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第19話 裏切りと幻想のラプソディア

「なっ……!?」


 悲劇の存在から一転、ナイン・ナイツにも引けを取らない醜悪な雰囲気に包まれた二人にリズは唖然とする。

 ましてやあのクルミが見込んだ人材、謀反という可能性は意識から完全に外れていた。


「アンタ達……何のつもりッ!? こんな事して、シリウスを離しなさいッ!」


「出来ない相談だね〜折角奇襲で仕留められたんだもん。はいそうですかって従うかよ」


 大袈裟な動作でリズを弄ぶ裏切り者である二人は横暴さに身を包む。

 突然の謀反に憤るリズへとセイレンスはステップを踏みながら実態を明かした。


「騙しやすい善人ほど食い物に出来る奴はない。お涙頂戴の芝居をすれば直ぐにも警戒解いてくれる」


「まさかあの話は全てッ!?」


「ピンポ〜ン、大正解、迫真の演技最高だったでしょ? そもそも私達上流階級出身だし」


 絶望を追撃するように後方から放たれるジェシカの明かす真実はリズを容易く絶句させる。 


「まぁいいけど、これで奴の莫大なポイントを私達が得られるんだから。ランキングは一気に上昇……権威の格は高まるというもの」


「何で……何故こんな事をッ!? これはフォルトゥナゲームじゃない、私達はゲームの同意なんて一つもしていないッ! これはルール違反よ!」


「残念ながら正当なるルールの範疇。アンタは馬鹿だからハメられていたのよ。私達のポイントの養分として」


「何を言って……!?」


 悪びれる様子などまるでない姿勢。

 血迷った凶行、というよりも念入りに考えられて実行された計画の様子にリズの疑問は募る。

 理解が追いつかないリズを嘲笑しながらジェシカは一瞬で翻ったパワーバランスに浸りながら動転する彼女へと本性を躊躇いなく吐く。


「弱者救済……腐った世界を変える……そんな青二才なダサい野望、こちらと全く興味ないし寧ろナイン・ナイツ壊されたら困るのよ。欲しいのアンタ達のポイントだけ。楽してランキングの上位に立てる機会があるなら裏切ってなんぼでしょ?」


 学園破壊計画、運命に翻弄される世の不条理に歯向かう戦乙女の野望を彼女は切り捨てた。


「学園破壊計画とか子供じゃないんだから。まぁでもアンタがバカな子供だからこうやって簡単に出し抜けた訳だけど〜楽しかったわよ? アンタとの刹那的な


「ジェシカ……!」


 滲み出る憤怒と悲嘆。

 コケにされるだけならまだしもシリウスを手に掛けた行いに彼女の絶望は増大していった。

 心火を燃やして震えるリズだが、その感情はジェシカが手に持つ戦輪によって封じられる。


「要は罠に嵌ったってこと。キザでムカつく王子様は潰した。どう? 命は助けて欲しい? アンタを唆すこの男を」


「助けてほしくばお前のポイントも頂こう。なぁに俺のレピストニクスが持つ毒は調整出来る。三途の川は渡らせねぇよ」


 冷静に諭すような物言いだが奥底に隠された圧力はリズには手に取るように分かる。

 交渉を謳いながらも選択肢は一つ、それしか選ぶ道はないはずだろうと悪魔達は笑う。

 堪らずリズは歯軋りを立てるが下手に動けばシリウスの命が危ぶまれる現状。


(シリウス……私のせいで、私が)


