ネネは腰を落とし、バーバに目線をあわせる。
「お願いしたいことって、何?」
ネネは問う。バーバはうなずく。
バーバは遠くを見るように話し出す。
「この町には占い師が昔いてね」
「うん」
「大掛かりに人を動かしていたことがあるのよ」
「うん」
「毎日が争いごとだったのよ」
バーバはしょぼしょぼした目を閉じる。
バーバの中で争いが再現されているのかもれない。
「勇敢な人がね、争いの元の占い師を、この町に封じたのよ」
「町に?」
ネネは聞き返す。
バーバはうなずく。
「占い師はね、この町にとけてしまった」
「なくなったんですか?」
「いいえ」
バーバは否定する。
「千の線になって、この町に根を張ったのよ」
千の線。
この町でありながら、この町でなく、
意識を持ちながらも何も出来ないのだろうか。
「占い師はね、多分機会をうかがっていたのよ」
「機会を」
「同じように自分と溶け合えるものを」
「それは、線になった占い師をつなぎなおすってこと?」
「そう、そういうことよ」
「みんなを動かして、町に線を張って、争いさせて」
「封じられた占い師が動かしていたのよ」
「教主も?」
ネネの考えが正しければ、
教主も封じられた占い師に動かされている。
封じられた占い師と同じ道をたどろうとしている。
「教主と呼ばれるのは、二つの意思が同じことを考えているんだよ」
「教主と、占い師」
「そうそう。ふたつとも、未来を変えたいと思っているのよ」
「変わるんですか?」
「理の器を使えば、何でもできるよ」
バーバはなんでもないことのように言う。
それは大きなことだ。
でも、教主を倒したところで、
占い師の意思は、また千の線になって町に根を張る。
ああ、それだからとネネは感じたところがあった。
「それだから、鋏師は鋏をくれたんだね」
ネネはポツリとつぶやく。
「レッドラムの線ですか?」
鋏師が話にはいる。
バーバがうなずく。
「占い師の線はね、通り魔をまとう線なのよ。悪意の線なのよ」
「空に向かえば、集中したレッドラムの線も断てるってこと?」
「占い師のうらみも、そうして断てるはずだと思うのよ」
ネネはうなずく。
「千の線を断って。それがお願いよ」
町に根ざした占い師の恨みは、
線になって空に向かっている。
理の器を目指しているはず。
教主を、代価を使って。
ネネの思う教主だろうか。彼女だろうか。
ネネの脳裏に彼女が微笑む。
それはとても怖い微笑だ。
でも、本当に彼女だろうか。
ネネの知っている彼女が教主だろうか。
思えば思うほど、彼女が教主の気がする。
けれども、封じられた占い師と意思を一緒にしているとしたら、
彼女は操られているか、のっとられているのかもしれない。
「教主様は…」
今までだまっていた、辻が話し出す。
「教主様は、導いてくれたと思っていました」
辻は細い声で、ぽつぽつと話す。
「その占いで、未来も導いてくれると、思ってました」
バーバはうなずく。
辻は続ける。
「私は教主様の、導きから降りました」
「うんうん」
「どうすればいいのか、わからないのです」
バーバは辻に微笑みかける。
「いっぱいなくしてしまったんだねぇ」
バーバは辻に語りかける。
「朝凪の町なら、何をなくしても、みんな受け入れてくれるよ」
「そう、で、しょうか」
「なにも出来ない人だって居場所があるよ」
バーバはにっこり微笑む。
「辻マナさん」
バーバが名前を呼ぶ。
辻マナという彼女が顔を上げる。
「マナ」
「あなたのお名前だよ」
バーバは微笑む。
「私は、辻、マナ」
「そうだよ。朝凪の町の住人の、マナちゃんだよ」
マナの目から涙がこぼれる。
それはとても透明な涙だ。
「何にも出来なくても、いるだけで意味があるのよ」
バーバは語りかける。
マナはぽろぽろと涙を流した。
「あたしのところにいらっしゃい。ずっといてもいいのよ」
マナは何度もうなずいた。
なにもできなくても。
たとえば、教主が占いが出来なくても。
それでもこの町は受け入れてくれそうな、
ネネはそんな気がした。