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第23話 逆襲の布石

『ハロハローオーディエンス、今日のセリナホットラインは緊急ニュース! いやぁ大変、なんとあのサンクトゥム遺跡がスーパー爆発事故にあったってニュースが飛び込んで来たよ!』


 とてつもなく重い内容を不謹慎レベルの軽すぎる口調と動きで始められた報告。

 アジテーターを務めるセリナは画面越しからでも伝わる壊滅的な遺跡という最新情報をポップかつ言葉巧みに公開していく。

 教室に内在する生徒達はセリナという淫魔に魅了されながらもその甘くとろけるような声に耳を一心に傾けていた。


『ひぇ〜こわ〜い! 恐ろしいことも起きるもんだね! でもでもホワイトファングによれば死者はゼロみたいだからオッケー♪ 結果良ければ全てハッピーエンドってね!』


 しばらくは忘れないであろうコミカルな動きを交えたセリナの言葉に生徒達は安堵に包まれる。

 死者のないただの爆発事故、伝えられている実情は半分が正解の半分が的外れである。

 その内、複雑な真実を知る二人は教室内にて放送を流し耳しながら騒がしさに包まれていた。


「ハッピーエンド……ね。どこにもハッピーな要素なんてなかっ……あだだっ!? リズちゃんそんな強引にしないで!?」


「一々動くな男でしょ!? 私のリファインコードの血液があれば直ぐにでも治る、下手に処置したら外的な後遺症が残るわよ」


「えぇでも痛いし……君の可愛さと同じようにふんわりとしたやり方で!」


「アンタはまた……!? もう! 直ぐに終わるから我慢しなさい、なるべく痛くしないから」


 今の彼を称するのなら傷だらけの天使。

 傷口が刻まれているシリウスはリズからの血清を利用した治癒を悶絶混じりに受けていく。

 血塗れにされた制服が身に纏われた痛々しい傷の深さを知らしめるが段々とリズが支配する血液が身なりは清潔と化す。

 攻撃性特化のグロテスクな偏見を持たれがちなリズのリファインコードだが実態は治癒なども行える汎用性の高い能力だ。


「はい治癒完了、取り敢えず痕にはならない処置は行ったわ。それでも何かあるなら医療センターにでも行って治してもらいなさい」


「おぉすご〜い! ありがとねリズちゃん!」


「……感謝するのは私の方よ。あのニュースが死者ゼロなのはアンタのおかげでしょ? 私がこうして今も生きているのもアンタの力が」


 治したとは言えそれでも薄っすらと見える焼けたような痕の手をリズは指でなぞる。

 まるで子供を愛撫するように、自分の目から離れれば死にそうなくらいに突っ走る破天荒な王子様を労わるように。


「私はアイツの暴走に何も出来なかった。でもアンタは全プレイヤーをあの爆発から逃がす為に満身創痍の身体で神速を使って」


 何故彼は傷だらけの王子様となったのか。

 時間はちょうど一日前までに遡る。


「バイバ〜イ、王子様ッ!」


「お前正気かッ!?」


 一秒ごとに広がる爆炎の渦。

 驚愕するシリウスを嘲笑うようにこの地獄を演出したマーズは他人事のように手を振るとワームホールへと避難を終える。

 残されたのは引き起こされた爆発のみ、遺跡は業火の波へと完全に呑まれる寸前。


「……リズちゃん、俺に命を預けろ」


「えっ?」


 手段は選んでいられない。

 間違いなくこのままでは全員が死ぬ。


「カリバー、行けるよな?」


『えぇマスター、救援活動に移行します』


 普段のちゃん付けを外し、軽口を叩きあうこともない最低限のやり取りは極限まで切羽詰まっていることを物語っている。

 瞬時に状況を呑み込んだ二人は米俵のように有無を言わさずリズを抱えながら神速を発動した。


「ッ! ち、ちょっと!?」


「間に合えよ……速さが俺の全てだろッ!」


 誰一人として死なすことは許さない。

 一秒のロスも許すことなく、爆発に巻き込まれたプレイヤー達を救うべくシリウス達の神速は青い閃光として駆け抜ける。

 高々と噴き上げた焔の渦を掻い潜る身に纏う超加速は次々と事情を知らぬプレイヤーを遺跡外へと退避させていく。


(爆煙と残骸の散布……これに影響されない距離まで行けるか……! いや行くしかねぇッ!)


