「チッ、カイン……何故ここにッ!」
「圧倒的なスピードで椅子を確保するプレイヤーがいると出回っていてな、あのレヴダを撃破した一年だとこっそり後をつけていたが……想定通りだな」
十字架にも似た秀麗ながらも禍々しい漆黒の剣。
切っ先を向けながらカインの名を持つプレイヤーはセイレンス達へと怒りを露わにする。
「知り合いか? セイレンスちゃん」
「同じクラスのプレイヤーです……俺達のクラスじゃトップクラスの実力者でナイン・ナイツの傘下入りを狙ってる奴です。名門生まれでプロスペクト候補の一人と言われています」
「へぇ、プロスペクトね」
シリウスは挑発的な視線を送る。
普段に煽りが込められた笑みにカインは眉間に皺を寄せながら虫唾を走らせた。
「その目……このプロスペクト候補の俺になんて生意気な、たかが偶然でナイン・ナイツに勝利しただけの天狗野郎が」
「天狗ね、髪的には似合ってんのそっちじゃん?」
「何だと貴様ッ!?」
煽り返された怒りで顔はまさに天狗のように紅潮するとリファインコードを握る手は強くなる。
相変わらずの鼻につく挑発に周囲のプレイヤーもまた「ふざけた奴」「セリナに注目された生意気クソ野郎」と眉間に皺を寄せた。
「チッ……まぁいい、この世界はバトルロワイヤル。アピールの場であれば俺は全力で俺自身を売り込む。ナイン・ナイツという絶対の元になぁッ!」
「ナイン・ナイツの番犬役か。小さい男」
「黙れッ! 強い奴に認められることのなぁにが悪い! 俺は名門生まれだ、それなのに何処の馬の骨かも分からない奴が俺よりも目立ちやがってッ! そもそも
「あん……?」
「まぁいい……命は取らんが貴様らが掴む椅子の居場所は吐いてもらおう。このフレスベルグの刃によってッ!」
フレスベルグの名を持つ漆黒を纏う刃のリファインコードは怒りに共鳴するようにその形状をより鋭利な形へと変化させていく。
有する武具は間違いなくプロスペクト候補の名に恥じぬ一級品、一瞬発言に違和感の表情を見せたシリウスだが直ぐにも体勢を整える。
「何事も穏やかには終わらないか。
あの子達を倒すことが先決みたいだよリズちゃん」
「分かってる、こんな所で躓くつもりはない」
「確実に勝たせてもらうぞ。貴様ら、この生意気な奴らの首を刈り取れッ! 潰せば一目ナイン・ナイツ注目株にまで成り上がれるッ!」
互いの願いを掛けた一戦。
カインの扇動の叫びと共に引き連れるプレイヤー達は一斉に彼等へと強襲を仕掛けていく。
「お二人さん、周りの一掃頼めるかな?」
「「準備は出来ていますッ!」」
「よし、いっちょ大暴れしますかッ!」
椅子取りゲーム、その名にはまるで相応しくない入り乱れる乱戦は幕を開ける。
セイレンスとジェシカの果敢な先手攻撃によって火蓋が切られた中、目の上のたんこぶを踏み潰そうとカインはシリウスを一途に捉えていく。
刹那、フレスベルグは荒々しい呼吸と共に漆黒の剣を握る腕を振り上げるとその刃を無防備たるシリウスへと振り下ろした。
確かな質量とスピードを兼ね備えた数多の斬撃は地面を抉り取りながら迫るが瞬時に顕現したカリバーの刃先が上空へと弾き飛ばす。
「貴様はあのセリナにも一目置かれる存在、そんな奴を潰せば俺様の実力もより高まる。プロスペクト候補の面目躍如といこうかッ!」
(無駄のない動きだ……豪語しているその名は伊達じゃないか)
邪魔者を排除すべく、決死の思いで襲い掛かるフレスベルグの剣戟を躱しながらシリウスは冷静さを保ちながら動きを観察していく。
鍔迫り合いでも引けを取らない剣技にかなりの鍛錬が積み上がっていることは見てとれる。
重厚な金属音は刃を重ねるごとに速度を増していくが、シリウスは同じく斬撃のスピードを上回った剣捌きでカウンターと攻撃を凌ぎ続けた。
「まっ、それだけだがッ!」
