サンクトゥム遺跡__。
レヴィーランズ新王国南西方向に位置するかつて栄華を極めた古の都。
しかし現在はその都市は荒廃し、数多の魔族が住み着くかつて栄えていた面影など皆無に等しい廃墟と化すまで衰退している。
この場こそが今回のゲームの舞台、晴天に恵まれた今日に白銀の髪を持つ存在は感傷に浸った。
「サンクトゥム遺跡、昔はここも立派に栄えていたがこうも廃墟になるとは寂しいもんだな。いやはや栄枯盛衰の輪廻は常に残酷……」
バシッ__。
「はだっ!?」
過去を生で知っているからこそ感じれる感覚に包まれていたシリウスだが頭部には衝撃が走る。
「何をポエムめいたこと言ってんのよ、そろそろゲームが始まるわよ」
軽く頭を引っ叩いた呆れた目線を向けるリズはシリウスを静かに叱咤する。
呑気に昔の思い出に包まれていた彼とは裏腹に退廃的な美しさが支配する場には見合わぬ熱気が周囲を囲っていた。
集結するのはまだ初々しさの残る弱小の数多の生徒達、だがその目には間違いなく各々が「ここで負けてたまるか」と闘争心を滾らせている。
「これより、ホワイトファング運営委員会が主催する椅子取りゲームを開幕するッ! 今特別ゲームは非公開で行われ、部外による通達は厳格に禁止とさせていただくことに同意してもらおう」
飄々とした荘厳なな口調で司会進行を務めるのはミレスと同じ立場である教師の男。
無精髭が目立つ姿は何処か不穏なる空気を醸し出すが進行のアナウンスに騒がしかったプレイヤーは一斉に静まる。
「ねぇリズちゃん、あの人ってもしかして噂のホワイトファングの関係者とか?」
「ただの教師よ、報酬でホワイトファングに依頼でもされて引き受けてるって辺りかしら。聞いたって奴らの情報は掴めないわ」
「へぇ……正体不明に偽りはなしか」
小声で言葉を交わしつつ、シリウスは周囲へ瞳を配る中、進行は粛々と進められていく。
「ルールは至極単純、時間内にどれだけ椅子に座りポイントを確保出来るかだ。一度座された椅子はポイントは無効、致命傷になりかねないもの以外ならば妨害行為はあり。まっ精々今際に佇む者として全力で挑むといい」
何処か小馬鹿にした雰囲気ながら粛々と説明がされていく中で他のプレイヤーは警戒したような視線をシリウスへと向けた。
「なぁアイツってレヴダを倒した……?」
「あぁ、だが何でそんな奴がここに? 冷やかしでもやってきたのか?」
「別にいいんじゃない? アイツ強いけど女好きだし後を付いていって色仕掛けで椅子を横取りとか出来ればこっちのもんでしょ」
「何ならこっちで事故でも作ってあの男をルール違反とかで失格にさせてポイントを横取りしちまうのもありだな、ギャハハ!」
好き放題に紡がれていく言葉の数々。
弱小プレイヤーとしてポイントを獲得したい他のメンツはシリウスというポイントの塊をどうにか利用できないかと策略を錯綜させる。
だが、そんな歪な空気を蹴り飛ばすかのようにリズは陰口を叩き、卑劣な手を使おうとする者へと獅子をも震わす痛烈な睨みで黙らせた。
「諸君、悔いのないよう、盛大にこの地を舞うが良い。バトル……スタート」
そんな陰で巻き起こるバチバチとした状況を知ってか知らずか、進行役の教師はゆっくりと右手を前方に突き出す。
ゴクリと一同が喉を鳴らして数秒後、サンクトゥム遺跡にゲーム開始の合図が鳴り響く。
同時にプレイヤー達はポイント獲得を目的に一斉に椅子を求め駆け出した。
「予感はしてたけど……やはり随分と警戒されているわね、他プレイヤーからも」
「心配ご無用だよリズちゃん? やかましいほどに経験済みさ。さぁて心機一転、俺達も椅子取りゲームを始めますか!」