 最早何往復したかも分からない。

 神速と根性の総動員にシリウスは必死に取り繕い、肉体を酷使しながらも突き進む。

 肺は悲鳴を上げ、心臓の鼓動は異常に早まる身体には必死に鞭が絶え間なく打たれる。

 欠乏する酸素を超える正気の沙汰ではない集中力に支配されるシリウス。

 やがて最後のプレイヤーを自らの指定した安全圏へと勢いよく放り投げたのだった。


「グッ……!?」


 ほぼ同時に遺跡は完全に焔へと包まれる。

 数多の瓦礫は霰の如く宙を飛び散り、火の手が聳えていた壁のような地面を吞み込んでいく。

 光に遅れて切り裂くような轟音が木霊したのを最後に広大な業火に包まれた歴史を持つ遺跡は完全には焼き尽くされ焼失した。


「あ、あれ……一体何が」


「俺達椅子取りゲームしてたんじゃ……?」


「って、ちょっと遺跡がッ!?」


 衝撃によって気を失っていた者達は目を覚ますのと併せて視界を覆い尽くす灰燼と化す猛火が遺跡の惨状が一同を騒がす。

 案の定、場は混沌に包まれるが逆にそれはシリウス決死の加速が成功したことを意味していた。


『負傷者は軽度の火傷のみ……死者及び重篤なプレイヤーはゼロです、マスター』


「ハッ……ハハッ……万々歳……だな」


 カリバーの言葉に遂に力が抜けたシリウスは真っ逆さまに地面へと墜落するように倒れる。


「ッ!? シリウス! シリウスッ!」


 今だけはお姫様の言葉にも応えられない。

 必死に呼びかけるリズにただ薄っすらと微笑みながら意識は闇へと委ねられる。

 最悪の展開を回避した最強と称される傷だらけの旧式の神速使いはゆっくりとまるで死ぬように目を閉じたのだった。


「ホントに……あの時は死んじゃったかと思ったわよ」


「まぁ死にそうだったけど、涙目なリズちゃんが薄っすら見れたから満足かな?」


「へぇ……アンタってホントに死に急ぎね」


「アダダダダダダダッ!? リズちゃん悪かったッ! これには事情がぁぁぁぁぁッ!」


 言葉の地雷を踏み抜いたシリウスは赤面のお姫様から手を強く抓られている。

 羞恥に満たされながら眉をピクピクとするリズの姿もまた可愛らしいと発しようとしていた言葉も彼女の鉄槌によって塞がれていく。


「いっつもペース乱される……とにかくアンタのおかげで私も皆も助かったわ。けどそれは……あくまで微量な延命だと思うけど」


「分かってるよリズちゃん、あの裏切りクルミちゃん先輩が持つ音声だろ?」


「ッ……あれがもし散布されでもしたらアンタにとってどの場所だろうとどの時間だろうとゲーム会場になる可能性がある。そんな状況になればいくら実力者のアンタだって」


「ゲームオーバー直行だね〜流石にこの学園全員の相手を一気にするのは難儀なもの。かと言ってゼベラの下僕になるのもね」


 不利に等しい引き分けの結末。

 学園全てを巻き込む残虐なゲームを引き起こされる弱みを握られたシリウスは軽快な口調ながらも余裕な素振りはない。

 今の彼の運命を決める生殺与奪の権限はあの裏切りのクルミが握っているのだ。


「こっちから仕掛けようにも物的な痕跡は爆発で全て消し炭、いやそれ以前にクルミちゃん先輩のアレがある限りは詰みってやつだ」


「クソッ、見損なったわクルミ先輩……! あの人は違うって思ってたのに結局……!」


 当然の如く、怒りの矛先を向けられたのはまんまとこちらを術中の渦へと仕向けた彼女。

 クルミ・アクセルロード、孤高であったはずの真実の探求者の裏切りにリズは怒りで拳を握る。

