ネネは階段を駆け上がり、
自分の部屋に戻ると、トートバッグを手にする。
渡り靴も忘れずに。
髪形をちょっと鏡で見て、
「よし」
短くうなずく。
『行きますか』
「うん、行ってくる」
『気をつけて』
「ラジャー」
ドライブと短い会話をした後、ネネは階段を駆け下りてくる。
「それじゃ、いってくるね」
ネネは渡り靴をとんとんと履き、
「いってらっしゃい」
という、言葉と同じくらいに飛び出した。
いい天気だ。
抜けるくらいの空。
すがすがしい日曜の朝。
ネネは飛び出してきたが、
これといった行先があるわけでない。
町に出て行って、コーヒーでも飲めればいいかなと思う。
アクセサリーは興味ないけど、
花屋で何かあるかなとは思う。
大型の植物センターとか、近くにあればいいのにと思う。
まぁ、町に出よう。
ネネは思い直して、バス停まで行った。
バスはしばらく待っていたら来た。
ネネは乗り込み、適当に座る。
ネネのほかにはちらほらの客。
大して急いでいるわけでもないらしい。
ネネと同じように、なんとなく町に行くのだろう。
後ろのほうの座席で、女の子二人が話している。
「駅のほうで、占い師がいるんだって」
「ほんと?」
「友達が言ってたよ。すごくあたるんだって」
ネネの耳にそんな会話が飛び込んでくる。
占い師はいくらでもいると思う。
それでも、ネネは、あの彼女をすぐさまに連想する。
「代価って言うのが必要なんだって」
「だいか?」
「ただで占うわけじゃないんだってさ」
「お金取るの?」
「そうじゃなくて、要らないものでもいいんだって」
「太っ腹だなぁ」
「噂なんだけどさ」
「なになに?」
「家族を全部差し出した人もいるんだって」
「うそー!それでもいいの?」
「家族邪魔だもんね」
「邪魔邪魔。死ねばいいっておもう」
「それで家族を全部差し出した人は、すごく幸せになったんだってさ」
「あたしもそうしようかなぁ」
「でも、鉛筆一本でもいいんだって」
「あー、そっちの方がいいかなぁ」
「何か買っていって、代価にすればいいか」
「そうだねー」
「死んで欲しければそれを代価にすればいいし」
「そうそう、いつでも死んでもらえるならねー」
ネネの心が曇る。
嫌な世の中になっているなとなんとなく思う。
女の子二人は、ファッションの話に移ったようだ。
ネネは窓の外を見る。
いつも使っているバスの、窓の外。
いつもの風景。
たまには雨も降ったりする。
曇ったりもする。
それでもいつもの風景。
朝凪の町もこんな風景なんだろうか。
朝凪の町は車が通っていない。
(歩けばよかったかなぁ)
ネネはぼんやり思う。
歩けば浅海の町と朝凪の町の、
違いみたいなのが体感できたかもしれない。
騒ぐ女の子たち。
別に気にもしない乗客。
バスはスムーズに中心街へとやってきた。
ネネはバスを降りる。
何見るかなぁとあたりを見回す。
本屋行くかなと目星をつける。
こっつこっつとネネが歩く。
平和な音だなぁと思う。
カンオケバスのとき以来、浅海の町でかんかんすることはない気がする。
平和だなぁと思う。
ネネはビルに入って、本屋を目指す。
大きなビルだ。本屋も大きい。
(でも、華道の本って限られてるのよね)
ネネは心の中でつぶやく。
茶道の本が多くて、華道の本はなかなか見つからない。
おまけに高い。
立ち読みできたら、ちょっと見るかなと思う。
ネネはエスカレーターでビルを上がる。
紳士服やら婦人服やら、いくつか越えて、本屋のフロアに行く。
ネネは華道の本を探し出す。
大きい本屋は見ているだけで楽しい。
知らないことがこんなにあるなんてと思うと、それだけで楽しい。
ネネは茶道華道の本が置いてあるところを見つける。
「あ」
ネネはポツリと声を上げた。
そこでは久我川ハヤトが、何かの本を立ち読みしていた。