マナは泣いている。
「泣きたいだけ泣いちゃいなさい」
バーバが優しく声をかける。
マナは何度もうなずく。
マナは、辻マナは、
居場所を手に入れたのだろうとネネは思う。
何も出来なくても、いるだけで意味がある場所。
受け入れてくれる場所。
家族を代価に払ってしまったマナ。
取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。
それでもバーバは受け入れてくれる。
朝凪の町ならいてもいいという。
マナの家族を死なせたのは、火事かもしれない。
占いでないかもしれない。
あの彼女の代価として命を差し出したというのならば、
マナも命を奪う片棒を担いだのかもしれない。
マナは苦しんだだろう。
自分の日常がいきなりなくなった。
ネネには想像も出来ないことだっただろう。
ネネはマナを見ている。
光る球体のそばにいた彼女とは、別人のようになっていると思う。
神官というか、取り澄ました顔をしていたマナが、
涙でぐしゃぐしゃになっている。
多分これでいいのだ。
マナはバーバがどうにかしてくれる。
ネネはそんなことを思った。
「これからどうしますか?」
くぐもった声が場に投げかけられる。
勇者だ。
「凪は明日まで来ないと思うのです」
勇者が読んだらしいことを言う。
「となると、明日にしか突風で飛べないか」
ネネは当たり前のことを言ってみる。
勇者はうなずく。
「帰る時間までまだ少しあります」
勇者が鎧のガントレットにはめられた、端末を見る。
頭もフルフェイスのカブトをかぶっているので、
表情はぜんぜん読めない。
「突風はどこでも出せますか?」
勇者が問う。
ネネは考えて、返す。
「高く飛ぶのは、助走が必要かも。前は国道を走って飛んだ」
「なるほど」
勇者はうなずく。
「では、国道まで歩きましょう」
「今日は飛べないよ。凪じゃないから」
「近くまで行けば、端末で転移したときに現れやすいでしょう」
「なるほどね」
ネネはうなずく。
勇者はある程度いろいろ計算しているらしい。
「渡り靴は警報を出していますか?」
勇者が問う。
ネネはステップを踏んでみる。
こっつこっつ。
しばらく聞いていなかった、乾いた渡り靴のステップだ。
「今は安全そう。戦闘区域が解除されたのかな」
「教団が一時的に収まっているだけかもしれません」
勇者は丁寧に訂正する。
「皆さんは一度あるべき場所に戻った方がいいでしょう」
「家とか?」
「そういうことです」
「やっぱり怖い占い師の動向次第ってこと?」
「レッドラムの線が断たれない限り、恨みは続くでしょう」
「そっか」
ネネは納得する。
勇者もうなずく。
「それじゃバーバ」
レディが肥大化した左腕を出す。
「また背負ってくよ」
バーバはうなずく。
レディはバーバを背負う。
「マナちゃんついてきてね」
レディが階段を下りる。
マナはついて下りていく。
「私も店に戻ります」
器屋が宣言する。
「あ、それじゃ器屋さんについてくよ」
鋏師も申し出る。
「それじゃ、行ってみる」
「千の線を断てるように。私も願っています」
二人はそれぞれ言うと、階段を下りていった。
「俺は解体屋に行ってみる」
そう言い出したのは、リディアだ。
「まだ戦闘区域が解除されたわけじゃないしな」
ネネには、何をもって戦闘区域かわからないが、
リディアにはわかるらしい。
「武器のストックを増やしておく。…使わなければそれでいいけどな」
リディアは皮肉った顔で微笑む。
「あんたら次第で、この町は変わってしまうと俺は思う」
「あたしたち次第」
「そう、戦闘区域がなくなるのも、広がるのも、もっとひどいことになるのも」
リディアはネネを指差す。
「あんたら次第だ」
ネネは神妙にうなずく。
リディアはにやりと笑う。
「町を救えとは言わない。けど、納得するまで動いてくれ」
「はい」
「幸運を祈る」
リディアはそう言うと、階段を駆け下りていった。
勇者とネネが残った。
二人は視線を合わせて、うなずき、
学校の階段を下りていった。