 最初から仕組まれていた椅子取りゲーム、最後は実行役を含めて全員諸共吹き飛ばそうとした凶行は正義感の強い彼女の激情を煽った。


「おっ、貴方達はッ!」


 と、複雑に残酷に入り組んでいた背信行為の連続に憤る中、緊迫した空気に横槍を入れるような軽快な声が二人の鼓膜へと響き渡る。

 振り返ったその先には黒が侵食する海のような美しき蒼に満たされる髪を持つプレイヤー。

 推しの女の子に尻尾を振るシリウスとも似た忠犬の雰囲気を醸し出す記者倶楽部の副部長。


「あれ君……確かあの時」


「アンタ記者倶楽部のッ!」


「はい、ロッテですッ! いやぁお二人さんも大変でしたね、まさかあのサンクトゥム遺跡で爆発事故が起きたなんて。でも部長が見込んだお二人さんが生きてて良かったっす!」


 記者倶楽部副部長ロッテ・ティーファルス。

 天真爛漫な笑顔を浮かべる男は二人の無事にホッと胸を撫で下ろした。

 だが健気に満たされる彼とは裏腹にリズは他人事のように言葉を言い放つロッテにふるふると身体を震わすと勢いよく胸ぐらを掴む。


「アンタ……よくもまぁ私達にあんなことしておいてそんな態度をッ!」


「えっ? い、いや何のことを」


「惚けんじゃないわよッ! アンタ達の部長のせいで私達は絶体絶命の危機にッ! アンタもあの時、クルミ先輩の取り引きの場にいた。そのくせによくも他人事みたいな……!」


 血気迫った勢いは相手に冷や汗をかかせ、リズは構わずズケズケと怒りを胸に迫り続けた。

 忌憚のない言葉が次々と投擲される中、堪らずロッテは慌てて言葉を開く。


「ちょっと待ってくださいっす!? 部長のせいって何のことですか……? 俺は何も、あの時も少しだけ説明の手助けをしてくれと言われただけで」


「はっ……?」


 まるで何も知らない形相。

 その顔に嘘は見えず、本心からリズの言葉を理解出来ない様子が見て取れる。

 彼女も思わず疑問符が頭上に浮かぶと襟元を掴んでいた力が弛む。

 部長と副部長、同じ現場にいた両者にも関わらずクルミと違った蚊帳の外な雰囲気がロッテの節々から感じ取れるのだ。


(……まさか)


 瞬間、シリウスにはある考察が過る。

 同時にそれは完璧とも考えていた牙城を崩せる一筋の光を見出す。


「リズちゃん、ちょっと」


 リズに手招きをしつつ耳元で小さく囁く。


「彼、ホントに何も知らないんじゃないかな? あの様子に嘘は全く見えないよ」


「えっ? でも……倶楽部の副部長が何も知らないなんてそんなことが」


「クルミちゃん先輩は記者と人材エージェントの兼業だったはずだ。副部長として記者の彼女は知っててもエージェントとしては知らないってことも可笑しい話じゃない」


「じゃあ……あの取り引きで彼は本当に何も知らずに手伝ってただけだと?」


「俺達の警戒心を解くための装置とか? あの純粋な雰囲気はその場にいるだけでも心が解れる」


 耳元で囁かれる考察にリズは訝しみながらも一理はあるかもしれないと反論を呑み込む。

 腹の中が読めないクルミとは裏腹に腹の中を全て曝け出しているような純朴なロッテへとシリウスは微笑を見せながら視線で捉えた。


「ごめんねいきなり突っかかって、こっちも色々あったんでね。君の部長さんに裏切られたりと」


「部長が裏切り……? そんな冗談な、あの人は罠で陥れるようなことはしないっすよ! 俺はクルミ部長の大衆の味方をする正義感ある姿に憧れてこの学園に入学したんですから!」


