ネネは振り向く。
音のほうに向かって。
何も出来ない。
直進してくる大型車。
まっすぐ人ごみに向かって。
なにも、なにも、なにも。
ネネは逃げることすら失う。
なにもかも、なくす。
ネネの脳裏にそんな言葉が浮かんで、
ネネは立ち尽くす。
大型車は駅前広場の生垣をつぶし、
まっすぐ人ごみに突っ込んでくる。
接触した人が転がっている。
「おとまりなさい!」
声が響いた。
大型車は、声に押されたように、急停車をした。
ゴムの焼けるにおいがする。
ネネのすぐ目の前で、大型車は止まった。
ネネはぺたりとへたり込む。
すぐ隣にいたハヤトも、放心したまま立ち尽くしている。
「とも、い?」
「…うん」
雑音が戻ってくる。
悲鳴、ざわめき、通報だという声。
ネネは身体に力が入らない。
自分の芯をなくしたような気分だ。
「間に合ってよかった」
声が聞こえる。
ネネはかろうじて声のほうを見る。
佐川タミだ。
「大変なことが起こるという占いが出たの」
「…それが、これ?」
「よかった、誰も死ぬことがなくて」
タミは微笑んだ。
ネネの見慣れた、底がつめたい、上があたたかい笑いだ。
「それで止めてくれたの?」
「私は叫んだだけですよ」
タミは微笑む。
そして、群集に向かう。
「占いはまた後日に行います。一刻も早く救急車の手配を!」
群集がざわめく。
「佐川様が止めたんだ」
「早く救急車を」
「おい、けが人は」
「運転手はどうなった」
ざわざわ。
そしてざわめきは、タミを賞賛するものにかわる。
「佐川様」
「佐川様が止めたんだ」
「佐川様が大惨事を救ってくれたんだ」
「佐川様」
「佐川様」
ネネはへたり込んだまま、タミを見ていた。
ちっぽけなタミは堂々としている。
自信がなければ、こうは振舞えない。
「私は怪我人を見てきます。友井さんが無事でよかった」
タミはそういい残すと、トラックの走ったあとでうずくまる、怪我人のほうに行った。
パトカーと救急車のサイレンが聞こえる。
人ごみは散れない。
どよめきが残っている。
ハヤトがネネに手を差し出す。
ネネはすがって立ち上がった。
立ち上がってもなお、大型車は大きい。
こんなものが人ごみに突っ込んでいたら、それこそ大惨事だ。
タミが止めるように叫んだ。
それが効いた?
ネネの胸で何かがちりちりとする。
何かが響いているような。
「通り魔」
ネネはつぶやく。
カンオケバスのような感じ、
そして、ネネの胸には細くではあるが、レッドラムの線がある。
ネネはそれが共鳴していると感じた。
ネネの思い込みかもしれない。
それでもネネの胸がざわめき、
不安を膨らましていく。
「通り魔をはらむ、レッドラムの線」
ネネはぼそぼそつぶやく。
ざわめきにかき消され、誰の耳にも届かない。
ハヤトの耳にも、届かないはずだ。
レッドラムの線を使ったのか。
そして、事故を演出したのか。
誰が。言うまでもない。
ネネが思うに、レッドラムの線は正常な人間を狂わせる。
レッドラムの線の意志に従うか何かして、
通り魔をはらんで狂う。
ネネはそんな風に思う。
多分この大型車の運転手も、
レッドラムの線でつながれた、犠牲者なのかもしれない。
何かのきっかけで人ごみに突っ込むように仕組まれた感じがする。
仕組まれた。
千の線が化け物になってネネを脅しているような感じ。
警察が現場にばたばたとやってくる。
「大丈夫か、君たち」
ネネは警官の質問に、こくこくとうなずく。
「危ないから離れなさい」
ネネは再びこくこくうなずくと、力の入りにくい足で歩き出した。
「おおい、誰かきてくれ」
別の警官が呼んでいる。
「どうした!」
「運転手は死んでいるぞ」
「なんだって?」
それから先の会話は、入ってこない。
ネネは思う。
レッドラムの線は、利用したら消しているのかもしれないと。