体勢を大きく反らしたシリウスは全身をバネのようにしならせると自らの体重を最大限に活かした前宙を繰り出す。
歴戦の経験で培った身体能力からなる跳躍からの回し蹴りはカインの顎先へと直撃。
「ぐっ……!?」
大きく蹌踉めいたカインへは透かさずに追撃の手が容赦なく襲い掛かる。
追撃と後方からは支援に回るリズの魔弾が狙い澄まされ、雨霰のように降り注ぐ。
二段構えの攻撃を咄嗟に捌き切るものの、重さのある双撃に堪らず身を転がす。
「重い攻撃だ……仲間を引き連れたのは正解だった。幾らこの俺だろうと四対一は分が悪いからな」
「へぇ、一人なら余裕綽々か?」
「当然、少し速いだけの型落ちのゼロシリーズを使う
詠唱と共に背後には紅蓮の輪を纏う人型の化身が嘲笑うように彼等を見下ろす。
人の数倍は優に超すであろう華奢ながらも巨躯の化身を武器にカインは奥底にあるその自信の裏付けを行うのだった。
「リファインバースト、トリップ・ティララ」
刹那、化身の姿はまるで液のように溶け出すと侵食するかの如く肉体は地へと拡散する。
同時に液は再度上昇を終えると数多の人型へと変貌し、カインと酷似した姿へと変身した。
場が乱戦に包まれる中、シリウスとリズを取り囲んだ擬似カインは醜悪に笑う。
「切り札ってのはこういうことさ、いつの時代も戦いは質より量ッ!」
悍ましき攻撃の予兆、高笑いと共に向かってきたその群衆の刃はシリウスへと振り下ろされた。
全方位からの不規則なる襲撃、本能的に察知したシリウスは宙へと跳躍しながらカリバーを抜刀すると確かな斬撃が鮮やかに瞬く。
風を切り裂いた横一閃、だが刃先が触れた肉体の箇所は液状に変化すると何事もなかったかのように復活を遂げる。
「効かねぇなァ……そんな薙ぎ払いッ!」
「こいつ物理攻撃が効かないッ!?」
物理的な干渉攻撃の無効化。
無論、リズもその効果から逃れるはずもなく放たれた魔弾は液状の化身に直撃するもまるで意味をなさない。
カイン攻勢の状況が止まることはなく、襲い掛かる乱撃を防ぐ状況が続く。
「リズさん! シリウスさん!」
「おっと余所見してる場合かッ!」
数の暴力による攻勢に助太刀に向かおうとするセイレンス達だが彼等もまたカインが仕込んだ雑兵に阻まれ、思うように動くことが出来ない。
フレスベルグが持つ能力は液状を用いた分身による集団戦法の力、その真価は数に比例し、まさに質より量という彼の信念を体現している。
圧倒的な数量攻めは一騎討ちを得意とするシリウスには相性が悪く防戦という状況で彼の体力を着実に奪っていた。
「この力はナイン・ナイツが俺を認めるに値する確かな証明ッ! 勝たせてもらうッ!」
先の見えぬ趨勢も段々とカインの勝利という言葉は現実味を帯び始める。
その名は伊達ではない、液状の分身が繰り出す連撃は戦況を一気に傾けていく。
どれほどの拳を叩き込もうと、どれほどの脚で弾き飛ばそうと無駄な足掻きに過ぎない。
「多勢に無勢ッ! やはり貴様の勝利など偶然の産物、真に頂点に立つべきはこの俺様、椅子取りゲームの王はこの俺だァッ!」
『マスター、化身状態への移行を。このままでは彼女の体力にも限界が』
堪らず紡がれるカリバーの助言。
万全な体力とは程遠い持久力の低い彼からすればその提案を受けるのは最適解と言える。
だが、制止を促すように腕を上げたシリウスは数秒ほど機敏に躍動していた肉体を止めた。
「いや……もっといい方法がある」
呟くような声、無数の刃の雨を受け止めながらシリウスは直ぐにも顔を上げると。
「リズちゃん! やり方は問わない、魔弾を撃ちまくれッ!」
「えっ?」
「いいから、早くッ!」
突如にしてリズへと指示を仰いだ。
困惑するしかない彼女だが圧倒的数量に背に腹は代えられない状況。
「よく分かんないけど……アンタが言うなら!」
疑問は抱きつつも彼女は即座に行動に移る。
無数の血液の魔弾を雨のように降らせ、一つ一つは液状の化身へと着実に着弾を行う。
