「こいつは……俺ちゃんの偽物?」
理解する暇もなく放たれた一閃__。
鏡合わせのような存在は剣を握り直すと空気を切り裂く速度にてシリウスへと肉薄を達成し、斬撃を仕掛ける。
「おわっ!?」
間一髪で躱したシリウスは自分と瓜二つの攻撃に驚愕を浮かべるがお構いなしの追撃は続く。
優勢に転じようと猛烈に攻め続ける自身の擬似態、一太刀一太刀から感じる重さは確かで動揺で出遅れたシリウスの頰には切っ先が掠めた。
「コイツ、完全に俺と同じか!?」
『分身……まさかあの写真から』
熱を帯びる決戦の火蓋は切られる。
背後に位置する自身の化身に酷似した存在もまた神速を最大限に活用した動作で剣技を行う。
空間を歪ますほどの超速撃だが咄嗟にカリバーは熾烈な猛攻を受け止めた。
「シリウスッ!」
視認するのもやっとな超速の対決。
リズも食らいこうとうするが魔弾による必死の援護射撃も虚しく当たることはない。
見事に翻弄されるシリウス達を高みの見物で見つめるクルミは余裕綽々に語りを始めた。
「写真に映る被写体をそのまま一分間だけ使役できるのがあーしの能力。要するに一分だけ王様になれるってこと」
「んなズルな!?」
「いいや正当さ」
ゼロシリーズが主流だったかつての古の時代は良くも悪くも単純明快。
真っ直ぐに驚異的な能力で捩じ伏せる獣らしい衝突を生きていたからこそ、奇想天外を前にシリウスは苦戦を強いられる。
考えにもなかった自分自身との戦闘、己と同じ不敵な表情を浮かべる擬似態との対決は滑稽ながらも過激さを極めていた。
「……リファインバースト」
「おいおい必殺技もかよ……!」
「リベリオンブラスト」
追い打ちを掛けるように機械的に奏でられた詠唱から放たれる神速の一閃。
咄嗟に受け止めるもオリジナルと大差のない攻撃力にシリウスは後方へと吹き飛ぶ。
「リファインバースト、リベリオンブラスト」
宙へと投げられたシリウスへと再度分身は突撃による超攻撃を連続詠唱にて仕掛ける。
直線上に疾速の斬撃を刻むリベリオンブラストは何度も詠唱され、その度に相殺されるも相手へと鮮血が迸る傷口を植え付けていく。
瓦礫が四方八方へと飛び散る程の衝撃に片膝をつきながら体勢を整えた。
『魔力係数、身体的ポテンシャル数値、秒数ごとの反射速度、どれも我々と誤差がありません。アレは間違いなくもう一人の我々ですマスター』
「俺ちゃんと謙遜ない力……か。随分と厄介なものを生み出してくれたね」
体勢を僅かに崩した彼には迫る勝利に笑みへと満たされるクルミの形相が映り込む。
「ゲームオーバーだ王子様、そろそろ音を上げた感じ?」
「逆さ、燃えてんだよ」
口元から垂れた鮮血を拭き取ることもせずシリウスは埃を落としながら再び立ち上がる。
身体の頑丈さを有に超えるタフさは伊達ではない事を意味するように蒼く煌めく瞳に諦めの二文字は存在しない。
しかし劣勢に変わりはない、直ぐにも擬似態はトドメを刺しにかかろうとシリウスらしさの動作で体勢を整えていく。
『マスター、あの標的へと付け入ることが出来る方法が一つ』
「策があるの? 起死回生の」
『左様、あの存在……確かに我々と酷似していますが何処か違和感があります。それを試させてくださいませんか?』
なりふり構ってはいられない。
耳打ちで吐かれたカリバーの発案に二つ返事で了承したシリウスはグリップを持ち直すと鋭く見据えながら軽快に挑発を行う。
「来な偽物ちゃん、あっそび〜ましょ?」
受けて立つと言わんばかりに擬似態は神速をフルに活用した超高速の斬撃を繰り出す。
再度リベリオンブラストを発動しようと体勢を整えていくがその動きはカリバーの脳内に過っていたある考察を裏付けることになる。
『やはり、そうでしたか』
「リファインバースト、リベリオ……」
二人の最強に生じている唯一の違い。
詠唱が完了しようとした直前、シリウスは剣を宙で一回転させると空間を滲ませる程の蒼白い円形のエネルギーを発生。
