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第25話 修羅の場は突然に

「……じ」


「「自殺ッ!?」」


 思わず同時に飛び上がった二人。

 喧騒なんて全く感じさせない少女の実態は余りにも衝撃的なものである。

 重い重い空気が場を淀ませる中、ロッテは新聞の切れ端などあらゆる生々しい書類を次々に机へと敷いた。


「ありましたよ小さく記事の一部に。リストカットによる大量出血を死因とした自殺、第一発見者までは分かりませんでしが既にその時には……もう手遅れの状態だったようです」


 中には血痕にも思えるものすらも写り込んでいる写真に思わずリズには嘔吐感が襲いかかる。

 いつもの強気な彼女も耐性のない凄惨な光景を前には直視できずにいた。


「うぷっ……ち、ちょっとストップ! 何故自殺なんかを? まさかクルミ先輩が」


「そこまではまだ。けど一つ言えるとすれば彼女はトリシオンの花を育てていたという情報が上がっていました」


「トリシオン……あの違法植物?」


「治療効果の反面、毒性を持つ花として二年前に法案可決で違法とされた植物です。突然の決定もあってかなりの数が検挙されたとも」


「まさか……その為の自殺? 逮捕されるのを恐れての図りと?」


 昼に食べたものが全部飛び出すのではないかと思うほどに冷や汗をかきながら問われたリズの疑問にロッテは「恐らくは」と肯定の言葉を返す。


「警察組織はグレーゾーンな過激活動の噂が多発しているナイン・ナイツ傘下のマンハンター部隊です。あるなしの罪を無理矢理吐く羽目になるくらいなら死のうと思うのも無理はないっすね」


「クッ……警察組織がそんなんで何が大国、あんのクソ親父こんな状態のくせにアイツらに媚びへつらって一発ぶん殴らないと……!」


 同時に湧き上がるのは現国王への怒り。

 ただでさえ理不尽に振り回されていたというのにこの状況を放置していたと思うとリズの憤怒は急速に増大を始めた。  

 血管が浮き出るほどに拳を握る力は強くなりながら憤りの歯軋りを奏でる。


「ふ〜ん、理解した。けど何故これがクルミちゃん先輩を蝕んだ? 親友ってだけなら奴らに魂を売るまでいかないはずだ」


「そこっす。この少女は知れましたが、だからと言って部長がアリアンロッド家に屈する因果関係が見当たらないんす。そこさえ分かれば……奴らを出し抜けるかもしれないのに」


 少女Kの死とゼベラへの服従。

 真相に近付いてはいるも核心と言える部分の関係性は未だに不明瞭のまま。

 クルミの身に何があってアリアンロッド家が関わることになってしまったのか。 


「となれば……生で見てみるしかないよな。思い立ったが吉日ってね」


「えっ見る?」


「行くんだよ、その孤児院にさ!」


「なっちょ!? ま、待ってください、あの孤児院はマンハンター部隊の管轄にあって警備兵もいるんすよッ!? 俺だって流石に怖くて潜入までは! いくら学園の生徒だからってそんなことがバレれば五体満足では済む保証はッ!」


