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第17話 レイダー・オブ・チェアー

「へぇ……君達が有望株の子達なのか」


「はい! レヴダを撃破したあの姿からもう一目惚れしてしまって……貴方を目の敵にする者も多いですが俺達はもう感激でッ!」


 語彙力が置き去りにされる興奮収まらぬ様子はシリウスへの強い熱意と愛を感じさせる。

 最早引くレベルの勢いだが悪い気はせず、案の定シリウスは上機嫌そうに顔を緩めた。


「ちなみに俺ちゃんの何処が好き?」


「強いところです!」


「接しやすいところです!」


「俺ちゃんの何処がカッコいい?」


「イケメンなところです!」


「王子様なところです!」


「俺ちゃんの何処が最高?」


「「全てです!」」


「おぉ、この子達良いねリズちゃん!」


「アンタ達ゲーム中に何してんのよ!?」


 バカを極める問答にリズの至極真っ当なツッコミが空間へ響き渡る。

 止まることがないであろう緩んだ状況に堪らずリズは二人を強引に彼から剥がした。


「と、とにかく! 改めてアンタ達が私達の協力相手ってことでいいのかしら? クルミ先輩から派遣されたって言う」


 リズの答えに二人は激しく首肯を行う。

 まるで小動物のような姿、シリウスとはまた違う似たようなタイプに彼女は内心ため息を吐く。

 だが先程のあの戦闘、連携力も個々の力も同じ一年として高水準と言っていいだろう。

 少し勢いがありすぎるが気を許せる相手だろうとリズからも僅かに安堵が溢れた。


(彼らもアンチナイン・ナイツ……ってところかしら、まぁこういう子の方が信頼できるか。クルミ先輩の情報筋なら問題はないはず)


 ましてやあのクルミ直々の人選。

 全プレイヤーのホクロの数まで把握しているという例えも笑い話には済ませられない程に彼女の情報網は一人の領域を超えている。

 自身もまた、クルミという存在の記事を目にしていたからこそ、一匹狼だった時代でも数少ない信頼できる第三勢力であった。


「よっしゃ! それじゃセイレンスちゃんとジェシカちゃん、親睦とクルミちゃん先輩への対価も兼ねてよろしくな!」


「「はいッ!」」


「あっちょっとアンタ達!?」


 と、考察を募らせていたリズとは正反対にシリウスは早速友好の証と力強く新気鋭の存在達へと握手を交わす。


 新勢力二人を増員したシリウス一行。

 直ぐにも仲良くなったシリウスは「君達の戦果なのだから」と激しく謙遜する二人を半ば無理矢理に椅子へと座らせポイントを譲る。

 座した瞬間、椅子には魔法陣が敷かれると数秒の末に攻略済みを意味するように白銀に煌めいていた椅子は錆びたように色落ちが始まった。


「へぇ座ったらこうなるのか。優れたシステム、それもユニークだね」


「このゲームは如何に素早く、そして魔族と鉢合わせない事で余計な時間を使わず椅子を確保することがポイント獲得の鍵になると考えます」


「シリウスさん、宜しければ私達二人に少しだけ期待を委ねてくれませんか? 私達なら……椅子が何処に隠されているか見抜けると思います」


「そんなこと出来るの!? いいねぇセイレンスちゃんとジェシカちゃん、じゃ案内よろしく!」


 その自信に嘘偽りは全くなかった。

 二人が案内するのは足場の悪い瓦礫道や普通は通らないであろう細道。

 まともな教養を得ているのならば人気のないここに踏み込むとすら躊躇するだろう。

 通ることはないであろう道を一途に突き進むのは一見すると血迷ってるとも思える彼らの案内ではあるが。


「あそこです、シリウスさん」


「マジか、椅子が!?」


 結果は上々、まだ誰にも座られていない白銀色の椅子は太陽に照らされ煌めいていた。

 魔族が巣食う危険地帯を穴場、裏道といった情報を活かして抜ける効率的な戦法は未だに体力の完全回復を行えず持久力が低いシリウスにとっては有り難いもの。


「どんなマジック!?」


「俺は地理学、彼女は心理学に強いんです。だから二人を合わせれば知識と感覚で運営が何処に椅子を設置するとか……結構分かっちゃうんですよ」


「マジで凄いじゃん! ねっリズちゃん!」


「そ、そうね……これは凄いわ」


(こんな一級品の眠っていた原石を見抜いてるなんて……やっぱりあの人の人材能力は一級品……敵に回すのは危険ね)