「そうね、しかしクルミ先輩が言っていた例のお仲間さんが見当たらないけど……一体何処に」
「どっかしらで合流出来るでしょ、約束もあるし俺達もポイント稼ぎと行こうか!」
「あっちょっと!? もうアイツは……!」
まさか不参加なのではと、一抹の不安を抱き始めるリズを尻目にシリウスはサンクトゥム遺跡を疾走する。
膨大な敷地面積を誇る遺跡はまるで迷路のように入り組んでおり、気を抜けば迷子は必至。
だが、彼は持ち前の勘を利用し、迷うことなく奥へ奥へと突き進むと視界には遺跡内で一際目立つ白銀色に光る二つの椅子が映ったのだった。
「ねぇリズちゃん、もしかして椅子ってあれ?」
「そのようね、他プレイヤーに横取りされる前にさっさと座ってしまいましょう」
早いもの勝ちこそが定石であるこのゲームにてさっさと座ってしまおうとシリウスは足早に椅子へと近づこうとする。
その瞬間だった、鼓膜を震わすけたたましい天にも届くような咆哮が勢いよく鳴り響いたのは。
「ヴィァァァァァァッ!」
「ッ……!」
咄嗟に振り返った先には背丈五メートルはあろう巨漢の人型に近い獣が威嚇するような面持ちで二人を視界に捉えていた。
筋肉質の巨駆を持つ獣、全身は鮮血にも似た紅の色の毛並みで包まれており額から生えた角が特徴的なそれは正真正銘の魔族。
バルスマラサス、知能指数を犠牲に生物を軽く粉砕できる非凡なパワーを持つ。
「バルスマラサス……! シリウス構えてッ! 上位の警戒レベル魔族よ」
「バルスマラサス……昔そういう子いたな」
『かつてエクリプス軍の勢力にも存在した準主力級モンスターです。恐らくは残党勢力の子孫でしょう。マスター、戦闘のご準備を』
「分かってるよカリバーちゃん、身体を温めるには丁度いい子だなッ!」
首を鳴らしたシリウスは即座にカリバーを顕現させると戦闘態勢を整える。
初陣にしては申し分ない相手、相棒たる剣を構えて魔族バルスマラサスの動向を探った。
さっさと片付けてしまおうとシリウスは一歩目を踏み出そうとする……だがその刹那。
「ハァッ!」
目の前を二つの影が横切る。
己へと発破を掛ける声と共に風を切るように飛翔した蒼閃がバルスマラサスを直撃する。
目元を狙った斬撃に堪らず苦悶の咆哮が空間を激しく震わした。
「ヴィァァッ!」
「へっ?」
仕掛けようとした矢先の出来事に足を止めたシリウスは肩透かしを食らい、ただ呆然と繰り広げられる戦闘を見つめるしかない。
そんな彼を背後に翡翠髪の少年は亜麻色の長髪を持つ少女は激情の化け物を翻弄する。
バルスマラサスは怒りのままに角による突進を行うが、二人はそれを容易く回避すると反撃の刃を振りかざした。
「ジェシカ! お前は後方から支援を! こっちで奴の首を掻っ切るッ!」
「了解、セイレンス!」
群青に煌めく双剣の擦れる金属音と共に少年の指示は高らかに飛ぶ。
ジェシカの名を有する存在は等身大に匹敵する全方位へと刃が備わったリング状のリファインコードは軽快に宙を乱舞する。
装着された鎖によって射程距離を伸ばす戦輪、高速に回転する威力を伴った左右からの双撃は頑丈な肉体を容赦なく抉り切った。
類まれな連携力、大きく生まれた隙を逃すまいと果敢に疾駆するセンドウは背中部へと乗り込むと首元へと毒効果を有する刃を突き立てる。
「「オーバーコードッ!」」
畳み掛けるように詠唱を紡いだ両者の背後には確かな存在感を持つ化身が顕現。
四足で地を駆ける戦輪を備える純白の獣と群青の刃にも似た牙を構える大蛇。
自らを司りし戦闘スタイルへと変身すると猛々しく咆哮を響かせ獣を喰らい尽くす。
「オラァ! 威勢のいい獣もレピストニクスの敵じゃねぇッ!」
「決めるわよセイレンス、リリィ・ゼノに合わせて!」
