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第22話 アリアンロッドの蹂躙

『アリアンロッド家……色欲を司るとも称されたナイン・ナイツ一角の現子孫の姿ですか』


「レヴダと同じで名残りはしっかりと残されてる……か。君がフィクサーってことね」


「そんな……何でナイン・ナイツの傘下なんかにッ!?」


 妖艶を言動にした絶対的なる佇まい。

 長身と美貌は貴族と相応しいものであり、世辞を抜きに絶世の美女と称すべきだろう。

 リズでさえ霞むほどの学生離れした存在は扇子で隠された口元を見透かしながらも周囲を見据えながら話を続ける。


「ミス・クルミ、貴方には彼の始末を命じたはずだけどこうも手こずるとは。パトロンとして貴方の活動に支援をしてあげているのにも関わらずこの失態と?」


「ッ……申し訳ありませんマザー」


「まぁいいわ、貴方は私のお気に入りだから。それに今のを見て気分が変わった」


 透き通る瞳は心臓へと掴みかかる。

 まるで弱みでも握られているかのように人が変わり、頭を垂れるクルミを横目にゼベラは艶めかしい視線をシリウスへと移す。

 足先から脳天までを品定めするように見詰めた彼女はほんのりと漂う香水を振り撒くと息を乱しながら光悦の表情に包まれた。


「野性的ながら清廉さを持つ瞳に屈強な肉体……そして内在する強固たる精神……どれも私の中枢を刺激する。あぁ欲しい……誰にも磨かれていない煌めく原石ほど欲しい物はない」


「絵に描いた独占欲、そういう部分も全然変わってねぇな。子は親に似るとは大した言葉だ」


「あら? 私のことをよくご存じで?」


「ご存じも何も嫌と言うほど知ってるよ。百年も昔から目が腐るくらい」


 能天気な彼もナイン・ナイツを前にする瞬間だけは珍しく嫌悪感を露わにする。

 寛容的だからこそ時折現れる底知れぬシリウスの息の詰まる表情にリズは思わず息を呑む。


「昔……フフッ……不思議な話、けどやっぱり貴方はあの伝説と同じ人物。ヴィルドの白薔薇……かつて大国を救い遺体の一つも見つからずに消息を絶った救世主。シリウス・アーク」


 学園で錯綜していたシリウスの実態。

 考察と議論が重ねられている中、ゼベラもその一人であったが今の発言で確信へと変わる。

 二度目の邂逅で昔と称した言葉にレヴダを撃滅した非凡なる素養、伝説を名乗るだけの紛い物ではないと彼女は確実に理解したのだった。


「同時にこちらの地位を脅かす驚異的な反乱分子、出る杭は迅速に潰すのが定石……でもその考えは今ここで改めるわ」


 傲慢な欲、理性を焼き切った彼を物にしたいという欲がゼベラを支配する。

 強者が弱者に対して抱く執着にも似た感情を抱いたゼベラは妖艶に瞳を揺らし、シリウスを見据えると扇子をパチンと閉じた。


「ねぇ貴方、私の物にならない? 私は私が欲しいと思う宝石をコレクションするのが趣味なの。貴方には素質がある、たっぷり可愛がられる方が世のため貴方のためと思わない?」


