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第13話 熱狂の残響

 未来など、誰にも分かることはない。

 永遠に続くと思われていた常識が覆されることも誰も予知することは出来ない。

 現に誰も考えていなかった、ナイン・ナイツという絶対的な存在がたった一人の男によって覆されることなど。


「リズちゃん、あ〜んさせてよ! 君の料理も食べてみたいんだから」


「誰がそんな事するか!? 自分で食堂に取りにいいでしょうッ!?」


「えぇそんなロマンないことを!? お姫様に食べさせてもらうのは王子様の本望で」


「カップルか私達は!?」


 ましてや、自らを王子様と称するこんなふざけた男にされるとは想像がつかなかっただろう。

 学園設置の大食堂、殺伐とした世界の数少ないオアシスを担っている場所では騒がしくも束の間の安らかさが場を包んでいた。

 見た目に反して二人分はある肉料理を生き生きと頬張るリズは相変わらずの言動を繰り返すシリウスに振り回されている。


(はぁ……本当に何なのよコイツは。頼れる王子様なのか将又何も考えてない犬なのか)


 頭を抱えるしかないシリウスという存在。

 良く言えば空気を変えられる存在感ある男、悪く言えば女好きでナルシストなお調子者。


「ねぇ……本当にアンタは私と一緒に学園破壊計画を実行してくれるのよね?」


「ん? そりゃもちろん、君のために命を懸けるつもりさ。推しのお姫様を王子様が助けるのは使命ってやつだろ? ナイン・ナイツは俺ちゃんも個人的にんでね」 


「アンタ……一体過去に何が」


「あっそこの肉厚凄いとこ食べさせてよ! ほらあーんって!」


 この男は一体何を得てこうなったのか。

 そう問いを詰めようとするがシリウスの勢いによって強引に中断されてしまう。


「ちょ!? だから何で私のに拘るのよ!」


「リズちゃんがめっちゃ可愛いから」


「またアンタはそうやって勘違いされても仕方ないことを……!?」


 寧ろ返って恥ずかしげもなく紡がれる愛の言葉の数々にリズは思わず赤面した顔を咄嗟に隠す。

 レヴダを脱落させた決戦から早数日、永遠に続くと思われていたナイン・ナイツ一強を崩したという事実は学園に衝撃を与えていた。

 現にお姫様と王子様、あるいは飼い主と大型犬の関係で常日頃共に行動している二人を割るように複数の女子生徒がシリウスへと駆け寄る。


「あのシリウス君、これ良かったら!」


「これも私の手作りの卵焼き! 美味しいから食べてみてよ!」


「あ、あ〜んしてあげようか!?」


 黄色い悲鳴を背後に受けながら彼女達は手作りの品々をシリウスへと手渡す。


「えっいいの!? いやぁありがとね! その愛しっかりと味わうよ子猫ちゃん?」


 ウィンクから発せられたその一言で顔を真っ赤にして女子生徒達は足早に去っていく。

 強いだけならまだしもこの内面、恥ずかしげのないその気にさせるキザなセリフのクセ強さがシリウスという存在感に拍車を掛けていた。

 不審者から一転、風の噂では既にファンクラブが出来ているとの話も耳にしているリズは相変わらずなその気にさせる態度にため息を吐く。


「いやぁかわい子ちゃんからこんなに頂いちゃったよ! 後でじっくり味わおっかな〜いつの時代もモテるのは最高だねぇ!」


「はぁ……不用意に目立つなって言いたいとこだけどまぁいいか、遅かれ早かれセリナがピックアップするだろうし」


「セリナ?」


「アンタは知らなかったわね。丁度この時間から始まるんじゃない?」 


 リズが指差した方向には大食堂の中心部。

 装飾が施された大極柱に設置された映像装置。

 段々と「来るぞ来るぞ!」という声と共に生まれた人だかりは場は騒がしくさせるが見慣れない産物にシリウスは深く凝視した。


「黒い四角? なんか凄そうだけど」


「ネオマテリアルを駆使した映像ビジョン、謂わば画面モニターよ。昔はリファインコードの軍事利用だけだったけど数多の技術革新であぁいう娯楽物も作られるようになったのよ」


