネは、少し落ち込んだ雰囲気を壊そうとする。
とても普通のハンバーグ屋。
「お父さんが同僚から聞いたんだって。おいしいハンバーグのお店があるって」
ハヤトが微笑む。
「友井はいいな」
「うん?」
「やっぱり花みたいだ」
「はな」
「誰のためでもなく、きれいに咲いてるよ」
言うと、ハヤトはぷいっとそっぽを向いた。
つかつかと歩き出す。
ネネはハヤトの後姿を見る。
耳が赤い。
照れているのだろうか。
ネネは微笑む。
ハヤトも人間らしいじゃないか。
俺に関わるな、なんて、どの口が言ったんだよ。
「まってよ」
ネネは声をかける。
律儀に待つハヤト。
「おいていかないでよ」
ネネは小走りに追う。
ハヤトの目が泳いでいる。どうしていいかわからないように。
「華道は月曜日なら出来ると思うから」
「ああ、うん」
「それまで普通に過ごせれば大丈夫よ」
「うん」
「どこかに戦い吹っかけるのでなければ、平気よ」
ネネは言ってから思う。
何でこんな言葉が出てきたんだ?
まるで戦地に赴こうとしている人に言うようじゃないか。
それはとても悲しいことじゃないか。
戦闘区域という言葉を思い出す。
そこに行こうとしている?だれが?
「ごめん」
ネネは謝る。へんなことを言ったから。
「変なこと言ってごめん。普通戦わないよね」
平和が売り物のこの国では、めったなことでは戦わない。
ネネもハヤトもよくわかっているはず。
でも、ネネはハヤトが戦いに行く気がした。
月曜日を待たない気がした。
タミの占いなんかとは違う。
ネネの予感みたいなもの。
ハヤトが微笑む。
「ありがとう」
「ありがとう?」
「友井はわかってるんだよ」
「わかってる?」
「多分わかってるから、言葉が間違わずに出てくる」
「何でだよ、ハヤト」
「今はあんまり言えない」
「言えないって何でだよ」
ハヤトが困った顔をする。
ネネは何も言えなくなる。
「一緒にハンバーグ食べたいな」
ハヤトは日常会話のようにそんなことを言う。
「ハヤトの親御さんとかと、一緒に食べられたらいいね」
「うん…そうだな」
ハヤトはますます困った顔をする。
それがネネには悲しい。
「親御さん、いないの?」
「父親が行方知れずさ。離婚したんだけどな」
ネネは崖から落とされかかるイメージを持つ。
ひどいことを言ったと思う。
「いつか花をいけるネネを描いて、いつか一緒にハンバーグ食べよう」
ハヤトは微笑んだ。
それはとてもきれいに見えた。