「あぁ〜……悪いけど、その姿は嘘だと思うよ」


「へっ?」


 彼女を信じて疑わない姿勢にシリウスは少しばかり躊躇う。

 だがこのズレは何処かで直さなくてはと意を決してロッテへと椅子取りゲームの真実を伝えた。

 ゼベラと蜜月の関係にあること、椅子取りゲームを利用してこちらの脱落を画策したこと、彼女が犯した生々しい裏切りの全てを。


「なっ……い、いやあり得るわけないっすよ部長がそんなことをするなんて! ナイン・ナイツの犬になるなんて部長が一番嫌うことなのにッ!」


「ところがぎっちょん、これが事実だ、君は慕ってるかもしれないが俺達からすれば良心に付け込んで奇襲を仕掛けた最低の人間だな」


「し、証拠はあるんすか! 部長が椅子取りゲームの場にいたっていう証拠はッ! だって俺にあの時は企画提案で出版社に向かっていたって」


「証拠……大体はあの爆発で木っ端微塵だけどこいつは使えるかもしれないな」


 シリウスが懐から取り出した産物。

 それはあの激戦の際に怯んだクルミから強奪した写真の数々だった。

 部分的に焼き焦げているのがあの場で彼女から奪い取ったことを痛烈に裏付けている。

 瞬間、全く信じる素振りのなかったロッテは目の色を変えると焦ったように取り乱す。


「遺跡内で彼女から奪い取った写真だ、触るか?」


「こ、この撮り方は部長特有のスタイル……そんな……じゃあ部長も遺跡にいて貴方達を裏切っていた……?」


 常に側にいたからこそ分かる明らかにクルミが撮ったであろう構図に彩られた焼き焦げた写真。

 信じられない、信じたくない、だが間違いなくこの写真は彼女のもの、今の自分にはこれを否定するだけの武器はない。

 狼狽するロッテは無意識に後退りを始めるとへたり込んだ。


「信じたくないなら信じなくていいさ。だが部長は君に嘘の情報を吐いた。そしてゼベラという魔女に魂を売って俺達を窮地に陥れた。それを捻じ曲げるつもりは一切はい」


「何で……俺の家は貧乏で、ナイン・ナイツの圧政で両親が苦しんでいて、そんな時にあの人の記事を見たんです」


 漏れていくように動揺するロッテはポツリポツリと言葉を吐露していく。


「誰だろうと媚びずに歯に着せぬ物言いで噛みついて真実を求める姿に憧れて……弱者でもあいつらに立ち向かえるんだって思えたから必死にリファインコードを学んで……俺はあの人の元にッ!」


 シリウスは本能で感じる、放れている数多の言葉は内に眠る魂から吐かれていることを。

 取ってつけた悲劇で騙そうとした二人とは違う心の中枢を刺激する声の震えを。  

 何事かと通り過ぎる生徒達の視線も気に留めずロッテは全てを明かす。


「こんなこと滑稽に思えますけど俺にとってあの人は神様なんです。罵られたって許してしまうくらいには希望の人なんです」


 赤裸々に語られる純情男子の言葉にリズもまた彼への勘違いだった怒りは収まっていた。

 同時にクルミという存在に良くも悪くも振り回されていた自分と似た立場に同情の視線を送る。


「部長は今も尊敬しています、ひよっこだった俺にノウハウを教えてくれて。記者として育て上げてくれて……でも同時に何処か距離がありました。人材エージェントだって協力したいと言っても君には関係ないって……壁を感じていないと言えば嘘になります。でもこんなナイン・ナイツと繋がっていたなんて……信じたくありませんよッ!」


 彼の姿にリズは表情を歪ませながらただ名前を消え入るような声で呼ぶ。

 神様の隠し事に翻弄されていたと知った顔は絶望に染められていく。


「シリウス……これは少し一人にさせて」


「チャンスってやつだな」


「えっ?」


 誰だって今の彼に声を掛けようとは思わないだろう、しかしシリウスは項垂れるロッテへとしゃがむと優しく肩に手を置いた。


「辛いはずだ、信じたものが偽りだった時ほど受け入れ難いものはない。けどな……いいか? 俺は今から偉そうなことを言う」


「偉そうなこと……?」


「愛しているなら疑え、疑って違うと思うのなら正面からぶつかれ、盲目は愛じゃない。だから今度は君が?」


「えっ?」


 突然の一言。

 目を点にしたロッテへと畳み掛けるようにシリウスは言葉を紡ぐ。


「言い方を変えよう、俺達に協力して欲しい」


 絶望の底へと堕ちた少年少女は同じく絶望に絡め取られた純情を穢された少年へと反撃に燃える狩人の瞳を痛烈に向けたのだった。


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