「えっ? どっ、えっ?」
「あぁそうだった! 初挨拶たるもの、コレは見せなきゃ話にならないって話だよね〜!」
クセの強いシリウスでさえも介入する暇を与えない勢いでクルミの名を持つ少女は胸元から一枚の名刺を取り出し、明け渡す。
〈クルミ・アクセルロード〉
・神聖レザヴィクス魔法学園二年
・学園記者倶楽部部長&人材特別エージェント
「記者倶楽部部長&人材特別エージェント?」
長ったらしい謎の肩書きにシリウスは名刺を凝視しながら首を傾げる。
本当なら是非ともデートに誘いたい美少女だがそれ以上のインパクトがクルミを支配していた。
堪らずリズへと助けを求めて振り返るも彼女もまた驚きつつも数秒の末に何処か納得のいったような表情に包まれる。
「ど、どういうことリズちゃん!? このかわい子ちゃんの正体は!?」
「その名刺通りよ……クルミ・アクセルロード。部活動の一つである記者倶楽部部長にして人材特別エージェント、プレイヤー達の情報を網羅する情報屋。彼女のスクープ記事にはファンが多い。ここにいるのは彼が目当てと?」
「お姫様にもクルミの名が知られてるとは! てかあーしが言いたかったこと全部先に言っちゃうとかウケるんだけど! まぁ手間が省けたかな〜♪」
良くも悪くも先輩を感じさせないクルミは同じシリウスと同じ目線になるようしゃがむ。
何処からか取り出したボールペンを慣れた手つきでクルクルと回しながら興味津々に彼の顔を凝視するように覗き込んだ。
「さて改めて、君を取材させてくれない?」
「取材?」
「今の紹介の通り、あーしことクルミは記者倶楽部部長、特ダネを逃しはしない。ナイン・ナイツを撃破した逸材……絶対に売れること間違いない」
軽快な笑顔と共にクルミはビシッと学園を賑わす特ダネへと指差す。
「それはつまり……俺ちゃんの最高なカッコ良さを取材してくれるってことか?」
「間違いじゃないかな。記者ってのは特ダネこそが命、だから密着取材させて欲しいなって。ついでに君に手を貸してもいい」
「手を貸すって協力してくれるのか!?」
「イエス、ナイン・ナイツへの宣戦布告からの大革命物語……これ程まで観衆を盛り上げられるストーリーはないッ! そこらのスキャンダルよりも余っ程数字が取れる。その為ならば微力ながら君達にあーしが協力しても「待ち給え」」
王子様を翻弄しながらグイグイと迫るが咎めの声によってようやく一度彼女は止まる。
振り返った先にはやれやれという言葉を表情にしながら赤髪を掻き上げるミレスの姿があった。
「あっ美人ちゃん先生!」
「ミレス先生と呼び給えシリウス君、まぁそれはいいが……クルミ・アクセルロード、君の情報収集力は私も認める。だが授業前に彼を誘うのは些か早計ではないかね?」
「おやおやミレス先生、これは失敬、でも今じゃこの王子様は学園注目の的、誰にも染められまいと仕掛けたいと思うのは当然じゃん?」
「一理はある。だがあくまで学生の本分は勉強、どうだろう私が彼を保護するという形で今日ばかりは放課後まで見逃してはくれないだろうか」
「う〜ん……こりゃ一本取られたかな」
数秒の沈黙の末、ミレスの懐柔にニヤリと微笑みつつもゆっくりと身を引く。
だが、紫電に煌めく鋭い瞳を再度獲物へと向けたクルミは懐から取り出した紙切れをシリウスへと差し渡すのだった。
「まっ、今は先生に華を持たすってことで。あーしはいつもここにいる。王子様にとってもお姫様にとっても悪くない提案するつもりだから、興味持ったら来てみてよ! じゃバイバ〜イ♪」
シリウスの返事を待つことなく可憐なる嵐は去るようにその場を後にしていく。
呑み込むような勢いにシリウス達はただ呆然と彼女の背後を見届け、渡された部屋番号へと目を向けた。
「……何なんだあのぶっ飛んだ子猫ちゃんは」
「それアンタが言う?」
時間をおいてようやく冷静となった二人の開口一番はそれだった。
若者達のやり取りにやれやれとミレスは吐息のようなため息を漏らす。
「大丈夫かいお二人さん? 色んな子に目をつけられて君達も大変だね」
差し出された細長く色白な手を受け取る。
面倒事を回避させる程に弁が立つミレスは二人の引き起こした衝撃によって誕生してしまった新たな混乱に微笑を浮かべた。