「マジか、未来スゲェ……!」


 百年という人類の英知の発展に驚いている間に映像は始まり、ノイズ音の中にはうっすらと心地の良い甘い声が鼓膜を刺激する。

 瞬間、モニターに釘付けとしていた生徒達は瞬く間に夥しい歓声を上げると漆黒に染まっていた画面には一人の少女が映し出された。


『ハロ〜レヴィーランズスクール! セリナホットラインの配信へようこそ♪』


「うぉ!? 何だあのかわい子ちゃん!?」


 一目見て反射的にシリウスが立ち上がったことが画面にいる存在の可憐さを裏付けている。

 薄紅に染まったカントリーツインテールに大きく可憐に改造が施されたファンシーな制服。

 甘い蜜のように蕩けてしまいそうな唇と二重の黄金な瞼が端整な顔立ちを引き立てる。


 豊満な肉体を揺らす緩やかながらも生き生きとした雰囲気は見る者を巧みに魅了していく。

 美少女ながら何処か人外的な雰囲気を醸し出す彼女だが裏付けるように頭部からは一体の鋭利な角が生えていたのだった。

 ポップさを再現したかのような空間にて魅惑ながらも何処か危険な小悪魔は画面越しに周囲を熱狂させる。


「セリナ・ウィレイクスター、淫魔の上位種族、フェリーア族出身の学生でセリナホットラインのメインパーソナリティよ」 


 【セリナ・ウィレイクスター】

 ・プレイヤーランキング14位__。

 ・獲得ポイント115000pt__。


「淫魔!? サキュバスか!」


「何で言い換えたのよ。学園にいるのは人間だけじゃない。エルフ、鬼、淫魔、魔族でも人間に中立的な存在も使えるならここは引き入れてるのよ」


『エルフ、鬼、淫魔……クロニクルウォー時でも中立的姿勢を宣言していた魔族達ですマスター。恐らくはその恩恵によるものかと』


「なるほどね、消極的だって同族から非難轟々だった魔族達が未来では一番に台頭してるとは」


 魔人エクリプスを中心とした魔族軍から邪険に扱われていた過去を生で見ているからこそ、シリウスの目にこの現状は皮肉にしか映らない。

 過去と未来のギャップを滑稽に思う中、セリナが座する背部には画面全体に無数の文字列が滝のように流れると共に勢いよく駆け出しながらカメラへと急接近を行った。


『学園の最新トレンドや話題を放送するこの番組も今日で記念すべき五十回目! さぁて今週のニュースは……って、言わなくてもトップニュースは諸君らも理解してるよね』


 鳴り響くファンファーレの音楽。

 文字列は収束を終えると『ナイン・ナイツ神話崩壊! 謎めいた王子様シリウス・アーク!』と大々的にテロップが浮かび上がった。

 人を魅了するコミカルな動きと満面の笑みでセリナは画面へと指を差す。


『なんとなんと! プレイヤーランキング9位、レヴダ・ワイルズがフォルトゥナゲームでまさかの敗戦! 彼は脱落してランキングが大いに変動してしまった、これはセリナもビックリだよ〜!』


 セリナが指差した箇所には何処で撮られていたのかレヴダを圧倒したシリウスの鬼神ぶりが生々しく映し出されている。


『倒したのは彼、突然この学園に降り立ってきた謎多き王子様シリウス・アーク! めっちゃ強くてイカしたファンキーボーイさ! 落第生ワーストプレイヤーなんて言われてたけど今じゃランキング9位へ一気に上昇!』


 見れば見るほどレヴダを出し抜く人間離れした動きを披露しているシリウス。

 内容はほぼ一方的であり、旧式と蔑まれていたリファインコードからなる超高速の無双にセリナに釘付けな者達は次第に警戒心を顔に表していく。

 そんな彼ら彼女らの心を弄ぶかのようにセリナは巧みに言葉を紡ぐのだった。


『いやぁ凄いね〜でも見惚れてる暇は君達にはないんじゃない? ウジウジしてる子に勝利の女神は微笑まない。彼を仲間にするか、それとも倒すか、あるいは利用するか、それは君達の自由、さぁその知略を使ってこのゲームを生き残れッ!」


 妖しげな輝きを放つ画面越しにセリナは視聴者達へと微笑んだ。

 扇動するような言動に周囲は大いに盛り上がると同時にシリウスへと一斉に視線が向けられる。

 先程の生徒同様、純粋な憧れの眼差しもあるがそれ以上に多いのは敵意が込められた視線。


「……行くわよ、ここにいたら面倒になる」


「リズちゃん!? まだあのかわい子ちゃんの配信終わってないよ!?」


 向けられる数多の瞳に本能的に嫌な予感を抱いたリズは首根っこを掴むとシリウスと共に食堂を後にするのだった。


「あの子は謂わばゲームを活性化させる学園アジテーター、セリナホットラインは毎週あのように注目プレイヤーやトレンドニュースを言葉巧みに紹介する。でも彼女に注目されるのは諸刃の剣」


