勇者がタミに向かって跳躍する。
タミは片手を振って、勇者の跳躍方向を変える。
勇者が光の池のそばまでやってくる。
きらきら光る光の池で、
中空に浮いたタミと、勇者が対峙する。
「流山さん」
勇者が声をかける。
「早く逃げてください」
流山は頭を振る。
「けりをつけないまま、逃げたくはないよ」
流山は弱弱しく言う。
昭和にかける情熱が見えなくなるほど。
ネネが立ち上がる。
ポケットの鋏を握る。
「流山のおじさん」
ネネは言ってみる。
「もしかして、自分の子どもだったらと考えてない?」
流山はピクリと反応する。
「だったら、どうなんだい?」
「わからない」
ネネはポツリと答える。
「流山のおじさんのすることも正しいかもしれない、けど」
「けど?」
「あたしは線を断たなくちゃ」
ネネは前を見据える。
タミが片手を振って、勇者の剣の向きを変えた。
「あたしは勇者じゃない」
「君は君だ」
「勇者じゃないけど、ここまで来た」
「ご苦労なことだ」
「あたしもそう思うよ。ご苦労なことだって」
ネネは苦笑いを浮かべる。
「でもね、あたしもけりをつけたいんだ」
ネネの心の表で、小さな二人が泣いている。
小さなネネと、小さな子。
「泣いているね」
流山がつぶやく。
ネネはうなずく。
七海がわからないという風に二人を見比べる。
「ネネの心の浅いところに、泣いている子どもがいるよ」
流山が説明する。
七海は、泣き声が聞こえないようだ。
「流山のおじさん」
「なんだい?」
「自分の子どもが泣いていたらどうする?」
「わからないよ」
流山はつぶやく。
「子どもの扱いはぜんぜんわからないよ。生まれてすぐに離婚をしたからね」
「抱きしめるだけでもいいんですよ」
「強く抱きしめてもいいだろうか」
「気持ちのままに」
タミが勇者を吹き飛ばす。
相変わらず片手だけであしらわれている。
「流山のおじさん」
ネネが声をかける。
「勇者も流山シンジを知っていましたよ」
流山が驚きの表情になる。
「いってきます」
ネネは一言つぶやくと、タミに向けて駆け出した。
鋏を構える。
突風はこの空間では使えない。
ネネの線と、タミの千の線がごちゃごちゃになっていて、
光の中で異様な空間になっている。
(自分の線まで断つかもしれない)
ネネは踏み込みきれない。
そこをタミに吹き飛ばされる。
勇者とネネをあしらうのは、片手では追いつかないらしい。
(おびえよ、去れ)
ネネは心に語りかける。
(自分の線を断ってもいい、タミの千の線を断て)
飛ばされたネネは立ち上がる。
目に力を持たせる感じ。
千の線を身体に入れた、タミが浮かび上がる。
(断て!)
ネネは中空に浮かぶタミへと飛び掛る。
勇者も飛び掛る。
同時に飛ばされる。
勇者の剣の切っ先がタミのほほに当たったらしい。
タミのほほから涙のように血がにじむ。
「何であたしの邪魔をするのよ!」
タミは叫ぶ。
血が滴る。
「未来を限定してきて、未来を奪ってきたこと」
勇者が語る。
「占い師として、未来を奪ってきたことは、許せないことです」
「限定された未来を、皆は喜んだ!」
「代価も取っていた」
「信憑性があると喜んだ!」
「力を得て、捻じ曲げようとしている」
「力を持っているものの特権!」
「特権かもしれないけれど、許されないことです」
勇者は剣を構える。
ネネも鋏を構える。
小さな鋏だけれど、ネネの唯一つの武器だ。
「勇者として、佐川タミを倒します」
勇者が走る。
ネネも走る。
同時に跳躍する。
タミが空間を捻じ曲げる。
再び、嘆きのノイズ。
ネネの目の前が真っ暗になる。
(何で夢がかなわないの)
(おかあさん、おかあさん)
ネネの心の表で泣いている。
その声は佐川タミの声によく似ていた。