「リファインバースト、ストリンジェンド」
自身の背部へと四枚翼の高速スラスターウイングを生成した直後、アンカーの要領で地面へと鋭利な先端を全て突き刺す。
同時に再度、即座に「リファインバースト」と詠唱を終えたシリウスは真正面から攻め入る偽物へと対抗策に出た。
「ヴァルキリアネクサスッ!」
円形のエネルギーへと叩き込まれた拳。
刹那、荷電粒子を収束させた蒼白い槍にも似た光線は相手を包み込み、威力に抗えぬまま地面を抉る威力に肉体は激しく宙を舞う。
放たれた一撃は虚空へと飛び散り、光の塵が天空を彩ると共に痛々しく疑似態は爆炎に包まれながら地面へと落下した。
「ッ……! 何?」
追い詰めた矢先の想定外の反撃と光線による衝撃でクルミは思わず体勢を崩しながら後退る。
一回の反撃で致命打を負った擬似態に困惑が隠せない彼女を煽るようにシリウスは肩をすくませた。
「この技は威力があり過ぎるな、だがカリバーちゃんの言う通りみたいだ。偽物の俺には弱点がある」
「弱点……?」
「自分のこと知ってんのは自分だ、そいつは君が認知してる範囲の技しかコピーを行えない。強敵相手に脳死でリベリオンブラストばっか使うのは俺達からすれば可笑しい話だからな」
クルミが鋭い双眸に眉を寄せたのがシリウスの指摘が正しいことを何よりも裏付けている。
カリバーが指摘した違和感、それは本来の自分達の戦い方とはまるで違う戦闘スタイル。
技の一つ覚えな我武者羅な戦いを行うことはまずなく、状況に応じてあらゆるリファインバーストを行使していく。
「まさか今の数十秒で……?」
「俺は技巧の魔術師ちゃんだ、馬鹿の一つ覚えはしないんでね」
それがシリウス・アークの戦い方。
特に勝算の見込みが少ない相手なら尚更。
リベリオンブラストは主流の方法だが致命打に繋がらないのであれば即座に戦法を変える。
馬鹿に見えて技巧な一面が、脅威性の高い力に綻びを植え付けた。
「さぁ、俺に追いつけるか?」
爆炎の中から立ち上がった分身へとシリウスが向ける視線は冷徹。
その眼に宿るのは敵への情けではなく、戦いを終わらせようとする意志。
ほぼ同時に両者が地を蹴り上げると剣達が奏でる金属音の協奏曲が開幕した。
精密かつ大胆な剣技を繰り出すシリウスと神速を惜しみ無く使用する擬似態との戦いはまさに互角。
「模倣しか出来ない紛い物が」
だが刻と共に離れる両者の力量差。
擬似態の攻撃を紙一重に躱したシリウスとカリバーは剣先を突き付ける。
カウンターを軸にトリッキーさを重視した戦法は真っ直ぐなだけの疑似態を上回っていく。
「俺達に追い付けるわけねぇだろォォォッ!」
擬似態はシリウスのカウンターを受け、散らばる瓦礫と共に地へと盛大に崩れ落ちた。
「リファインバースト、ディゼルトエンドッ!」
カリバーの切っ先から放たれた凝縮魔力が彼の四肢を奔る。
四肢へと込められたパワーの奔流が身体を動かす度に溢れ、同時に爆発的な推進力による蹴撃が擬似態の額へとめり込んだ。
怒涛の連撃が炸裂、廃墟の壁を突き破ると同時に遂には制限時間を迎える。
「リズちゃん!」
消滅したタイミングでシリウスは叫ぶとリズへと視線を配る。
意図を汲み取った彼女は直ぐにもエグザム・ディザイアの銃口の標準クルミへと捕捉。
即座に射出された魔弾は意識が別へと向いていたクルミが有するマザーズ・ド・リアリズムを弾き飛ばした。
「グッ……!?」
勝ち誇った瞬間の急転。
トリッキーな性能故に純粋な戦闘スペックは低い化身の防御も間に合わない。
魔弾に引きずられ、クルミの体勢が崩れる。
リファインコードは地を叩きつけられ、後方へと幾度も跳ね返りながら転がっていく。
肉体から懐の写真がひらりと零れ落ちたその刹那、シリウスの手が迷いなくそれを
「ゲームオーバーは君だ、クルミちゃん先輩」
戦いの決着は余りにも呆気ない。
反撃を封じるように神速の力を溜め込むと切っ先を彼女へと向けながら制止を促す。
