ネネは自分の心の暗がりを見渡す。
意識のネネのそばで、
小さなネネがしゃくりあげている。
そのネネたちとは、違う気配がする。
通り魔を受け入れたときに、受け入れたのかもしれない。
思いっきり走っていて吸い込んだ中に、
あったものかもしれない。
意識のネネは動き出す。
何がいるのだろう。確かめなくちゃと。
小さなネネがしゃくりあげている声が響く。
何を言っても届かないほど傷を広げられた、小さなネネ。
同じネネだからわかる。
とても辛いものだと。
それと同じような気配がする。
辛いものらしい気配。
ネネは小さなネネを心の中に沈める。
まだ泣いているけど、癒してくれるものが見つかるまで、
隠しておくしかないかもしれない。
意識のネネ一人だけになって、
ネネは自分の心の中を見渡す。
誰かいる。
小さい子がしゃくりあげている。
「おかあさん、おかあさん」
小さい子は何度もその言葉を繰り返す。
迷子だろうかとネネは思う。
ネネはその子に近づく。
聞こえる他のノイズ交じりの声。
(父親がいないんですって)
(気持ち悪いこというんですって)
(何か見えるらしいわよ)
(どうせ嘘でしょ)
(うちの子に近づけたくないわよね)
(やーいうそつき)
小さな子がしゃくりあげる。
なんだか、ネネを傷ついていた通り魔が、
そのまま同じ力で、その小さな子を傷つけている気がする。
小さいこの子はネネではない。
それでもネネとそっくりだと思った。
「おかあさん、おかあさん」
小さなその子が何度も呼ぶ。
ネネは近づいていった。
ノイズがひどい。
悪口陰口、ひどいものが凝り固まっている。
この子は頼れるのが、お母さんしかいないのかもしれない。
お父さんはいないのだろうか。
おじいさんは?おばあさんは?
小さな子は独りぼっちなのかもしれない。
このノイズの中、独りぼっちはきついだろうと、ネネは思った。
凪ぎでない雲の中に似ている気がする。
七海の戦闘機で降りた雲の中。
嘆きのノイズ、夢の傷跡。
夢がかなえられなくて、ノイズになってしまったもの。
ネネは小さな子の夢が、片っ端から折られたように思う。
見えるものを言っているだけなのに、否定され、
感じるままに伝えたいのに、否定され、
理解者がいなくて、お母さんを呼ぶ。
誰だかわからない小さな子。
追い出すわけには行かないとネネは思った。
通り魔の残骸かもしれないけれど、
ネネは心の暗がりに、この子を置くことに決めた。
「ちびさん」
ネネはノイズをかきわけて、小さな子に声をかける。
小さな子がびっくりしてネネを見る。
「気がすむまで、泣いてていいよ」
ネネはそんな声をかける。
ノイズがひどいけれど伝わるだろうか。
通り魔と一緒くたになってやってきた、小さな子。
ネネは全部理解できるとは思わない。
自分の幼いものだって、泣きやまないくらいだ。
「涙がなくなっちゃうくらい、泣いてていいよ」
声は届いたのかはわからない。
相変わらずノイズがひどい。
でも、小さなその子はうなずいた。
泣こうとしてうまく泣けない。
うまくなんて泣けなくていいのだ。ネネは思う。
痛みはなくなれば、泣く意味はなくなる。
よくわからないけれど、
広がった傷だって、うまくいけば治るはず。
「泣くのに飽きたら、何してもいいから」
小さな子は、ネネを見上げた。
ネネも小さな子を見る。
どこかで見たような気がする。
どこだかはぜんぜんわからない。
けれど、ちょっと不思議な目をしている気がした。
「心にいていいよ」
ネネはそっと言ってみる。
小さな子が涙でひどい顔のまま、うなずいた。
「ありがとう」
そんなことを言った気がする。
ネネはまた、暗がりの中に放り出された。
身体が不意に痛くなった。
指を動かす。
なんだか重い。
ネネは目を開ける。
そこは階段の踊り場で、
ネネはそこに転がっていた。