血迷ったと蔑んでも文句はない攻撃に勝利を確信していたカインの思考は疑問符に包まれた。
(何をしている……? そんな我武者羅な攻撃で俺様のリファインバーストを突破出来るとでも)
だが、その疑問もやがては自身の身を持って解消されてしまうことを彼はまだ知らない。
なりふり構わない魔弾の攻撃は全方位へと渡り、堪らずカインは流れ弾による事故を防ごうと一部分身を隊列を組ませ防御に回す。
「そこ……かッ!」
しかしそれこそが命取り__。
この数量に存在する唯一の綻びに神速使いは微笑を浮かべる。
瞬間、この隙を逃すまいと瞳孔を開いたシリウスはある方向へと視線を向け、普段とまるで違う表情はカインを思わずたじろがせた。
恐怖による動作の停止……だが次に理性を取り戻した時には自身の肉体は激しい衝撃と共に宙へと舞い上がるのだった。
「グォアッ!?」
全く予期せずのダメージ。
何かが腹部の臓物を抉るように直撃した痛みを認知すると共にカインは背後の壁へとめり込む。
堪らず彼の生み出す偽りの群衆は姿を消し、再び視線に捉えたシリウスは何かを投擲したような動作を既に終えていた。
「馬鹿な……どうして俺の位置が!?」
周囲を見渡せば自身へと深手を負わせたであろうシリウスが有するカリバーが地面へと深く突き刺さっている。
投擲による峰打ちを食らったと直ぐに自覚するが同時に何故この分身を見破られたのかの疑念が募り、表情は焦り一色に染まっていく。
「自由に動き過ぎたな。お陰で君の居場所を見抜くことが出来た」
「自由……だと……?」
「君は大胆に見えて慎重なタイプ。こんなにもお仲間を連れて来たのが証拠。自身に危機が迫ればつい防御陣を敷いてしまうと思ってな」
「まさか……俺がそうすることを察知して!?」
慎重故の悪癖を突いたリズの乱雑な銃撃。
無作為な攻撃を行っていた故に万が一のダメージを防ぐ為に敷いてしまった作為的な隊列はシリウスに本体の居場所を明かすようなものだった。
ようやく意図に気が付くものの、溝を狙った一撃にまともに立つこともままならない。
「能力にどっぷりと依存したな。そういう奴が足元掬われる瞬間は何度も見てる」
「ふざけるな……こんな状況で負けるなど、ナイン・ナイツに示しつかねぇだろうがァッ!」
搦手を完全に出し抜かれた怒りの底力で立ち上がるカインは瞬時に化身を再度液状化させるとフレスベルグの刃先へと纏わせていく。
振り下ろされた一撃と共に射出された液はやがて極大なる三本爪の拳へと変身。
「リファインバースト、ガリンズ・ティララッ!」
純粋な破壊力へと切り替えた渾身と言える一撃はシリウスへと強襲を仕掛ける。
だがそれはさらなる詰みへと自ら突っ走る愚の骨頂、真っ向勝負にシリウスは口角を上げると瞬時に体勢を整えた。
「やっぱり俺ちゃんは、こういう戦いの方が」
刹那、シリウスはいとも簡単にフレスベルグの大技を回避すると瞬きする暇もなく、カインの懐へと忍び込む。
透かさず突き刺さっていたカリバーを抜き取ると隙だらけの腹部へとトドメの体勢を終えた。
「ッ……!?」
「性に合うッ!」
僅か数センチ、氷のように鋭利な視線はカインの双眼をしかと射貫く。
享楽の中に潜む得体の知れない狂気にも似た何かは傲慢な彼の闘志を簡単に鎮火させる。
最早、抗う意志も術もないカインの肉体は渾身の峰打ちと共に壁へと叩きつけられた。
「がっ……はッ……!?」
「ゲームオーバーだ、プロスペクト」
その言葉が届くことはなく、瓦礫が吹き飛ぶ程のダメージに遂にカインは意識を飛ばす。
プロスペクトの敗北に彼に唆された連中もまた交戦中だった手を止め顔に焦りを浮かべた。
有望株を粉砕したシリウス、そして物量で押していた優勢が崩れた今。
「ちょ、カインやられてるじゃねぇかよ!?」
「ざけんなアイツに必ず勝てる美味しい話って誘われて来たのに何だよこれはッ!?」
