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第20話 虚像と実像

「クルミ……先輩ッ!?」


「ハロハロー数日ぶりだねお姫様?」


 全くの予想打にしていなかった展開はリズへと大きな驚嘆を与える。

 落ち着きを取り戻した心は再度新たな裏切り者に爆ぜるような動転へと支配されていく。

 憧れていた先輩、この学園でも数少ない信頼できる先輩の真実に言葉が詰まる中、シリウスは言葉を紡いだ。


「やっぱり君も裏切り側だったか。随分と大掛かりだねぇ〜こんな偽りの騎士を二人もわざわざ実行役に使ってさ」


「アッハハハッ! お気に召したなら何より。まさか気付かれていたとは思わなかったけど」


「最初に君が放ったジョークの時さ、随分と特徴的な癖をお持ちだ」


「癖?」


 キョトンと首を傾げたクルミへと彼女が無意識に犯したミスを痛烈に指摘する。


「君は嘘を付く時ボールペンを鳴らす癖があった。君はあの取り引きの場面で何度も鳴らしていた。察することは容易さ」


「癖って……まさかあの待合室でアンタが浮かべてた視線は」


「注意深く観察してたのさ。ごめんね、集中するとイケメンが壊れるくらい目つき悪くなるから」


 片隅にあったあの取り引き時に浮かんでいたシリウスへの違和感。

 一瞬だけ瞳に焼き付いた獲物を見定めるような視線は決してリズの見間違いでもなく、彼なりの彼女の嘘を見抜く為の布石。

 シリウスの指摘にクルミは懐から取り出したボールペンを見つめると大きく口角を上げる。


「あちゃ〜これは参った、減らず口が命取りになってしまうとはね。無意識な癖までもを見抜いてしまう変態が相手だったとは」


「どうも褒め言葉をありがとう」


 彼女の挑発をシリウスは嫌味で返す。

 軽快ながらも紛れのない明確な火花が二人を介して散る中、割り切れないリズは激情を吐く。


「な……何故こんなことをッ!? 真実の探求者との異名を持つ貴方がこんな愚行を、私達を陥れるメリットが何処にッ!」


「その異名は記者としてのあーし、今のあーしは人材エージェント、エージェントとは代理人、常に雇用主の期待に添えるよう活動するのが仕事」


「雇用主……? 真のフィクサーがいると?」


 肯定を示すように無言でクルミは煽りの表情と共にカメラをリズへと向ける。


「イエス、君達を陥れろと命令されてね。申し訳ないけどちょっと大変なこと味合わせた感じ? やれるならば始末しろともね。あぁ進行の先生に言っても無駄だよん? 買収済みだから」