「クルミ……その名はリズ君も言っていた通り有名だよ、あぁやって対象の懐に忍び込んで得る情報収集の力はまさに大人顔負け。複数の大手新聞社からも学生ながらオファーが掛かる程にはね」
「へぇあの身なりで、ギャップ萌えだねぇ!」
「呑気なこと言ってる場合かい? 彼女は大衆を盛り上げるスクープになるならば大物相手でも情報でも公開する。君達がレヴダ君を撃破したのは偉業に値するが、その代償は常に警戒しておくことだよ。大人からのアドバイスだ」
色気を醸し出す艷やかなウインクと共にミレスは赤髪を靡かせながら教壇へと戻る。
騒然としていた空気は瞬く間に巧みな彼女の言葉によって平静を取り戻すと流れるように魔法学の授業は行われるのだった。
「はぁ……まっ何となくこういうことは予感はしてたけどこんな不意打ちを食らうなんて。しかもクルミ先輩って名の通ったレベルから」
「彼女は危険な悪魔のかいリズちゃん? それとも俺達に手を差し伸べる天使かい?」
「まだ分からない。ただあの人は学園一の報道機関の長かつ人材紹介のスペシャリスト。必要ならばナイン・ナイツにも直接批判を行うほどの肝据わりな存在よ、私もリスペクトを抱いている」
「第三勢力……ってことか。いいねぇ、放課後行ってみようよあの子猫ちゃんの元へ!」
「ちょ、そんな簡単に……!」
授業そっちのけで二人はアクションを起こしたクルミという新たな存在へと議論を重ねる。
一級品の実力を持っているギャルからの提案、だがそう簡単に結論は出せないと心配性なリズはシリウスへと釘を差していく。
で……あったのだが。
「へぇここが記者倶楽部のアジトか! 胸が高鳴るねリズちゃん!」
「来てしまった……またコイツに流されてしまった……!」
放課後、ミレスの加護が外れた二人はクルミが渡した紙切れに導かれ部室棟へと訪れていた。
結局「善は急げだよリズちゃん!」というシリウスの勢いに気圧されてしまったリズは流されるがまま、この場所へと行き着いてしまう。
「何をやってんだ私のバカ!?」と内心で自虐を木霊させるがここまで来たらもう仕方ない。
「ふぅ……まぁでも、使える手札が増える可能性があるなら損はないわよね。やったって」
「そうそう! そうだよリズちゃん、お仲間が増えるのはいいことでしょ?」
「まっアンタにもそう説かれたし、アンタがいたから一人の無力さと傲慢さを実感できた」
「惚れた?」
「惚れたとかは関係ないでしょ!?」
悪戯な笑みに堪らず頬を紅潮させたリズは額から溢れる汗を咄嗟に拭き取った。
運命に振り回されていた過去から一匹狼こそが至高だと信じていたリズ。
しかしそれもまた愚かさを持つ選択肢だと王子様に説かれた彼女は取っ手へと手を掛ける。
「相手は情報のプロフェッショナルで先輩、ナンパやセクハラ発言は控えなさいよ?」
「大丈夫大丈夫! 絶対しないよ、多分」
「どっちよ!?」
まるで信用のならないシリウスを呆れた目で見つめながらリズは部室の扉を開いた。
微かに開かれた隙間から漏れ出る光が瞳に焼き付くと広がったのは巨大なホワイトボードを中心に左右へと忙しなく動く若者達の姿。
デスクには書物や書類が至る所で乱雑に置かれている埃が立つ熱気に包まれた巨大な部室。
「おい! 次週の原稿はッ!」
「これじゃ駄目だ、この情報だけじゃ取材対象のスキャンダルの裏付けにはならない」
「スクープ写真、撮れました!」
飛び交う声の連鎖は部屋を反響し耳が自然と抑えてしまうような騒々しさで蔓延する。
記者倶楽部、その名に恥じぬ熱気と忙しなさに包まれる空間は圧倒されるものがあった。
「……出直した方がいいかなコレ?」
「そ、そうね……お邪魔な気が」
学園を賑わす王子様とお姫様が訪れたことなど気づいてすらいない彼等の勢いにに二人は顔を見合わせるが背後からは可憐な声が紡がれる。
「おやおやちゃんと来てくれたんだねお二人さん、あーし大歓喜だよッ!」
「おわっまたいつの間に!?」
「ハハハッその反応ウケる! まぁ取り敢えずようこそ記者倶楽部のお城へ。ここじゃ騒がしいからこちらへどうぞ?」
またもや不意打ちを食らったシリウスを悪戯に笑いながらクルミは手慣れた動きで二人を待合室へと誘導する。
先程までの落ち着きない喧騒が嘘のように穏やかな空気に包まれる部室の一角にある紅色のソファーへとシリウス達は腰掛けた。
「ん?
