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第15話 ギャルは交渉下手と誰が言った?

「……い」


「「椅子取りゲーム……!?」」


 クルミの口より発せられた新たなゲームの名称に二人は素っ頓狂な声を上げる。

 数秒の末に理解が追いつかない両者は互いに言葉で焦りを露わにした。


「椅子取りゲームって!? リズちゃん!」


「私に聞かれても……! そんなゲームの名なんてここじゃ聞いたことがないわよ」


 椅子取りゲーム。

 想像するのは子供が興じるあの遊びだろう。

 しかしここは子供の遊び場ではない、明日を生き残る保証もない誰がナイフを突き立てるか分からないゲームの学園。

 到底、この学風には見合わぬことはない平和的過ぎるゲームだ。


「アッハハハッ! あの椅子取りゲームじゃないよ。そんなことする訳ないじゃん、ピュアかよ」


 しかし二人の懸念はクルミの笑い声によって取り払われる。


「王子様……はまだ知らないと思うけど、そっちのお姫様は知ってるんじゃない? この学園では時に弱者救済のゲームが行われていると」


「ッ! まさか」


 何かを勘づいたリズにクルミは相手を魅了するキレた大きな瞳の瞳孔を一気に開いた。


「イエス、弱小プレイヤー、新規プレイヤーの学生を対象とした運営が主催する特別措置のゲーム。でも結構ポイントも美味しい楽しいゲーム。ロッテ、説明よろぴく」


「はい部長ッ!」


 シリウスとはまた違う犬の雰囲気を醸し出すロッテは部長の手拍子に手慣れた動きである夥しく羅列された文字が刻まれる長紙を広げた。


「今回の椅子取りゲームは二日後に開催される特別ゲーム。辺境の地であるサンクトゥム遺跡にて設置された椅子を確保すればするほどポイントを獲得出来るバトルロワイヤルっす!」


 学園主催の椅子取りゲーム__。

 その内訳は至極単純、サンクトゥム遺跡と呼ばれる辺境の無人地にてより多くの椅子を獲得することが目的の争奪戦ゲーム。

 一席ごとに1000ポイントと定められ、制限時間三十分の間で競い合う脱落リタイアペナルティなしの弱者救済と言われるシステムだ。


「へぇ……脱落リタイアのペナルティなしとは確かに救済って言葉が似合うゲームだな。なんか面白そうだねぇリズちゃん!」


「でもちょっと待ってください、そんなイベントアナウンスはまだ何処にも……」


 いつになくワクワクに満たされているシリウスを差し置いてリズは何故このような情報を持っているのかとクルミへ問い正す。

 すると彼女は「バカにしてんの?」と言わんばかりに人差し指を揺らした。


「チッチッチッ、舐めてもらっちゃ困るね〜こっちは情報のプロ、一つや二つの前情報獲得なんてお茶の子さいさいってやつ?」


「そっすよ! 記者倶楽部は親愛なる部長を中心に学園部活動の中でも有数の実績を誇る名門! それくらいの仕事は完璧な部長には「ロッテ」」


「し・ず・か・に、オーケー?」


「あっ……すんません」


 割って入ったやんちゃなロッテを諫めながらクルミはニッコリと悍ましく微笑んだ。

 繰り広げられるやり取りだが学園のシステムを全て把握しきれてないシリウスだけは唯一目を点にしながらリズへと首を傾げる。


「えっと……どういうことかな」


「この学園のゲームは何もフォルトゥナゲームだけじゃない、セリナに加えてメインゲームの活性化目的にから不定期に新入生や弱小プレイヤー向けのゲームが開催されるのよ」


「ホワイトファング?」 


「そういえば言ってなかったわね。ホワイトファング運営委員会、この学園のゲームの公平性を取り仕切り、ゲームの提案を行う如何なるナイン・ナイツにも属さない組織よ。フォルトゥナゲームがゲーム性を保っているのは彼らのおかげ。まぁ謎に包まれてて構成員も不明なんだけど」


「へぇ……運営委員会か、ナイン・ナイツがゲームの結果を捻じ曲げられない理由はそれか」


『ホワイトファング……聞いたことがありませんね。恐らくは新気鋭の組織でしょう』


 リズの情報とカリバーの捕捉にシリウスは若干眉間にシワを寄せながら頬杖をつく。

 ナイン・ナイツ一強、過去と変わらないそのパワーバランスの方が彼にとってはやりやすい環境だっだがどうやらそうでもないらしい。


「場合によってはリファインコードの使用権限を停止させるほどの権力を持つ組織、ナイン・ナイツと敵対する私達からすれば一応は味方的な立場の存在かしら。それよりも何故私達が運営のゲームに参加を?」


「う〜ん、私達への対価のためってのと親睦会って感じかな〜? 君達に提供しようと考えてるお仲間さんとのね」


「お仲間さん?」


「ナイン・ナイツへの宣戦布告、大層素晴らしいけどさ〜やっぱ二人じゃキツイし、信頼できるお仲間は欲しいっしょ?」


「取材を受け入れるのであれば私達に仲間を紹介してくれると? 今回のゲームはその親睦の場。それが助力?」


「イエス、あーしは人材も網羅してるからね。こっちで有望株かつ君達に好意的なプレイヤーをピックアップさせてもらった。まぁでもただで紹介するのはノー、ボランティアじゃないから」


