昭和島の建物の中を歩く。
野菜を育てたり、鶏や豚など世話をしている、
仕掛けがガラガラと鳴っている。
平和な異世界。
平和な、隔絶された世界。
ここで完結している世界だとネネは感じる。
だから、夢の傷跡が取り囲んでいるのだ。
雲の中に凪でないときに出てくる、嘆きのノイズ。
夢をかなえられずに挫折したものが、
嘆いてこの周りに集まっている。
何が得られなくて、そんなことになってしまうんだろう。
夢をあきらめざるをえられなかったこと。
辛いこと、悲しいことが、雲の中にいる。
ネネは不意に、雲の中に涙があるような気がした。
昭和島を取り囲む雲は、涙で出来ているのだと。
かなえられなかった夢、そして流される涙。
みんな夢がかなうわけじゃない。
ネネだって、かなえられていないことがある。
ネネは足元を見る。
ギイギイなる板張りの廊下。
歩きながら思い出す。
ネネは勇者になりたかったのだと。
心の奥底から、泣いている小さなネネを引っ張り出す。
胸に宿った線から、他の子も泣き出す。
名前も知らない、小さな子だ。
ネネの心の中で二人が泣いている。
ネネは目を閉じて泣いているのを聞く。
ネネは心の表に二人を泣かせておく。
慰めなどは届かないのだと思う。
「一人じゃないよ」
ネネはそっとつぶやく。
心の表で二人が泣いている。
どうしようもないのなら、泣きたいだけなけばいい。
今のネネもちょっと涙が出る。
共鳴しているのだろう。
今のネネはわずかな涙を拭くと、
先を歩いている七海に続いていった。
「ネネ」
勇者が声をかけてくる。
「なに?」
「泣いている?」
「あたしが?」
「泣き声が聞こえる気がする」
「心の奥底にあったのを引っ張り出しておいた」
「なぜ?」
「うまく言えないけど」
ネネは説明をしようとする。
「この空間は、夢をかなえられない涙で囲まれている気がする」
「そうなのか」
「そんな気がするから、夢をかなえられない、あたしを引っ張り出しといた」
ネネは涙をぬぐう。
思ったより表に引っ張り出すと、共鳴がすごい。
ネネの心の表では、二人が泣いているのだ。
「きっと心のあの子達が役に立つ気がする」
「そうか」
勇者はなんとなく納得したらしい。
「流山さん」
七海が流山の部屋の、扉をノックする。
「流山さん」
七海がいぶかしんで、扉をちょっと強めに叩く。
「おかしいなぁ、返事がないぞ」
七海が首をかしげる。
「流山さん、入りますよ」
七海が扉に手をかける。
扉はちょっと重い音を立てて開いた。
薄暗いその部屋は、上に下にからくりが走っている。
からくりに当てる光がわずかに漏れている。
「流山さん」
七海が声をかける。
返事はない。
「おかしいなぁ。どこに行っちゃったのかな」
七海はいつも流山のいる席へと行く。
明かりをつけずに辺りを見る。
「光の池に行ったのかな」
「光の池?」
「うん、昭和島の中心で、雲から取った水をためてるところ」
「それが光の池?」
「お日様が一番当たるところで、きらきらしているんだ」
「いってみましょう」
ネネがそう言うと、七海はうなずき、
「こっち」
と、先にたって歩き出した。
七海はまた、ギイギイなる廊下を歩く。
ネネが勇者が続く。
ネネは歩くと涙が出てくる。
(いくらでも泣いてしまえ)
(泣いて泣いて泣きまくってしまえ)
ネネは心にそう言ってみる。
「ネネ」
勇者が後ろから声をかけてくる。
「なに?」
「無理しないでください」
「無理なんてしていないよ」
ネネは七海を追って歩こうとする。
勇者のガントレットがネネの肩に置かれる。
「本当に必要なときに泣いてください」
「涙はいつでも出てくるよ」
「いつでもなら…」
勇者がもごもごと何か言いかける。
「いつでもなら、いつか勇者のために泣いてくれますか?」
ネネの涙がふっと止まる。
「お願いします」
勇者はそう言うと、七海を追った。