「に、逃げるぞ! こんな奴ら相手にしてたら椅子取りゲームどころじゃねぇッ!」
士気が上がるなど起きるはずもなく、カインが敗北した瞬間に連中は算段を失うと一目散に逃走に転じていくのだった。
このまま挑めば椅子取りゲームどころか半殺しにされると悟るのは容易と言えるだろう。
(この王子様……やっぱり只者じゃない。化身も使わないであのレベルを一方的に)
「あぁ逃げちゃったか〜もうちょっと戦いたくもあったんだかな! はぁ疲れた」
カリバーを回しながわざとらしく肩を回すシリウスにリズはふっと畏怖混じりの溜息を吐く。
純粋な能力だけじゃない、何も考えていなさそうで細部までを見抜くその機転と洞察力。
もしも彼が敵だったならば……最悪の展開にリズは勝手に悍ましくなると身震いするような思いを振り払うのだった。
「さすが、シリウスさん……あのカインまでも瞬く間に沈めるなんて」
「やっぱり、私たちの目に狂いはなかったわね」
感嘆の息を漏らすセイレンスとジェシカ。
二人の称賛を受けながら、シリウスは気怠げに首を回し、指でピースサインをつくる。
戦いの熱が引いた空気は一転して静けさと安堵の余韻に包まれていた。
「すごいっしょ? 君たちの期待に応える程度にはね。ま、体力のほうはカツカツだけど〜」
「それでも……貴方の強さはやはり規格外です。邪魔なほどに貴方の強さは」
しかしその瞬間__。
穏やかだった空気に微かなノイズが走る。
セイレンスの声が、わずかにトーンを落とす。
「さ〜て脅威は去った! 再び椅子取りゲームを続けようか」
そう言って笑ったシリウスに返されたのは静かに降ろされた一言。
「いえ……ゲームは、ここで終わりですよ」
不穏なる違和感。
声の主は確かにセイレンスだった。
けれど何かが違う。
「なぜなら……貴方がちゃんと
「えっ? セイレンスちゃ」
言葉が、途中で途切れる。
否、途切れさせられた。
オーバーコード__。
唐突に響く、残酷な詠唱。
振り返る間もなく巨大な毒蛇がその牙を剥いてシリウスへと襲いかかる。
地面が割れるほどの衝撃が広がり、リズは思わず身体を震わせると咄嗟に振り返る。
「えっ……? なっ、シリウスッ!?」
目を開いた瞬間、そこにあったのは信じ難い光景だった。
あの王子様のように笑っていた青年が大蛇の口の中に包まれている。
あまりに突然で、あまりに非現実的で、思考が砂のように崩れ落ちていく。
リズの叫びが漏れかけたその時。
彼女の首元に、戦輪の刃がそっと添えられる。
「おっと動かないで、ね? 国王様の娘さんの首、あんまり簡単に落としたくはないの……でも落とすのも一興かしら」
冷たい声。
氷のような笑み。
振り返れば、そこにいたのはジェシカ。
かつての無邪気な姿は消え失せ、血も涙もない暗い笑みがその顔に浮かんでいる
セイレンスもまた、静かに背を向けたまま己のリファインコードから生み出した化身がシリウスを喰らう光景をただ黙って見つめていた。
「アンタ達何をして……!?」
突然の状況に混乱と動揺が交錯する中、リズの声がかすかに漏れる。
だが、その困惑に満たされる言葉をかき消すように爆笑が場を満たす。
「ハッ、ハハッ……アッハハハハッ! やったぞ! この男の首、遂に取ったッ! カインは想定外だったが逆手に取ることが出来たってなァッ!」
狂気に染まったセイレンスの笑顔。
それは、これまで見せてきた“過去の悲劇を背負う優しい青年”の顔とはまるで別物だった。
「学園での裏切りなんてもはや日常茶飯事だろ? アホ面のお嬢様……このゲームの勝者はカインでも、シリウスでもない……真の勝者は俺達だ」
その瞬間、世界は静止する。
崩れゆく常識、裏返る信頼、そして露わになる残酷なる本性。
ただ呆然と、その姿を見つめるリズに、セイレンスは完璧な笑みを浮かべていた。