 命を懸けると己を信じてくれた存在を自分のせいで失うか、心半ばで学園破壊計画をこの悪魔達に屈して自ら手放すか。

 どちらにせよゲームオーバーと言っても過言ではないバットエンドなのは間違いない。


「お前の願いはここで終局だ、さぁお嬢様、答えを聞かせてもらおうか?」


 残酷にも選択肢はリズに突き付けられる。

 この詰みの状況、絶望的な光景に一刻も早く決断を下さなくてはいけない。

 無力の苛立ちは一秒ごとに募り、内から膨れ上がる焦りは理性を蝕みながら壊していく。


「私は……私は……」


 無情にも選択の時間は迫りを続ける。

 こんなことで、こんな場面で、こんな奴らに革命を踏み躙られるなんて言語道断の屈辱。

 あの王子様を見捨てるのであればこの危機を乗り越えることは出来るかもしれない、だが今のリズに彼を切る選択肢は取れなかった。


「……分かった」


 選択の時、リズは顔を上げて醜悪に微笑むジェシカとセイレンスを捉える。  

 空いたこの時間にリズは己の中で決意を呑み込むと唇を噛み締め、唯一の王子様を救おうと決意を口にしようとした。


「私のポイントは……全てアンタ達の」


 と、そこまでを紡いだ瞬間だった。


「その必要はないさ、お姫様」


「えっ?」


「「はっ?」」


 その声は突如として空間へと轟き、辺りを一瞬にして静まり返る。

 一方からすればあり得ない絶望の声、もう一方からすれば絶体絶命を払拭する希望の声。

 あり得ないとセイレンスは思いを抱く、声の主は今ここで自らの化身による毒牙によって声すらも出せない状況にいるはずなのだから。


「全く、やってくれたね〜染み染みと」


 有り得ないはずの声にジェシカもセイレンスも幻聴でも聞いているのか声へと視線を移動する。

 刹那、人を有に超えるパワーを持つセイレンスが有する化身は痛烈な打撃音と共に上空へと打ち上がった。


「何ッ……!?」


 レピスト二クス、毒を司る大蛇の化身であるセイレンスが有するリファインコード。

 両立した非凡のパワーとスピード、更には相手を瞬殺することも可能な猛毒の力は高品質の武器であることは己が一番理解している。

 だからこそ、いとも簡単に吹き飛ばされた事実にセイレンスは目を丸くせざるを得なかった。


「馬鹿な……何故ッ!?」


 追い打ちを掛けるように白銀の髪が靡く崇高なる双眸を持つ存在はまるで獲物を狩るかの如く、研ぎ澄まされた形相を向ける。

 シリウス・アーク、この男は一体何処まで想定を超えてくるのか、完全に仕留めたはずの存在はまるで無傷の状態で再び姿を現す。

 勝ち誇っていたはずのセイレンスの形相には瞬く間に動揺と困惑がはっきりと現れていた。


「シリウス……!?」


「やっほ〜リズちゃん、心配かけてごめんね?」


「あり得ない……俺の化身は確実に貴様を仕留めて既に毒は身体に……!」


「あぁこいつのことか?」


 シリウスの足元には根元から折られた大蛇が有する猛毒の牙が無残にも地へと落ちている。


「ふざけるな……確実に仕留めた確証があったッ! なのに……何故俺の奇襲をッ!?」


「分かってたよ薄々と、君等が仕掛けてきそうだなってことは。だからさっきの一戦を俺は力をセーブして戦っていた」


「何?」


「カインって子の「何で貴様らが俺なんかについているんだ」って発言、アレは普段とのギャップがあるからこその言葉。常日頃俺の盲信者な態度ならあんな言葉は出ないはず。裏切りを確信したさ」


「あんのバカ男……!?」


 呆気からんな笑みを浮かべながら毒牙を投げ捨てたシリウスは二人を見据えていく。

 相変わらずな楽天家な雰囲気だが次の瞬間、京楽的な彼の纏う空気は一変する。


「俺ちゃんを騙して馬鹿にするならどうぞお好きにすればいいさ。ただし、推しのお姫様の願いを踏み躙った奴はな」


 刹那、瞬きの間に影は消え、気づけば背後には悪寒を誘う威圧の熱風が舞う。

 振り返ったその先に映る鬼神という言葉すらも生温い形相がセイレンスの戦慄を誘った。


「掛ける言葉もない」


「なッ……!?」


 残響する冷淡な声色。

 その一瞬でセイレンスは顔面を捕まれ、盛大に冷たい退廃の地面へと叩きつけられる。


「ぐぇぁッ!?」


 空中へと激しく舞う瓦礫__。

 衝撃波が生まれる程の一撃は激しい衝撃を与えると堪らずセイレンスは容易に背後を取った神速使いから咄嗟に距離を置く。

 プライドと理性を同時にへし折られた彼へと追い打ちを掛けるように容赦なくカリバーからは残影のように輝く斬撃が放たれた。


「さぁ、俺に追いつけるか?」


(コイツ……何故ここまでパワーがッ!?)