 シリウスという憧れからの絶賛に照れたように頭を搔く二人の戦闘だけでない卓越した精度にリズもまた舌を巻く。

 同時にナイン・ナイツ傘下でもない存在からこの素材を容易く見抜くあのギャルの技術に彼女は畏怖にも似た感情を抱くのだった。

 その後も一行は順調に、新気鋭の実力を中心に時折戦闘を交えながらも着実に椅子の獲得を続け椅子取りゲームを攻略していく。


 サンクトゥム遺跡はまさしく迷いの回廊。

 かつて繁栄を極めいてた過去でも要塞都市としてヴィルド帝国の防衛拠点として機能していた。

 度々遠くから方向感覚が狂い迷走するプレイヤーを目にするからこそ、迷いのない二人の動きは非凡なものを極めいている。

 既に椅子の獲得は二桁を突破し、尚もまだ半分以上の猶予が残されていたのだった。


「十個目……いやぁ凄いね君達! これで誰のナイン・ナイツにも所属してないなんて奇跡にも等しいやつか」


「そんな! あのレヴダを撃破したシリウスさんに比べれば俺達なんて」


「そうですよ! 貴方に逸材なんて言われるほどのほどの者ではありません」


 すっかり昔からの仲のような距離感にまで縮んでいる両者の関係。 

 まさに有能、まさに使える、ポイントの二割をクルミに譲渡する条件も彼女達の実力を加味した今となっては寧ろ破格と言える。


(確かに有望株……ましてや一年という伸びしろを有している存在、でも……なら何故)


 しかし彼等が使える存在であればあるほど、リズの思考にはある疑念が過っていた。

 心に蠢く疑念は時間と共に肥大化の一途を辿っていくと彼女からはある言葉が漏れる。


「普通じゃないわね、アンタ達」


「「えっ?」」


「まるで普通じゃない、私や彼と似ている匂いがするわ。絶対そんな気がする」


 光り輝く双眸が二人を捉える。

 不穏、リズの放った言葉は真っ直ぐ二人にぶつ不穏けられておりその異変に彼らは困惑と怪訝の交えた顔を浮かべた。

 時折見せる冗談の通じない表情にシリウスは言葉を止めると彼女の動向を静観する。


「えっと……それは一体」


「アンタ達は持たざる者じゃない、いえ寧ろ凡人じゃない才能を備えている逸材、この学園にいるなら分かるはずよ。そういう者はナイン・ナイツの誘惑に絡め取られると」


 その場にある少しばかり凹んだ朽ちる石へと腰掛けたリズは色白の足を組むとセイレンスとジェシカを注視する。

 観察眼は鋭く、まるで尋問官のような様子に奴隷王の娘という生まれつきの蔑称は見合わない。


「知っての通り、ナイン・ナイツなんて偉そうな総称持ってるけどリアルは奴らも互いに牽制と敵対をし合っている歪な構図。故にその下では有望株の争奪戦ゲームが激化してる。アンタ達みたいな存在は喉から手が欲しいはずよ」


 ナイン・ナイツ同士が対立してる故の疑問。

 他の貴族に抜かされるまいと行使する手段の一つとして挙げられるのはあらゆる面から優秀に値するプレイヤーを傘下入りを行うこと。

 故にランキング上位のプレイヤーの大半はナイン・ナイツという絶対的な加護にいることが殆どであるのが実情。


「別にそれを否定はしない、彼等の下にいれば将来は安泰、その加護にいるなら奴らのサポートで安全にポイントも集められるしまさしく勝者の生活を送れる。かつて私と戦うことを誓った仲間も皆奴らの手に堕ちたわ」


 何処か哀愁を漂わせながらリズは彼等への問いかけを加速させる。


「だから気になるの、奴らからの誘いがこれまでなかったなんてそんなはずはない。何故奴らを振ってまで私達の元に来たのか。それが気になるの」


 湧き上がる疑念、リズは両者の顔からその心を見透かさんとするように瞳を鋭くする。

 だが……そんな視線に二人はまるで動じた様子もなく、力強い面持ちを浮かべていく。

 数秒の沈黙、だがやがて負けじとする表情と共に言葉を先に紡いだのはセイレンスだった。


「流石ですね……これまで一人でナイン・ナイツと渡り歩いてきた人なだけはある。その通り、確かに俺達も彼等に誘われた身です。でもその誘惑に負ける訳にはいかなかった」


「理由は?」


……そう言えば何となく理解は出来ますか?」


「ッ……まさかスラムの生まれ?」


「お察しの通りですよ、リズさん」


 セイレンスと入れ替わるようにジェシカは唇を開き、リズの疑念への回答を紡いだ。


「貴方なら分かるはずです。ナイン・ナイツが敷いているこの国の圧政を。特権階級の支配拡大で私達のような人間は陰へと追いやられた。私の親は出産直後にナイン・ナイツによって事業を潰されたことで私を捨てたみたいです」