「口説きの常套句か? お前の王子様になるつもりはない」


「反抗的な性格は嫌いじゃない、でも今となってはナイン・ナイツ、いやこの学園全てが貴方を狙っている。綺麗なものが穢れるのは見たくないわ」


「自分から穢しにきといてよく言う」


「気が変わったと言ったでしょう? 破滅に進むくらいなら私の加護に付く方が幸福。そこにいる女同様、需要と供給よ」


 横目で視線を反らしたクルミを捉えたゼベラは扇子で口元を再び隠しながら嘲笑う。

 愛欲と支配欲が複雑に孕み合う強欲の悪魔の誘惑は執心するシリウスを捉える。

 これがただの色気ある美女であるならばシリウスは靡いていたかもしれない。


「破滅? 上等だよクソ野郎」


 だが、目の前にいるのは断じてその手の無害な女ではない。

 ただ能天気な女好きではないと甘美な誘惑を相手にせず、知ったことか跳ね除ける。

 まるで噛み合うことのない愛の攻防戦はシリウスの冷酷な言葉によって終わりを告げた。  


「残念ね。愚かな王子様」


 決裂と同時に叩き付けたリファインコードの杖は地鳴らしのように周囲を揺れ動かす。

 化身は秀麗な両腕を伸ばすと空間には漆黒すらもひれ伏す黒き闇の穴が幾度も顕現。

 その数は十、そして百と数を増やしては空間を蝕みながらゼベラは自ら穴へと身を投げ出す。

 瞬刻、耳障りな金切り音と共に現れたゼベラが背後の穴から杖を突き出す一撃を加えた。


「何ッ……!?」


 ゼベラは虚無と化して掻き消え、シリウスの背後を奪う。

 振るわれる魔杖の連撃は命こそ奪わぬが確実に魂を削る執念の一撃。

 神速すら意味を成さぬ不可視の奇襲、乱れ飛ぶ攻撃は時と軌道を歪め、迎撃も予測も叶わない。


「ノワール・プロヴィデンス、貴方が神の速さを有するならば私は神を食らう亜空の支配者よ」


『この動き……簡易的な異空間介入を利用した瞬間的な移動能力……?』


 比喩的なゼベラの発言も重なってカリバーは即座に彼女の有する力を看破する。


か?」


『我々のジ・ローゼンブリッジと原理は同じです。異空間を利用した能力、簡易的な異空干渉のワームホールを設置することで持続的かつ広範囲の瞬間移動を可能にしたと予測します』


「ハッ……サードシリーズの産物かッ!」


 だが、手の内を理解したとての話だろう。

 ノワール・プロヴィデンス、暗黒の摂理と名付けられたリファインコードは謂わば上位互換とも言える能力を有している。

 何処から襲うかも分からない異空間からの襲撃はナイン・ナイツ一角、アリアンロッド家の立場に相応しい理不尽なる強者の証。


「リファインバースト、ディゼルトエンドッ!」


 四肢にエネルギーを込め放出する技にて一矢報いようとシリウスは後方へと出現したゼベラへとカウンターの拳を放つ。

 しかし、お見通しと風を穿つように頭部へと投擲された杖は大きく彼のバランスを崩した。

 生まれた隙を最大限利用したフェイントを交えた攻撃の連続はカリバーの決死の相殺を持ってしても対応しきれない。


「チッ……!」


 不協和音が響く空間の中、後方へ退いたシリウスは、荒い息を整えつつ舌打ちを漏らす。

 逃がすまいと詠唱を放つゼベラは空間を捻じ曲げ、ワームホールに禍々しき輝きを灯した。


「リファインバースト、ザ・ノクス」


 異空間から射出されたのは高圧縮の光線。 

 瀑布のように降り注がれる全方位に及ぶ蹂躙は圧倒的な密度を伴いながら侵攻を始める。

 漆黒の魔力で編まれた乱撃に対して相殺を行うも生じた爆風にシリウスは地面に叩きつけられながら膝をついた。


「シリウスッ!?」


 引き起こされるアリアンロッドの蹂躙。

 レヴダとまるで違うトリッキーな戦法に翻弄される姿は死闘を物語っている。

 カイン、セイレンス、クルミと強者達との連戦に次ぐ連戦の末にナイン・ナイツとの対峙。

 撃墜されていても何ら可笑しい話ではなく、寧ろ軽傷で済んでいることが異常と言えるだろう。


「一分十五秒、このフォルトゥナゲームの経過時間よ。私はまだ三分以上も貴方を蹂躙する権利を有する。どう? 私の愛を受け止めるならば貴方の歯向かいは不問にしてあげるわ」


「愛? 支配の間違いだろ」


「愛とは千差万別、これは私なりの愛、私は常に馬乗りの位置で相手を愛でていたいの。男も女も全てにおいて私は上位でありたいッ!」


「変態な趣味だな、おばさん?」


「馬鹿にするわね、よ」


 プッツンと切れた音が鳴り響く。

 琴線を刺激する挑発は獰猛な肉食獣は弱者たるシリウスへと牙を向けた。

 一糸乱れぬ横槍を入れる隙もない連撃と異空操作は神速使いを容赦なく追い詰める。

 最強の意地、それでもなお食らいつく彼の身体能力は異次元の領域にまで及ぶ新世代との決戦だが隙を突かれ脾腹へとを叩き付けられるとゼロ距離からの痛烈なる打撃が襲う。


「リファインバースト、エピオンズ・インパクト」


 先端へと魔力を凝縮することで攻撃性能を上昇させる一撃をシリウスは即座に受け止める。

 だが後押しするように彼女の化身が追撃を加えると衝撃による一筋の亀裂が刻まれていく。

 咄嗟にカリバーは化身の巨躯を駆使した一閃で薙ぎ払うがワームホールを用いた瞬間的な離脱によって攻撃は虚空を切った。


(クソッ、付け入る部分が見当たらねぇか)