 咄嗟に受け止めるものの、その一撃は重く、セイレンスは堪らず地面へと押し返される。

 捻じ伏せるような力で押しながら生まれた隙に付け入るように的確な打撃を叩き込む。

 最低限かつ高速で放たれる乱撃は付け入る隙を与えずに着実に負荷を与えていた。


「オーバーコード」


 容赦なんてものはない。

 間髪入れず化身を顕現させたシリウスはセイレンスの懐に潜り込むと彼の腕をすれ違い様の一閃で切り裂く。

 劣勢の彼を加護するように大蛇は果敢に巨駆を唸らせ、猛攻を仕掛けようとするがあっさりとカリバーは正面から剣で受け止める。


『どれだけ熟された猛毒だろうとその牙が脆いものならばただの飾りに過ぎません』


 速度とパワーを両立した猛威を振るうレピストニクスも神の領域には達しない。

 その剣技に圧倒され、大蛇は呆気なく絶え間ない斬撃に傷を刻み込まれた。


「クソッ、この骨董もどきが……! リファインバースト、コスモストライクッ!」


 双剣の一閃と共に突貫を仕掛ける大技はシリウスの身体を確実に捉え、肉体を抉るはずだった。

 だが身を捻らせ、双剣の一閃を紙一重に躱すシリウスは軽やかな身のこなしと共に渾身のカウンターを刻み込む。


「リファインバースト、リベリオンブラスト」


 神速を用いた一直線にいる相手へと痛烈な十字の斬撃を仕掛ける洗練された技はセイレンスへのトドメの一撃と化した。


「何だ……コイツは一体何なんだァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 四肢にもダメージが及ぶ怪物から放たれしリファインバーストはセイレンスを呑み込む。