 ナイン・ナイツの権威拡大が招く実態。

 軍事産業にのみならず、あらゆる方面へと強引な形で参入を行った結果現れたのはそのおこぼれに集る肥えた富裕層と居場所を失った者達。

 彼等の指針に従わない企業や組織は容赦なく取り潰しを行われ、その結果貧困層はより貧しく下へと追いやられる。


「俺も似たようなものです。両親はナイン・ナイツの影響で仕事を追われて……デモ活動の際に彼等が配下に置くマンハンター組織によって「待って」」


「もういい……これ以上は言わなくて。ごめんなさい、私が無神経だった」


 二人の言葉を遮ったリズは沈痛な面持ちで深く頭を下げながら謝罪をする。

 権威拡大に治安維持組織の利用、ナイン・ナイツの腐敗の象徴と言える出来事だが勿論、国王の娘として彼女もその凄惨さを認知していた。

 認知していたからこそ、自分がどれだけ馬鹿なことをズケズケと聞いてしまったのかと彼女は己を強く責め立てる。


「リズさんは悪くありません。悪いのは全て……あのナイン・ナイツ、だから俺達は決して彼等の誘いに乗ることはありません。寧ろ、可能ならば倒したいとも考えていた」


「そこで現れたのがリズさんとシリウスさんなんです。あのレヴダをも打ち倒す圧倒的な力、まさに俺達の希望なんです」


「ふ〜ん……なるほどね。だから俺達に」


 シリウスもまた、過去を吐露した二人へと鋭い視線を送る。

 悪意はなかったとはいえ筆舌に尽くしがたい空気が場を取り込み始めるが来るんじゃないと言わんばかりに彼はくすんだ空間を吹き飛ばす。


「まぁまぁ何はともあれ、お姫様と仲良くしてくれるなら俺は大歓迎だよ? 一緒に世界を変える王子様にでもなろうじゃないか」


「「シリウスさん……!」」


「寧ろありがとうね、お陰で色々と分かったよ、これからも共に道を切り開こうじゃないか」


「「はいッ!」」


 再び和やかになったムードで二人はまるで希望を垣間見た輝きを宿す瞳を彼へと向けた。

 やはりこの男は変人ではあるが何かを変える特別な力を持つ、現にたった数秒で気まずかった空気を自ら払拭してしまったのだから。


「シ、シリウス……そのごめんな……」


 瞬間、またも手を煩わせてしまったシリウスへと謝罪の言葉を口にしようとしたリズの唇にはそっと人差し指が触れる。


「駄目だよ俺にその言葉はお姫様、王子様がお姫様に気を遣わせるなんて失格だろ? 君に謝られるほど出来た人間じゃないからね」


「だ、だけど……」


「まぁまぁたかが一つの言葉で考え込まないで。人間は失敗する生き物だ。俺も失敗だらけ、それに……君の警戒心は


「えっ? それって一体……」


 突如として意味深に紡がれた一言。

 未だに全てを理解できぬこの男にその言葉の問おうとリズは接近し、シリウスもまたその真意を明かそうとするが。


「見つけたぞォッ!」


 刹那、瓦礫の向こうから聞こえたのは怒号。

 同時に背後から剣呑な気配が神経を伝うと思うと目の前には漆黒に包まれる刃が迫る。

 本能的な反射神経、咄嗟に全員が身を屈めたことで直撃は回避すると突如強襲した刃は地面に深々と突き刺さり小さなクレーターを生んだ。


「ッ! 何ッ!?」


「シリウスさん下がってッ!」


 驚くリズを横目にセイレンス達は直ぐ様シリウスを守るように臨戦態勢を整える。

 誰もが何事かと周囲を見渡す中、怒りに塗れる存在は力強い足音が響き渡りを行う。


「やはり貴様らだな……さっきの会話は盗み聞きしたぞ、貴様らのせいで俺のナイン・ナイツへアピールする為のポイントがッ!」


 何事も出る杭は打たれるというもの。

 このゲームもその自然の摂理は例外ではない。

 裏技のような形で次々と椅子を獲得、それをただ他プレイヤーが受け入れるはずもない。

 バンダナを装着した熱気に溢れる赤髪の存在は複数のプレイヤーと共に彼等を包囲した。


「許さんぞ……このプロスペクト候補のカイン・アーガイルを差し置いて活躍するなどォッ!」


 【カイン・アーガイル】

 ・プレイヤーランキング399位__。

 ・獲得ポイント8200pt__。


 この学園はまさにバトルロワイヤル。

 誰に狙われるかも分からない修羅の場。

 太陽にも匹敵する彼の熱気はシリウス達に襲い掛からんとしていたのだった。

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