「諸刃の剣? どうしてだい、かわい子ちゃんに注目されるなんて最高でしか」


「彼女には熱狂的なファンが多い。故にセリナの言葉は影響力を持つ。元々はゲームに消極的だったプレイヤーも注目もされたいからと好戦的スタイルに豹変させるほどにはね」


「なるほど……つまりあのサキュバスちゃんのピックアップによって俺ちゃんはより一層狙われてる身になったってこと?」


 日が差し込む廊下を歩く中でようやくシリウスはあの魅惑に隠された危険な一面を自覚する。


「今の放送でアンタのポイントや強さに目をつけて動くプレイヤーは少なくない。私達は誰に狙われてもおかしくない身ってこと」


 【シリウス・アーク】   

 ・プレイヤーランキング9位__。

 ・獲得ポイント150100pt__。


 レヴダが有していた莫大なポイントとランキングを一日にして全て奪取したシリウス。

 無名から一気に強豪プレイヤーへと成り上がった旧式使いの落第生ワーストプレイヤーを狙う者は少なくない事は誰でも理解出来るだろう。


「ふ〜ん、まさにバトルロワイヤルだね。こいつはゲームに勝つのもそう簡単じゃないか」


 彼女が発した危惧を裏付けるように教室へと入った途端、時の人である彼の姿を見た者達はヒソヒソと言葉を交わす。

 歓迎……はされてないのは楽天家なシリウスでもある程度は察せる。


(誰が敵で、誰が味方か……そういう力がここでも必要になるか。未来になってもそういう悪いことはあんま変わんねぇか)


「シリウス? どうしたの?」


「何でもないよ、少し考え事!」


 珍しく顔に浮かんだのは哀愁の表情。

 だがリズの問いかけに直ぐにもシリウスは普段通りの生意気な笑顔に包まれる。

 学園には見合わぬ華麗ながらも何処か殺伐とした雰囲気を醸し出す中、二人が席についたその矢先であった。


 パシャッ__! 


「「ん?」」


 何かが押された光が弾けるような音。


 パシャッ__! パシャッ__!


 その連弾は段々と加速していく。

 何事かと堪らず二人は辺りを見渡すが不審なものは何も見当たらない。

 身体に異変が起きた訳でもないが確実に鼓膜へと響く音は困惑へと誘う。


「な、何の音これリズちゃん?」


「シャッター音……? 一体何処から」


 神出鬼没に奏でられるシャッターの音色。

 暫くは思考は真っ白と化していたが段々とシリウスは本能的にある気配に気づく。

 それは自身の真下、自身が座している机の下、間違いなく何かがいると恐る恐る気配のする箇所へと視線を移し、覗き込むと。


「いやぁいいね! めっちゃ映えるじゃんッ!」


「「うわッ!?」」


 思わず二人は飛び跳ねながら後方へと転ぶ。

 机の真下に張り付いていたそれは……金髪のサイドテールが目立つ一人の美少女だった。

 情けなく尻もちをついた姿まで手に持つカメラで何度もシャッターを切る。


「アッハハッ! セリナにもピックアップされた有名人は転げる姿も画になるんだね! これは一面に載せれそうッ!」


「誰ッ!? いつからそこに!?」


 一度見たら忘れないその派手な姿。

 制服は大胆に改造され、短くカットされた上着、鋲付きのレザーアクセサリー、アシンメトリーなスカートが婆娑羅な雰囲気を醸し出す。

 赤と黒のシュシュが結ぶ髪の先には、光を反射する黄金の輝き。

 大きな瞳には好奇心の炎が燃え、笑うたびに世界がフラッシュのように鮮烈に照らされる。


「待って、アンタってまさか……!」


「おっ? そっちのお姫様は気づいた感じ?」


 リズは思い出したかのように呟くと美少女ギャルは不適に笑う。

 シリウスにも通ずる破天荒ながら何処か食えない雰囲気を持つ存在はステップを踏みながら自身の名を明かすのだった。


「ちょり〜す! はじめまして王子様、あーしの名はクルミ・アクセルロード、今日は君に用があってきたのさ、君……あーしに取材されない?」


「……へっ?」


 【クルミ・アクセルロード】

 ・プレイヤーランキング34位__。

 ・獲得ポイント74600pt__。


 予測不能と称したリズの警告。

 それは直ぐにも的中し、混迷を極める学園にて突如として現れた煌びやかな乙女は嵐を巻き起こすかの如く、王子様へと手を差し出すのだった。

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