「なっ、だとしてもこんな罠に嵌めるようなッ!? 私が見ていた貴方の記事は誠実で汚い手を使う行為を認めない存在でッ!」


 元からこういう人間なら衝撃度は薄い。

 しかし相手はクルミ・アクセルロード、大衆の為ならナイン・ナイツにも鋭い牙を向き、真っ向から言葉で挑む誇り高き記者。 

 だからこその悪い意味でのギャップにリズは憤るが切り捨てるような言葉が彼女を鎮火させる。


「……青臭いねお姫様、虫唾が走るほどに」


「えっ?」


「とっくの昔に……熱くて脆い記者魂なんて死んでる。この学園で裏切りは常識、君みたいな子はちょっとイラッと来るね〜まぁいいけど」


 突き放すが何処か残滓のある口調。

 未練的な何かを感じ取ったリズは一瞬訝しげに眉を潜めるがそんな疑念を引き裂くようにクルミは大きく髪を掻き上げる。

 少し苛立ちを見せながらボールペンを鳴らした彼女は退廃と冷徹が支配する遺跡の中でゆっくりと首を回す。


「実行役で終われば万々歳だけどこうなってしまったら仕方ないってやつか」


「始末しようってか、受けて立つぜ?」


 依頼を遂行しようと手を前面へと差し出した指先には魔法陣の顕現と共に一弾指の早さでクルミのリファインコードが姿を現す。

 それはカメラと称するべきか、将又銃と称するべきか、その概念が曖昧となる一度見たら忘れない独創さを極めるリファインコード。

 即座に警戒の態勢に入ったシリウスだが見たこともないフォルムに思わず驚嘆を浮かべた。


「はっ? 何それ?」


「こういうタイプ初めて? いやぁポップな見た目だよね〜自覚はある。けどこいつの中身は」


 一拍の末に銃口を天空へと掲げる。


「ポップじゃないよ、オーバーコード」


 言葉と共に冷酷に引かれた引き金。

 瞬間、轟音が鳴り響くと共に彼女を中心に地面はフィルターが掛かったように薄暗さを極める影に支配されていく。

 やがて人型のように地面の影はクルミの背後へと集約し、形成されていくとシルクハットを被る不気味な姿が鮮明となる。

 その姿は奇術師マジシャン、頬にまで及ぶ常時笑みを浮かべる口元を筆頭に球体のような見た目に白手袋を備える黒い化身は全員を嘲笑う。


『ケファファファファファファァッ!』


「マザーズ・ド・リアリズム、笑い声は気にしないで?」


 マザーズ・ド・リアリズム。

 得体の知れない感覚の恐怖を与える使用者にまるで見合わない化身は高らかに哄笑を振り撒くと同時に手を胸に当ててお辞儀を繰り出した。


『これは……警戒をマスター、あの化身には過去にも感じたことのない気配があります』


「へぇ、君でもそう思うのか。彼女の化身」


 外見からでも察知できる異質さ。

 影から生まれしリファインコードの化身はこれまでとは違う得体の知れなさが一筋縄では行かないことを本能的に察知させる。

 巧みなガンプレイを魅せたクルミは神速使いを前に不適さを崩さず、寧ろ相手の冷静さへと付け入るように仕掛けた。


「ところで皆さん、一つ疑問があるんじゃないかな? 何故あの二人は君達にフォルトゥナゲームを仕掛けられたのか、何故彼等はその蛮行を合法だと豪語したのか……ね?」


 クルミの指摘した疑問。

 確かにそれは二人も疑念を抱いている、何故実行役の二人は仕掛けたフォルトゥナゲームを合法と称したのか。  

 ゲームの開幕は両者の合意があってこそ、しかし彼等が奇襲を仕掛ける前に宣戦布告の旨なんて一言も言葉にしてはいない。


「あーしのリファインコードは特殊でね。影として隠れたり、撮影や録画が出来るんだよ。セリナが提示したレヴダを撃破したあの映像もあーしの能力。加えて……まである」


「録音?」


「そういえばあの取り引きの時、王子様高らかに言ってたな〜こんなこと」


 軽快に奏でられた指鳴らしと共に丸みを帯びた肉体の中心からは拡声器のような形をした機械が顕現されたと思うと。


『勿論、お姫様の為ならばナイン・ナイツ、いや俺達の願いを邪魔する存在は全員ゲームで蹴散らしてやる。端からそのつもりさッ!』


 一切の雑音もないクリアな音声。

 そこには明確に学園全員へと宣戦布告した……とも捉えられかねないクルミの囃し立てに応えたシリウスの声がしっかりと記録されていた。


「フォルトゥナゲームは両者の合意に足りうるものがあって初めて適用される。どう? この声を学園中にばら撒いたら君はいつだろうとゲームを仕掛けられる存在になるかもね?」


「へっ?」


「この理論が適用されないならホワイトファングがルール違反と介入を行う。だがそうはならかった。即ち……この音声は合法、あの待合室には既にあーしの化身が忍んでいてたことを見抜けなかったのが運の尽きってね?」


 違和感という名の点が急速に繋がる。

 待合室の若干の暗さ、多少疑問に感じていたが直ぐにも忘れてしまったまさか彼女の化身が仕組まれていたとは考えもしなかった出来事。

 あの瞬間から罠は着実に張られていたという事実にシリウスはようやく気付く。


「減らず口が命取りになったのはお互い様だよ王子様?」


「あ〜……なるほどなるほど」


 沈黙、頭をポリポリと掻く音だけ響く沈黙。

 やがてシリウスは深呼吸を終えると。


「ごめんリズちゃんミスったわッ!」


「えぇっ!?」


 さっきまでの不適さは何処へやら。

 出し抜かれた現実に白旗を上げて舌を出すシリウスにリズは驚愕を浮かべた。

 減らず口が命取りとなったのはシリウスも同様であり、やってしまったとつい頭を抱える。


「アッハハハッ! まぁいいよ、苦しむ必要はないから。つまり……あーしがここで引導を渡す」


 響き渡る優美なる高笑い。

 懐から取り出されたのはある一枚の写真。

 レヴダ戦に撮影されたであろうシリウスとカリバーが映し出された写真をクルミはカードのように上空へと投擲を行う。


「消して欲しいなら挑むがいい、リファインバースト、チェンジオブデスペラードッ!」


 詠唱と共に引き金は引かれると写真へと目掛けて紫電色の光線が放たれる。

 雷光を伴う一撃は瞬く間に直撃すると呼応するようにクルミの化身は両手を合わせることで眩い輝きを発生させた。

 静止画であるはずの写真は段々と生き物のように蠢きを始め、やがては突き破るように何かが勢いよく飛び出す。


「なっ!?」


「えっ……?」


『何っ?』


 華麗に着地した人の形をした存在はシリウスが一番に理解している。

 それもそうだろう、クルミを加護するように写真から現れた正体は自分と瓜二つ……いやなのだから。

 ドッペルゲンガーのようにカリバーの化身ごと現れたシリウスに似た何かは取ってつけたような表情に包まれながら敵意を露わにした。


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