昇降口で渡り靴に履き替え、
学校からネネはバス停を目指す。
別方向を行くハヤトに手を振る。
野暮ったくではあるが、ハヤトは手を振りかえした。
バスが来るまで、ネネはハヤトの行くほうを見る。
進んでいくハヤトが、どんどん小さくなる。
(ハンバーグ食べようよ。いつかみんなで)
(あたしと、うちの親と、ハヤトの家族で)
(みんなでおいしいもの食べて、幸せになるんだ)
幼稚かもしれないと、ネネは自分の思考を思う。
ハヤトに約束なんて取り付けていない。
ハヤトにはハヤトの家庭があるし、
ネネが考える間に、ハヤトは見えなくなってしまった。
「またね」
誰にも聞こえない呟き。
ネネだけがつぶやく。
またね。
きっとまたね。
絶対またね。
だって普通の高校生は戦いに行かないもの。
ネネの行く朝凪の町でなければ、戦いになんか行かない。
ハヤトは平和なんだろうか。
ぼそぼそ話すハヤト。
目立たないようにしているように見える。
でも、沈黙のスポットは目立つものだよと、ネネはそんなことを思う。
現にネネはハヤトを見つけた。
ネネと同じ沈黙のスポットだったから。
ハヤトはどこかで戦っているのかもしれない。
どこかでネネの行っている世界と交差して、
ハヤトは戦っているのかもしれない。
朝凪の町には、ネネの辿っている線がある。
看板街がそうのように、いろいろなものが線で結ばれている。
ハヤトの線もあるのかもしれない。
朝凪の町に、ハヤトの線があって、
交わっているのかどうかわからないが、
以前見た底の冷たい夢で、友井という呼び方をしたのは、きっとハヤトだ。
冷たい夢から助けてくれる。
ハヤトはきっと、朝凪の町で関わってくれている。
姿は違うかもしれない。
ネネの妄想かもしれない。
けれど、なんだか助けてくれている気がする。
ハヤトの線と、ネネの線が交わるところ。
それはどこだろうかとネネは思う。
学校では幾つもの線が交わってごちゃごちゃになっている。
その中で、ハヤトとネネの線が交わっているところ。
ごちゃごちゃの線ばかりで、
なかなか見えにくいところ。
どこかでまっすぐハヤトの線を見たい。
ネネの線とハヤトの線だけで安心して、
できれば一緒にいたい。
朝凪の町にハヤトはいるだろうか。
夢の中では、きっとハヤトが助けてくれた。
偽者のハヤトが出てきたこともある。
ハヤトはいろんな場所に現れる。
でも、千のハヤトが出てこようとも、
ネネはハヤトを見分けられる気がする。
ハヤトは恥ずかしがり屋で、
時々ぼそぼそと変なことを言う。
わかりにくいやつだけど、かっこいいわけじゃないけど、
本物のハヤトがわかる気がした。
ネネを花にたとえて、照れるような、変なやつ。
「こっちまで照れちゃうよ」
ネネはつぶやく。
バスがやってきて、ネネは乗り込む。
かんかんかん…
ドップラー効果で消防車と救急車が通り過ぎていく。
ネネはバスの席に着く。
土曜日の午前中だから、人もまばらだ。
駅前で遊んでもいいかもしれないが、
ネネは家族で食べるハンバーグを思った。
平和だね。とっても平和だね。
朝凪の町がうそみたいだね。
戦闘区域が広がったりなんて、うそみたいだね。
いつもの場所でネネは降りますボタンを押す。
程なくしてバスを降りる。
ここから歩く。こっつこっつと足音鳴らして。
遠くでかんかんという音がする。
消防車だっけか。
さっきも聞こえていた。
どこかで火事だろうか。
ネネの位置からは、煙などは見えない。
家に向かう道を歩いて、家ではないんだとほっとする。
ネネの住んでいる家は、いつものようにある。
家があるって気がつけばいいことだと思う。
家族の帰る場所。
当たり前にそこにあるもの。
ネネの線がいつも結んでいるもの。
ネネは元気よく玄関を開けた。
「ただいま!」
「おかえり」
「おかえり」
両親が笑顔で迎える。
テレビからはかんかんと音がしている。
「なに?」
「火事らしい。近いぞ」
ネネは鞄を置きに階段を上がった。