 クルミはそこで一度区切ると、巧みに回すボールペンをカチカチと鳴らし、妖艶ながらも華麗なウインクを決める。


「君達に求めるのは二つ、前も言ってた通り、君達に対してのあーし達からの密着取材を受け入れること。そして今後ゲームにおいてのを常にこちらへ譲渡すること」


「二割のポイントの譲渡……!?」


「あーし達は戦闘集団じゃない。なるべく脱落リタイアの可能性あるゲーム参加は避けて報道活動を行いたいのが部の方針かつ総意。でもゲームに参加しなかったらルールで月毎に強制的にポイント減らされて最後は退学だからね」


「要は……私達にそちらのゲームポイント稼ぎの雑用をしろと?」


「イエス、でも見返りはある。君達には有望株な仲間を紹介するし、望むなら今後は君達に有益な情報を優遇してリークするよん?」


 ボールペンを鳴らしつつ挑発的な物言いで不敵に笑うクルミだが一理はある。

 現にナイン・ナイツ全勢力と二人だけで対決に挑むのは無謀とも言える話だろう。

 シリウスだってかつて最強を我が物にしていたとはいえども所詮は時代遅れの肩書き。

 レヴダと同じように他の敵にも彼が無双できるかと言われれば未知数と言えよう。


「どうするどうする? 悪い提案じゃないとはそっちも思わないかなお姫様?」


 迫られる決断の時。

 どうしたものかと強気ながらも慎重でもあるリズは高速であらゆる可能性を巡らせる。

 間違いなく今後において大いなる分岐点に立たされているからこそ迷いは加速していた。


(後ろ盾が作られる彼女の提案は確かにメリットはある。でもポイントの譲渡ってのは……そもそも信頼していいのか。彼女は信頼できる方の人間だけど)


 考えれば考えるほど決断が遠ざかる。

 常に一匹狼で生きていたからこそ、こういう場面の慣れや経験がリズにはなかった。


「シリウス、アンタはどうし……て」


 堪らず彼女はシリウスへと意見を募るが、彼の顔を目にした瞬間、彼女の形相は強張る。

 たった一瞬……普段の笑顔に変わる寸前の一瞬だけ彼の表情は冷酷に包まれていた。

 まるで獲物を見定めるような鋭い視線、だがリズから向けられている視線に気付いた彼は直ぐにも平素のお気楽な顔へと戻ってしまう。


「シリウス……?」


「ん? どうしたのリズちゃん?」


「いや……別に何でも」


 言葉が詰まるほどに気圧されてしまった彼女を知ってか知らずか暫くの間、静観を行っていた王子様はまたもや一方的に動き始める。


「まぁでもいいんじゃない? 君の提案、面白そうじゃん!」


「えっ?」


「よぉし乗った! クルミちゃん先輩、君の提案に乗ろうじゃないか!」


「ちょっ!?」


 一人、呆気に取られるリズを他所にシリウスは自ら挙手をして交渉成立を示す。

 また何をしてるんだこのアホはとリズは彼の肩をブンブンと揺らしながら焦りを顔に出した。


「おいバカ何勝手にオーケーしてんの!? 今こっちで色々と考えていたのにッ!」


「要はお仲間増えるってことでしょ? 俺達の目的はナイン・ナイツを倒すこと。別にポイントに拘りなんてないし俺ちゃんのカッコ良さをアピール出来るなら取材もオッケー、悪い提案じゃない」


「いやそうは言ってもそんな即断即決は!?」


「こういう名言は知ってるかいリズちゃん? 迷いは勝機を逃す毒、速さこそが最強の武器」


「誰の名言?」


「俺の」


「アンタのかい!?」


 相も変わらずなふざけた態度にリズはツッコミをかますが次の瞬間、笑いながらも真剣さの籠もった鋭い瞳をシリウスはクルミへ投げかける。


「この世界で一匹狼は生きていけないってのは理解している。なら仲間になろうじゃない、お互いにウィンウィンな関係……でね?」


「アッハハハハハッ! いやぁ面白いねぇやっぱ密着取材するに値する逸材だよ君達は! つまりあーしの提案はイエスってことかい?」


「勿論イエスだよクルミちゃん先輩!」


 終始、飄々な態度を崩さないシリウスとクルミの間には何処か似た雰囲気を感じさせる。

 王子様の返答に上機嫌になった彼女は組んでいた足を解くと豪快に椅子から立ち上がった。


「いいねぇシリウス・アーク、やっぱり君は学園を変えうる革命の王子様ってやつだね」


「勿論、お姫様の為ならばナイン・ナイツ、いや俺達の願いを邪魔する存在は。端からそのつもりさッ!」


 刹那、一瞬だけ不気味に口角が上がったクルミだがすぐにまた元の笑顔へと戻る。

 ボールペンを鳴らすと興味深そうに手に持つカメラでシリウス達の姿を楽しそうに写す。


「オッケー、なら手を貸すだけの価値はある。契約成立ってやつだね。期待してるよ、ナイン・ナイツに歯向かう誇り高い反逆者達」


「おう! 期待してくれよ!」


「全く……アンタはまた」


 またもや振り回された事実にリズは呆れ声を吐き、シリウス達が仕掛けた命懸けの世界を巡るゲームは新局面を迎えようとしている。

 良くも悪くも孤独に支配されていたリズだったがものの数日で王子様によってその鎖は外された。

 振り回されつつも歪な平和に時が止まっていた学園の歯車は確実に動きを始めていく。

 希望と絶望、相反するその二つの要素を孕ませながらゲームは開幕へと迫っていくのだった。

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