ネネは鞄を置くと階下にやってくる。
「で、なに?」
「火事だよ。近くだ。テレビでやっている」
マモルが説明する。
テレビの中では、見慣れた商店街の近く。
もうもうと煙だ。
火があちこちに飛んでいて、
被害が広がるような気配だ。
「辻さん宅から出火、原因は不明です」
リポーターがそんなことを言っている。
「辻?」
ネネはテレビに向かって問いかける。
無駄なことだとわかっていても。
「なんだ、知り合いか?」
「クラスメイト。最近おじいちゃんが…」
ネネは言いかけて言いよどむ。
おじいちゃんを代価にして、占いやってましたなんていえない。
そして、今日、家族全員を代価にして、
何かの占いをしていたなんて言えない。
この平和な家庭に、タミを紛れ込ませたくない。
「おじいちゃんがお亡くなりになったらしいよ」
ネネは無難な言葉を選んでみた。
「ネネの学校も大変ね。佐川様とか」
「佐川様」
「きっと変わった子なんでしょ」
「まぁ、うん」
変わった子であることは否定しない。
「それで何だ、辻って子は家もなくなるのかい」
「佐川さんは辻さんに、遅く帰れって言ってた」
「そうかぁ、占いしてるからわかるんだな」
「でも、財産があっという間になくなるよ」
「そうだな、できれば、みんなが外出してて、一人の犠牲もないのがいいな」
「命あっての物種よね」
「うん」
ネネは答える。
それでも聞いている。
辻が家族全員を代価にしていること。
「あとでのニュースで、どうなるかわかるだろう」
マモルはテレビを消した。
「さぁ、ハンバーグを食べに行こうじゃないか」
「さんせーい」
「ネネも準備してきなさい。制服が汚れると困るでしょ」
「ああ、うん」
ネネは階段を駆け上がる。
自分の部屋のドアを開く。
『お出かけですか』
「そう、ちょっとご飯を食べに」
『帰ってきてから角砂糖が欲しいです』
「忘れてたら駄々こねるといいよ」
『こねないように覚えていてくださいなのです』
「わかった」
ネネは適当に着替える。
嫌になるほど野暮な服しかない。
ネネは改めて思う。
外見をがんばる人はすごい。
何でも試してみようと思えて、
一番の自分を演出している。
それはとてもすごいことだ。
ネネは野暮な普段着を選ぶ。
地味だ。果てしなく地味だ。
ネネはどんよりする。
それでも悔しいので、野暮に長い髪だけいじる。
一つ結びを二つに。それだけ。
鏡を覗くと野暮なネネ。
「しょうがないか」
ネネは鏡で笑ってみた。
ちょっとだけいい顔が出来た気がした。
「おまたせー」
ネネが階段を下りてくる。
「お母さんがまだだよ。化粧してる」
「うん」
そこに、母の声がかかる。
「はーい、おまたせ。行きましょうか」
家族がみんなで戸締りして、
玄関の鍵も閉めて、
車で繰り出す。
目指すはハンバーグ屋さん。
車は浅海の町を走り出す。
ネネはドライブも大好きだ。
車で移動するだけの時間が好きだ。
ゴーゴー流れている音も好きだ。
狭くて安心できて、揺られているのが好きだ。
「ネネは小さい頃から車に乗るのが好きよね」
「うん、そうだね」
「まだ赤ちゃんなのかしら」
「えー」
「あの赤ちゃんがこんなにしっかりすると思わなかった」
「しっかり?」
「ええ、しっかり」
ミハルは笑っている。
「病気だってしたとき、お母さんはいつもおろおろしてた」
「そうなんだ」
ネネははじめて聞く。
「お父さんも、みんなでおろおろ」
「したなぁ」
マモルも懐かしそうに会話に加わる。
「昔があって、今がある。ネネの歩いてきた道は、消されずそこにあるよ」
「うん」
ネネはわかる気がする。
どこに行こうが、それはネネの歩いてきた道だ。
車で走るこれも道。
「どんなハンバーグ屋さんかな」
「大きくてジューシーだと聞く」
「おなかすいたー」
「もうすぐだぞ」
車は走る。
いつもどおりの浅海の町を。