 容赦なんでものを知らないその衝撃は彼を遥か遠く、瓦礫の山まで吹き飛ばしたのだった。

 痛々しく「あぐぁッ!?」と嗚咽の言葉が漏れたのを最後にセイレンスはその場に崩れ落ちる。


「嘘……でしょ」


 僅か数秒での蹂躙劇。

 驕り高ぶっていたジェシカもまた目の前の光景に思考が回らず、戦輪を持つ手は無意識の恐怖による震えが始まっている。

 ハッとようやく我に返った彼女はリズの首へと手を回すと首筋へと戦輪を宛がう。


「う、動くなシリウス・アークッ! 少しでも下手な真似をすればこの女の首を掻っ切る! 王子様がお姫様を殺すなんてことをすると?」


 苦し紛れの脅迫、だがシリウスはジェシカの脅しに動じる様子はなく、ピタッと足を止めるとただじっと彼女へと鋭い視線を向けた。

 余裕すら感じさせる態度が更に彼女の神経を逆撫でしながら焦りを募らせる。


「……確かに王子様がお姫様を守るのが当然のことだな」


「そう思うのなら大人しくそこで「だが」」


「そのお姫様がただのお姫様ならば、だが」


「はぁっ? 何の話を……」


 何の脈絡もない返答にジェシカは訝し気な反応を示すが直ぐにもその言葉は意味を成す。

 そう、彼女は盛大に勘違いをしている、人質に取っている風変わりなお姫様が非力であると。


「えっ?」


 気がついた時には既に遅かった。

 首筋に添えられていた戦輪には段々と赤黒い血液が纏わりを始めていく。

 やがてそれは凝固を始めると刃を伝い、黒鉄に輝いていた刃先は青銅色に錆び付きを始める。 

 戦輪型のリファインコード、リリィ・ゼノははたちまち本来の武器としての能力を失う。


「なっ、刃先がッ!?」


 刹那、動揺によって気が緩んだジェシカの腕は力強く掴まれると勢いよく繰り出された背負い投げが彼女を激しく襲う。

 間伐入れず放たれた魔弾が肉体へと撃ち込まれると悶絶の声が空間へと木霊する。

 堪らず膝をついた彼女へは怒りを通り越した冷酷さに包まれる鋭いリズの瞳が捧げられた。


「グッ……!?」


「私のリファインコードは血液を司る。この距離ならばアンタの刃先から鉄分を吸い取って錆びさせることは容易よ」


 フォルトゥナゲームでは劣勢に立たされることが多くお世辞にも戦績は乏しくないリズ。

 だがそれはナイン・ナイツという圧倒的な格上を常に相手にしていたからこそ。

 寧ろオーバーコードも使用せずにレヴダに勝負を仕掛けて引き分けに持ち込んでいる。


「チッ! オーバーコ……」


 情けない奴隷王の娘という肩書きもあってジェシカは大きく見誤っていたのだ、リズ・セフィラムという存在の実力を。   

 シリウスの命が無事な今、彼女の身動きを封じるものは何もない。

 詠唱を奏でさせまいと化身を顕現させようとしたジェシカには鮮血の斬撃が一閃される。


「がッ……!?」


 躱す暇もなく、溝を狙い撃ちした峰打ちは意識を吹き飛ばすと完全に相手を沈黙させた。

 草臥れたように仰向けに倒れ込んだ彼女にはもう立ち上がれるだけの力は残されていない。

 裏切りから始まったゲームの決着はあっさりと呆気ないものであった。


「ワァオ、流石リズちゃん!」


 子供の黄色い歓声のような喜びと拍手をリズに送るシリウス。

 だが当の本人はそんな称賛も耳に入らず、勝者とは思えない様子で脱力しながらへたり込む。

 彼女が持つエグザム・ディザイアはするりと抜け落ちるように冷たい地面へと落下した。


「ッ……シリウス」


 振り返った脱力する彼女の瞳に光はない。

 一言、「今ここで首を切れ」と罵れば平気でやってしまうのではないかと思うほどにリズの表情は美しい歪みを極めていた。


 無念の感情を曝け出すと己の浅慮さを嘆く。

 自分のミスによる裏切りに自分を信じてくれる存在を危機に晒してしまった。

 常に孤独だった故の彼女に内在する責任感やプレッシャーは追い打ちを掛けられる。


「シリウス……私は……!」


 だがそんな後悔の波に溺れていたリズの頭にはふと温かく柔らかな手の感触に置かれた。

 思わず見上げた彼は明後日の方向を見つめながら優しく微笑を浮かべる。


「シリウス……?」


「人生色々あるけどさ、君が俺の推しで理想を叶えたいことに変わりはない。迷えるお姫様に笑顔で手を差し伸べるのが王子様でしょ?」


「ッ……!」


「って俺だけじゃ頼りないかもしれないけどね〜アッハハハハハハッ! ベクシュ!」


 励ましなのか、ただ能天気なだけなのか。

 だが彼の常套句に自分で自分を追い詰めていたリズの心には一筋の身勝手な光が差し込む。


「まっ起きたことは仕方ないよリズちゃん、変えられるのはいつも未来だけさ。前を向いたほうがお得じゃない?」


「……そうね、ありがとうシリウス」


 諦観が晴れやかになると同時に、彼女は差し出されたシリウスの手を握り立ち上がると意識を失う裏切り者へと視線を向ける。


「しかし裏切りなんて……クルミ先輩直々の推薦だと言うのにこんなことが……フォルトゥナゲームが適用されてるなんて変なことも言って」


「まっ、そういうカラクリは本人に聞けば早いんじゃない?」


「えっ?」


「実はさ、椅子取りゲームが始まる前から二人が怪しいことは薄々理解してたのさ。一筋縄じゃない奴らってね、まっ敢えて引っ掛かったふりをしていた訳だけど」


「どういうこと? 椅子取りゲームよりも前に気付くなんてそんなこと……えっ?」


 と、ここでリズは一つの可能性にたどり着く。

 自分達へと襲いかかった裏切り劇に仕組まれていたより大元の裏切りへと。

 信頼に値すると評価していた人物から……盛大に化かされていたという真実を。

 あり得ない、あり得るはずがない、だがそう考えれば彼の発言に合点がいってしまう。


「まさか……!?」


「そっ、彼等は雇われた実行役に過ぎない。最初からこのゲームは仕組まれていたんだよ。俺達を陥れる為に……ねッ!」


 瞬間、突如としてシリウスはカリバーを握り直すとある方向へと一閃を薙ぐ。

 超高速の斬撃は風を切り、空間をも切り裂く勢いで壁へと直撃し、破片は華麗に宙を舞う。


「そこで見てるんじゃないの? この裏切りゲームの仕掛け人さん?」


 彼の攻撃によって切り裂かれた壁。

 その後ろに佇んでいたのはニヤリとこちらを見下す一人の可憐なる少女の姿だった。

 手に持つカメラと金髪のサイドテールというトレードマークは一目で誰であるかを理解させる。


「あちゃ〜バレちゃったか。やっぱり君は只者じゃないって感じ?」


 悪びれる様子もなく、彼女は警戒する二人に目掛けてカメラのシャッターを切る。

 舞い上がった粉塵が晴れていく度に口元に浮かべている笑みは鮮明と化していく。


「嘘でしょ……!?」


「やはり君だったか」


 クルミちゃん先輩__?


 このゲームの仕掛け人。

 そしてこの裏切りの仕掛け人。  

 不適さを極めるシリウスを迎え撃つように情報のプロフェッショナルは嘲笑う。

 クルミ・アクセルロード、記者倶楽部部長でありつつ学園きっての逸材のトリックスターは退廃が支配するこの世界へと姿を現したののだった。


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