ネネとハヤトは、ビルの中のカフェに行く。
吹き抜けになっていて、明るい。
日曜日はやっぱりいろんな人がいる。
家族連れ、主婦仲間みたいなの、そして、恋人同士。
席に通され、適当にコーヒーを頼む。
「思わぬ出費だ」
ハヤトが本を手にしながらつぶやく。
「無駄なことはないんでしょ?」
「そうだけど、思わぬ出費であることは変わらない」
「そういうもんか」
「そういうものだ」
「へんなの」
「そういうものだ」
ハヤトは真顔で言う。
ネネとしては、つっこむか、ぼけたかしてもらいたかったが、
ハヤトに求めることでもないだろう。
「まぁ、コーヒー代くらいは出すよ」
「ありがとう」
ハヤトがボソッと礼を言う。
なんだかくすぐったいなぁとネネは思う。
このぼそぼそした声が心地いい。
「何かおかしいか?」
ハヤトが問いかける。
「なんでまた?」
「ニヤニヤしているから」
「あー」
顔に出ていたらしい。
こうなっては隠していても仕方ない。
「ぼそぼそした声が心地いいなと思ってた」
「ぼそぼそ?」
「ハヤトの声」
「いいものなのか?」
「騒がれるよりはいいかな」
「ほめ言葉なのか?」
「ほめ言葉なんじゃない?」
「疑問符で返すな」
ぼそぼそと相変わらず答えるハヤトに、
ネネはにんまり笑う。
「こういうのが心地いいのよ。なんだか平和だなって」
「平和か」
「うん」
間をぬったそこに、丁度コーヒーが運ばれる。
変哲もないコーヒーを二人して口に運ぶ。
「あー」
ネネが思い出す。
朝凪の町のバーバを知っているようなハヤトの電話のこと。
今、聞くべきかなと思う。
「ハヤト」
「なんだ?」
「ハヤトは朝凪の町って知ってる?」
「あさなぎ?」
「浅海じゃないよ」
「そんなことわかるけど、あさなぎ?」
「知らなきゃいいんだ」
「いや、どこかで聞いた」
「どこで?」
「思い出せない」
「そっか」
ネネはそこでいったん会話を切る。
そして、次の質問をする。
「それじゃ、バーバって知ってる?」
「バーバ」
「知らなきゃいいんだ」
「いや、どこかで聞いた…いや、知っている人の気がする」
「占いしてた?」
「占い師じゃなくて、占い屋じゃなかったか?」
「知ってるんだね」
「わからない」
ハヤトは視線をコーヒーカップに注ぐ。
「どうして知っているのか思い出せない」
「どこで会ったかも思い出せない?」
「思い出せない。古びたにおいがしたような気がする」
ハヤトのバーバの記憶は、
ネネのそれと重なっている気がする。
それでもこれだという確証はもてない。
「朝凪の町にバーバという人がいるんだよ」
「朝凪の町」
「朝凪の町は占い師で大変なんだよ」
「なんとなく聞いた気がする」
「ハヤトは電話をくれたんだよ」
「電話をしたことはなんとなく覚えている。けど」
「けど?」
「何を話したかは思い出せない」
「ありゃ、そうなのか」
ハヤトはコーヒーをじっと見ている。
「コピーをどうしろとかいったような…」
「朝凪の町の結界を破る方法を言ってた」
「そんなことを言っていたのか」
「言ってた」
「じゃあ、朝凪の町ってどこにあるんだ?」
「あー…」
ネネは言葉がつなげられない。
朝のときにだけ姿を現す異世界などといったところで、
ハヤトに納得してもらえるとは思えない。
「ファンタジー小説みたいなのか?」
どもっているネネに、ハヤトが声をかける。
「ファンタジー?」
「異世界」
「そんなとこ、かなぁ」
ネネは曖昧に返す。
ハヤトに馬鹿にされるかもしれない、そう思うから。
「朝凪の町か」
「うん」
「佐川もそこにいるのかもな」
「佐川さん」
「リンクしているような…そんな感じがする」
ちょっと前に学校でハヤトは同じことを言っていた。
「リンク先が、朝凪の町というところなのかもしれないな」
「やっぱりそう思う?」
「占い師と聞いて、そう思うだけだ」
「なるほどねぇ」
ネネはなんとなく、あっている気がした。