 双方共に一度距離を取った状況で口に溜まった血を吐いたシリウスは逆境に思考を巡らせる。

 これまでのような能力依存の相手ならまだしも本体の戦闘能力も高い隙のなさ。

 どうしたものか、少しばかり頭を悩まし始めた直後だった。


「シリウス、下がって」


「リズちゃん?」


 シリウスを加護するように前へと出たリズ。

 縋るような口調でありながらもその声色には確固たる自信が節々に伝わる。

 エグザム・ディザイアを握り直した彼女はこの激闘に僅かに存在する隙を見計らって闘志みなぎる呼吸を整えていく。


「お姫様に守られる、アンタには不本意かもしれない。けどこいつは……多分私の方が切り込めるかもしれない」


 今の彼女は戦乙女の称号が相応しい。

 エグザム・ディザイアから射出された血液は瞬時に彼女の耳元へと纏わり侵食を始める。

 反抗的な凝視を見せるリズだがゼベラは相手にしていないの如く、鼻で笑う。


「何の真似を、自ら蹂躙されに来たとでも?」


 再び異空間へと姿を消失したゼベラはリズの背後へと現れると頭部目掛けて杖を振り翳す。

 不協和音と共に相も変わらずな精度を誇る初見殺しの瞬間移動を用いた搦手の攻撃。

 だが目を閉じた彼女は何かを探すように異空から生じる不快なる音へと耳を一途に傾ける。


「……そこッ!」


 耳元をかすめた微かな気配__。

 予知のようにリズは即座に振り返り現れたゼベラに逆手の一閃を叩き込む。

 刃は寸前で防がれたが、瞬間移動を見切った鋭いカウンターを前にゼベラはすぐさま次の転移で距離を取った。


「マジか!?」


「やっぱり……この音がヒントだったみたいね」


 切っ先を向けながら慈悲を知らない冷淡な表情を浮かべるリズへとゼベラは目を細める。


「アンタの能力はワームホールを用いたインチキ移動、でもこの鳴り響く反吐が出るような雑音、アンタが接近すると僅かに音が肥大していた。それが弱点」


「へぇ……鋭いのね。血液を鼓膜に流し込んだのは血流改善による一時的な聴覚の覚醒によるもの……自らを理解している」


「伊達にアンタ達に喧嘩は売ってない。二人仲良くお陀仏になるつもりなんて毛頭ないわよッ! この脂肪塗れッ!」


 豊満な肉体を脂肪塗れと挑発した戦乙女の言葉にゼベラの眉はピクリと動く。

 皮肉めいた笑みを浮かべながら一歩、また一歩と近寄る女は段々と憤怒が見え隠れをする。


「フフッ……フフフッ……! 蚤が龍の仕組みを知ったところで戦況が変わると?」


「どうかしら? やってみなさいよ」


 一触即発の境地。

 対峙する両者の間に迸る重圧はクルミでさえも普段の軽口を叩けないほどに空間を張り詰めさせ、重油のように場を支配していく。

 相対するだけで全身を突き刺すような刺激が支配すると双方の思惑を理解するのには十分。

 シリウスもまた息を整えると二対一の修羅の場にも等しい構図が完成した。


「全く……やはり貴方達はこの場で踏み潰すのが相応し……」


 そう、仕切り直しからの再戦は今か今かと始まろうとした寸前だった。


「いや……少し熱くなりすぎてる。ここで仕留めるのは可能性を奪うというもの」


「「はっ?」」


 突如としてゼベラは攻撃の手を止める。

 ここで戦いを終わらすのは惜しいという言葉を表したように表情を歪ませていく。

 勝つことが大前提にサディスティックな光悦に包み込まれたゼベラは妖しく笑みを浮かべた。


「憎らしいほどに反抗的、でも貴方には魅力がある。仕留めるのは惜しくなった」


「何のつもりだ? 折角ゲームも盛り上がってきたのによ」


「盛り上がってるからこそゲームは長く楽しみたいでしょう? 絶対的な弱みを握られる貴方がどう出るのか……その動向が気になってね」