二人は地を駆けると上空へと跳躍し、巨駆へと目掛けて夥しい魔力の凝縮を開始。
瞳に走る赤い閃光は煌めきを増すと断罪を告げるように天を穿つ一撃は放たれた。
「リファインバースト、キューンダストッ!」
「リファインバースト、コスモストライクッ!」
四足の身を激しく揺らす化身から放たれる数多の戦輪はバルスマラサスの肉を削り、抉り取るように穿ってゆく。
トドメの一撃と追い打ちに双剣の一閃によって衝撃波を生み出す突撃を行った大蛇は猛毒を持つ牙を巨躯へと突き立てた。
バルスマラサスは鼓膜を震わす断末魔の悲鳴と共に力無く地に伏すと戦闘終了を告げるように静寂が場を支配する。
「「コードダウン」」
沈黙する状況に呼応するように二人もまた、化身を消失させる詠唱を流れるように言い放つ。
「ヴィ……ァァァァァァッ!」
「えっ?」
だが、当たりどころの影響か、僅かに残っていた命の灯火を軸に警戒を解いてしまったセイレンス達の背後から強襲を仕掛ける。
我武者羅ではあるが迷いのない突進は彼らに防御の隙を与えない速度で肉薄を行った。
だが刹那、咄嗟にシリウスが投擲したカリバーの切っ先がバルスマラサスの頭部を貫く。
急所を狙った一撃に沈黙した怪物は力無く砂埃を挙げながら巨体を地面に預けたのだった。
「あっ……えっ……」
「詰めが甘かったな、奴は意外にしぶとい。やり過ぎなくらいでなければ完全には沈黙しない」
突き刺さったカリバーを引き抜きながらシリウスは猪突猛進な二人へと振り向く。
ふざけた楽天家だが一応は歴戦の戦士、特に魔族に関する経験は豊富である彼は乱入したプレイヤーへと語り掛けを始めるが。
「まぁでもそれまでの連携力は見事だったし、君達は伸びしろに溢れて……」
「あっ……あっ……!」
「ん? どうかした?」
何処か羨望にも似た眼差しを向ける二人。
何事かと訝しげに目線を細めたシリウスだったが次の瞬間、瞳を煌めかせた両者はまるで小動物のように近づいたのだった。
「スゲェやっぱり本物なんですね! レヴダを倒したっていう実力は!」
「こんな凄い逸材の人とお近づきになれるなんて光栄です! あのスカウトを受けてよかった!」
冷めるところを知らない興奮の嵐。
シリウスの手をまるで宝石のように大事に優しく握ると交互に一方的な握手を二人は交わす。
「えっと……君達は俺ちゃんのファン?」
「「いいえ! 大ファンですッ!」」
と、曇りなき瞳で答えた二人はうるうると感極まったように目を輝かせる。
あまりの熱量に流石のシリウスも喜びよりも困惑が勝ると思わずリズへ助けを求めた。
何がどうなっているのかと同じく困惑に包まれていた彼女だがジェシカが放った「スカウト」の言葉にようやく合点がいく。
「ちょっとストップ! もしかしてアンタ達……クルミ先輩が言っていたお仲間さん?」
「えっ? 君達がお仲間さん!?」
伏線を回収する運命の邂逅。
この椅子取りゲームに仕込まれた彼女からのサポートギフト達はリズの問いかけに眩い笑顔を持って答えるのだった。
「はい! そうです、クルミ先輩からの直々なるスカウトで貴方達のお仲間候補に挙がりました、セイレンス・ミレイドです!」
【セイレンス・ミレイド】
・プレイヤーランキング471位__。
・獲得ポイント7100pt__。
「同じくジェシカ・アンソロジー、どうか手足のように私をお使いください、反逆の王子様ッ!」
【ジェシカ・アンソロジー】
・プレイヤーランキング472位__。
・獲得ポイント7180pt__。
好意的で有望株なプレイヤー。
その肩書きに相応しく非凡な力を見せた二人は王子様とお姫様へ忠誠を誓う騎士のように跪いたのだった。