「ごめんね〜ちょっと照明設備が古くてさ。まっ少し暗い方が落ち着けるもんでしょ?」
何処か地面に暗いフィルターが掛かったような空間にて対面の椅子へと座したクルミは背後には黒が滲む青髪が目立つ少年を侍らす。
「いやいやすまないね〜暑苦しいとこ見せちゃって、部員は皆、今週刊行のスキャンダル雑誌の作業で色々と忙しくてね〜あっ、飲み物必要? 緊張ほぐす世間話とかする?」
「お気遣いは結構です。それよりも」
「あぁ無駄話とかは結構なタイプ?」
「構いません、私達は結論に飢えてますから」
「プッ……アッハハハッ! ちょ〜ウケるんだけど奴隷王の娘様、王子様に負けじと君も十分に魅力的な存在ってやつだね〜それはイエスだ」
リズの言葉に上機嫌に手を叩いたクルミは付近に置かれたマグカップで紅茶を啜ると少しばかり真剣に包まれた視線を向ける。
「改めてあーしの名はクルミ・アクセルロード、この記者倶楽部の部長で人材特別エージェント。後ろにいるのは副部長のロッテ」
【ロッテ・ティーファルス】
・プレイヤーランキング103位__。
・獲得ポイント26500pt__。
「よろしくっすお二方ッ! いやぁナイン・ナイツを撃破した有名人を生で見れるとは俺、めっちゃ感激してるっす! ちょっとサインとか!」
「ロッテ? 今はサイン会の時間かな?」
「あっ……いや、すんません」
初々しく真っ直ぐな雰囲気を醸し出す彼は有名人を前に興奮に包まれるが即座にキレのある大きな瞳によって諌められてしまう。
一組織の長とは到底思えない彼女の身なりや姿だが目の前のやり取りはクルミが持つ力が偽りではないことを表していた。
「いやごめんね〜でもこれでも彼は結構な実力者だから。それはそうと本題に移ろっか」
「取材と手を組みたい……だったか。協力って何をしてくれんだ? 君が俺ちゃんとのデートとかしてくれるとかだったり?」
「その答えは……イエスだ」
「えっイエスなの!?」
「嘘だよ、キャハハ!」
巧みに回すボールペンをカチカチと鳴らしながらクルミはケタケタと笑いを木霊させる。
「何だウソかよ!?」
「いや何となく察せたでしょ」
相変わらずの女好きに呆れるリズにクルミは穏やかに微笑むが次の瞬間、身を乗り出した彼女はプロフェッショナルな眼差しへと切り替わる。
「まっ、冗談さておき、結論から言えば、あーしらは君達に取材と協力関係を築きたいと思う。もしこれを呑むなら申し訳ないけど君達にはある近日開催されるゲームに参加してもらいたくてね」
「ゲーム? フォルトゥナゲームか?」
「ノンノン、君達には……
「「……は?」」
大真面目に吐かれた新たなゲーム。
殺伐とした学園にはまるで相応しくない唐突に紡がれた椅子取りゲームの名に二人の困惑の声は見事に被ったのだった。