攻撃が掠ったのか手元から赤黒い鮮血を流すクルミは焦り気味に冷や汗をかきながら形勢逆転の状況に微笑を滲ませた。
「ハハッ……まさかここまでとは……クソみたいなあーしの悪運も尽きどころってやつ?」
「さて、ゲームの勝者には報酬が付き物。その音声の削除と聞かせてもらおうか? 君に依頼したクライアントの正体ってやつを」
じわじわと始末に失敗したクルミへと二人は近づき追い詰める。
さらに深くに位置する真のフィクサー、王子様とお姫様を翻弄した正体は誰なのかとシリウスは疑問を投げ掛けていく。
だが、その直後__。
『ッ……マスター南東方向ですッ!』
痛烈に放たれたカリバーの絶叫。
何事かと足を止めたシリウスの背後からは異空間の扉……言い方を変えればブラックホールにも酷似した小型の純黒な球体が出現を終えていた。
空間を歪曲させる黒き穴はやがては人型の何かがシリウスを吹き飛ばす。
「シリウスッ!?」
『マスターッ!』
鳩尾に繰り出された渾身の殴打は容赦なく神速使いへと衝撃波を与えるが即座にカリバーのリカバリーによって彼は受け止められる。
拳を叩き込まれたシリウスの顔面は僅かに凹み、額からは鮮血が滴っていた。
『マスター、ご無事ですか?』
「っと……危なっ、悪いカリバーちゃん」
想定外の奇襲が熱を孕んだ刃のように空気を切り裂く中、暫く忘れることはないないであろうハスキーな美声が全員の鼓膜を震わす。
「おやおやこれは……随分と苦戦を強いられているようねぇ……ミス・クルミ。プロフェッショナルの貴方がまるで仕事を全う出来ないとは」
「ッ! 何故……貴方が」
支配するのは妖艶なる威圧感__。
不適だったクルミも突如として現れた乱入者を前に心臓は爆ぜるような感覚が襲い、顔を歪ましながら戦慄を浮かべる。
シリウスもまた不意打ちを食らった身体を起こすと艶めかしい肉体美を強調する純黒のドレスを身に纏った美女が瞳へと焼き付く。
「いい匂い、私好みの絶望の匂い」
白鳥が装飾された荘厳なる帽子、気高き装飾の数々は威光に包まれ、黄の宝石を嵌めたリファインコードの杖を手にする存在は妖しく微笑む。
背後には審判官のような装束に身を包む威圧的な女性型の化身が彼女を包むように佇んだ。
「この女……何処かで既視感が……」
見覚えのある感覚に何処か漂う懐かしさ。
口元に溜まった血液を吐いたシリウスには歯痒さが襲いかかる。
喉元にまで迫っている目元が隠れたグラマラスな美女の正体、自答に行き着く前にリズの荒げた声がシリウスの耳を叩いた。
「
リズの言葉にシリウスは正体を認知する。
レヴダとの決戦時、自身を蔑む目線で見下ろしていた絶対的なる貴族の一人。
尋常ならざる色気と共に迫り来る者達に重圧を与えるナイン・ナイツの一角であるアリアンロッド家の名を冠する存在。
色欲を擬人化したような雰囲気が既視感の正体だと理解したシリウスを蔑むように手に持つ扇子で口元を美女は隠しながら笑う。
「フフッ……やはり学園を賑わす変革の王子様は実に魅力的。本当に食べてしまいたいくらいかわいい坊やね」
ゾクッと首筋に走る怖気は間違いなく強者からの警告。
今も扇子で隠している口は余裕綽々と弧を描いているのが容易に想像出来るだろう。
シリウスを坊やと見なしながら歪な情欲が見え隠れする魔女すらもひれ伏すナイン・ナイツの一角は優雅に一礼をすると静かにその口を開いた。
「ご機嫌麗しゅう皆様、私はナイン・ナイツが一角、アリアンロッド家当主を努めるゼベラ・アリアンロッド……以後お見知り置きを」
【ゼベラ・アリアンロッド】
・学園総合ランキング8位__。
・総合ポイント180000pt__。
ナイン・ナイツ、ゼベラ・アリアンロッド。
華麗なる動作も今はその気品ある笑みがシリウス達の感情を逆撫でする。
浮世離れした立ち振舞いの絶対なる強者は妖艶に耽溺しそうな空気を生み出すと傾きかけていた戦況に悠然と乱入を果たしたのだった。