 ルールのシステムを突いた一つ拡散されれば瞬く間に学園全てのプレイヤーが敵となるクルミが有するあの音声。

 ミュージカルの如く、鼻につく動きを絡めながらゼベラは悪魔にも似た形相で二本指を立てる。


「二日間、貴方達には猶予を与えましょう」


「猶予?」


「この期限で私は貴方へと服従か蹂躙かの二択を求める。何事も考える時間は欲しいでしょう?」


 二日間、それが彼女の提示する猶予。

 他のナイン・ナイツ牽制による戦力増加として手中に収めたい理性。

 追い詰められる人の顔が見たいという本能がゼベラの中でせめぎ合い、結論が提示された。


「お前の靴を舐めるか、惨たらしくやられるかか、随分と余裕そうだな」


 尚も反抗的なシリウスに喜びに満ち溢れる表情で含み笑いに満たされるゼベラ。

 満足気に身を翻すと二人から距離を取った彼女は空間に浮かぶワームホールを顕現する。


「まぁ答えはゆっくり待つとしましょう。行くわよミス・クルミ」


「……畏まりました、マザー」


 ゼベラの呼び掛けにクルミはワンテンポ遅れて細々とワームホールへと飛び込む。

 彼女もまた退場しようと身を乗り出した時、何か良からぬ物を思いついた事を意味する口角の上がった不気味な表情が浮かんだ。


「あぁでも……私のにはちょっと巻き込まれてもらおうかしら」


「あっ?」


「ナイン・ナイツは険悪でね。この事が知られると色々と面倒だから事故として処理したい。けど貴方達……下手したら


 不穏なる言葉と共に鳴らされた指。

 瞬間、双方を遮るように生成されたワームホールからは新たな人影が姿を現す。

 筋肉質かつ美丈夫な容姿、赤髪が靡く彼女に心酔した表情を見せる男は華麗に着地を決めた。


「マザーのお呼びとならば何処へでも」


「マーズ・サエンティア。優秀な親衛隊の一人よ」


 【マーズ・サエンティア】

 プレイヤーランキング29位__。

 獲得ポイント80010pt__。


「ッ! ゼベラの右腕ッ……!」


「右腕? 変態女の側近か?」


 まるで忠臣のように傅いた男。

 即座に警戒を敷くシリウス達へとマーズの名を持つゼベラの腹心はゆっくりと華麗に立ち上がる。

 彼の肩にはリファインコードであろう槍の武器が担がれ「オーバーコード」の詠唱と共に岩漿に包まれる巨駆の化身が姿を現した。


「彼は素晴らしいのよ? ファットマンの能力はマグマを用いた爆炎と爆発の能力、この遺跡一帯くらいなら私が介入した痕跡を消せるくらいには……十分な火力を有している」


「待て……お前まさかこの一帯ごとッ!?」


「精々消し炭にならないよう、頑張りなさい」


 彼女の凶行を察した時はもう遅い。

 意図を理解したシリウスはリズ、いやこの場にいる真意を知らないプレイヤーを守ろうと駆け出すが一手早くゼベラの腕は振り下ろされた。


「嘘でしょッ!?」


「おい待てッ!」


「リファインバースト、マジックガンマッ!」


 合図としてマーズの有するファットマンは灼熱を思わせる溶岩が四本脚の異形の姿を象ると猛々しい雄叫びを上げる。

 槍が地面へと直撃した途端、赤熱の溜まり場へと変貌した大地からは炎が吹き荒ぶ。


「はい、ドォォォォン!」


「ウソだろォォォォォォォォッ!?」


 痛烈に放たれた叫び声と狂気の声。

 地獄という言葉も生易しい沸騰した血潮の如く煮えたぎる溶岩から高々と打ち上がった火柱はこの退廃の世界を包み込んでいく。

 瞬く間に業火はあらゆる森羅万象を包み込み、豪炎が吹き荒れた。

 一切合切、容赦なく灰燼に帰すは岩漿は汚染された痕跡さえ残すことはない。

 仕組まれた椅子取りゲームの結末は、圧倒的なアリアンロッドの理不尽で幕を閉じたのだった。

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