「今更そこに怯える必要はないだろ? 俺達は後に引けないんだ、なら進む一直線でしょ!」


 引き下がれないとは言えど猪突猛進な勢いにロッテは驚愕に満たされるが「諦めろ」と言わんばかりにリズは彼の肩へと優しく手を置いた。


「もう無理よ副部長、呑まれるわ」


「呑まれるって何がッ!?」


 不気味でしかない微笑を捧げるリズの言葉の真意は直ぐにも現実として現れる。

 良くも悪くも振り回す即断即決のこの男、一度勢いに乗ったら止まらない。

 身体を解すようにネクタイを緩めたシリウスは二人へと満面の笑みを向けた後に駆り出した。


「へぇ、アレが例の孤児院か!」


「本当に来ちゃった……あぁこんなのバレたらマンハンターにタコ殴りにされる……! 俺ないのに戦闘センスゥッ!」


 少女の秘密が眠る孤児院へと。

 一行が位置しているのはレヴィーランズ新王国に位置するスラム街エリア。

 その中、赤く染まった雲を見上げながら乾いた風が吹き抜ける街の片隅にポツンと建つ一階建ての古び窶れた孤児院。

 ただでさえ退廃の色が強いこの地区の中でも一際目立つその施設は人を寄せ付けない暗黒の匂いが蠢いていた。


『ここがレヴィーランズのスラム街……ヴィルド帝国と変わりがありませんねマスター。ナイン・ナイツの影響でしょう』


「技術だけか進歩したのは、嫌になっちまうぜ」


 路地裏から孤児院の様子を伺う中で無造作に横切る群衆は誰もが薄汚れて生気を感じられない。

 広大ながら閉鎖感のある光景の世界はとても居心地の良い場所とは言えないだろう。

 愉税の限りを尽くす貴族達が支配するゲームの下ではこの惨状が放置されていることにシリウスは呆れながらにため息を吐いた。


「これがレヴィーランズの現状よ、ヴィルド帝国時代との変わりなんてない。何も成し遂げられてない私も同罪だけど……でも取り敢えず今はあの孤児院にどう介入するかね」


 切実に言葉を紡ぐリズが指差した方向に位置するのは正門へと佇む複数の黒鉄の騎士達。

 腰部に剣を備える番人は石像の如く、直立不動で警備に当たる姿はまさに鉄壁と言えるだろう。


「ロッテ、アンタの能力……存在を操るアレ、使えばバレずに侵入出来んじゃないの?」


「可能性はあるっす。けど存在を薄くするだけで確証はありませんし、今は昨日の作業でリファインコードを使える魔力は残されてないっすよ」


「そう……スムーズには行かないか」


 凝視すれば内部にも複数の騎士がいる面倒な状況にリズは思考を巡らせていく。


「シリウス、アンタは何かいい考えでもある……あれ?」


「あのすみません……シリウスさんなら」 


「えっ?」


 指を差された方向。

 思わず失念していた展開に神経を駆け巡る熱い血が急速に冷えていく感覚が襲う。


「ハロー、お勤めご苦労だねマンハンター?」


「正面突破ァァァァァァッ!?」


 髪が逆立つほどのブチ巻かれた絶叫。

 忽然と姿を消していたシリウスは堂々な正面突破と威圧感を物ともせずに佇むマンハンターへと気さくに話し掛けていたのだった。

 任せろと言わんばかりに小さくサムズアップを浮かべるシリウスに「この野郎」と心の中で毒を吐くが時既に遅い。


「あっ? なんだ貴様? 俺達を誰だと思って偉そうに話しかけている?」


「その制服……まさかレザヴィクスの生徒か? ガキが何の用だ。ここはアリアンロッド家の指示によって管理された施設、部外者の立ち入りは許可されていない」


「いや〜少しこの孤児院に用があって。邪魔にならないようにするからちょっとだけ通して貰えるかなって、マンハンターさん?」


「ハッハッハッ! 俺達を誰だと思ってる? ナイン・ナイツの命を受けた我々に貴様のような獣臭いガキの要望が通用とすると? 少し灸を据えてやろう」


 当然のようにシリウスの軽快な姿勢を問答無用で一蹴したマンハンター達は剣へと手を伸ばす。

 当たり前の判断だ、従うのはアリアンロッド家の命令だけで部外者を通すことなどありえない。

 流れるように蹂躙へと移ろうとするが彼らは完全に見誤っていた。


「えっ……?」


「まっ、そう言うと思ったよ」


 獣臭いガキがただのガキではないことを。

 刹那、意識の追いつかない間に顔面を掴まれると投擲される形で鉄格子の扉へと激突。

 扉ごと強引に奥へとめり込まれ、訪れる戦慄は痛みとなってマンハンター達の体に迸った。


「ぐぶぇあッ!?」


 情けなく吐かれた悶絶。

 屈強な身体は地面を抉るように横転するとやがては仰向けになる。

 瞬きすら許さない速度での撃滅に内部にいたマンハンター達は数秒遅れで引き起こされた事態をようやく理解した。


「な、何だッ!」


「貴様、何をしてッ!?」


 突如として君臨した翼のない天使。

 盛大に飛び散る土埃を背景に微笑を見せる存在に当然のように報復の剣を振り被る。

 だが隙のない動作ですら物ともしないシリウスの常人離れな動きは俊敏にそして確実に首元へと飛びかかっていた。


「眠ってくれ、悪いけど」


 乱暴に襟を捕まれた男は声にならない悲鳴と共に宙ぶらりんとされるがままに拘束。

 今度は手前へと吹き飛ばれると頭部を地面に埋め込まれなす術もなく失神へと陥る。

 圧倒的な数的有利、背後から急所を狙うマンハンターは黒漆の刃を振りかざす。


「この野郎ッ!」


 だが、即座に魔法陣から顕現されたカリバーによって渾身の一撃はノールックで防がれると両者の刃は火花を散らしながらに静止した。

 軽々と押し返された肉体へと峰打ちは容赦なく叩き込まれ空を裂く雷鳴のような打撃はマンハンターを吹き飛ばしながらに壁へと激突。


 暗雲が垂れ込める戦場。

 鉄の臭いと焼け焦げた大地の香りが混じり合い、死の予感がそこかしこに漂う。

 大勢の敵影が動いた瞬間、風が鋭く鳴り、刃が激しく閃いた。


 弾かれる剣圧、瞬間的な力の応酬。

 一撃、二撃、三撃、交差する閃光の中で白き影が疾風のように駆け抜ける。

 敵の刃も襲いかかるが読んでいたかのように上体を逸らすと足を捌く。

 紙一重の回避で瞬時に生じた敵の死角を決して逃さず、刃を次々に叩き込む。


「馬鹿な……俺達マンハンターがッ!? こんなミルク臭いガキにやられるなどッ!」


 圧倒的な力の差。

 風が巻き起こる、彼の眼が冷たく輝く。

 怒り心頭で残された最後の一人は息の根を止めようと振り被ると狂暴な獣と化すが我武者羅な猛攻など通用することもなく。


「何ッ!?」


 軽々と体勢を崩されると反撃の機会を与えないシリウスは既に懐へと達していた。

 狙うはわずかな隙、ただの一瞬、されどその刹那が勝負の明暗を分けていく。


 握る剣を逆手に持ち替え、全身を捻る。

 筋肉が軋む感覚。足元の大地が僅かに沈む。

 そこから生まれた圧倒的な推進力が、彼の身体を鋭い旋風へと変えた。


「ハァッ!」


 疾風の如き旋回。

 銀の軌跡が描かれ、刃は鋭く唸る。

 振り抜かれた剣の峰が戦神の鉄槌のごとく炸裂すると轟音と共に敵の身体がめり込む。

 砕かれた瓦礫が四方へと弾け飛ぶ中、最後の一人は抗う間もなく意識を闇へと手放した。


「ふぅ、いっちょ上がりっと」


 お仕事完了とパンパンと手を払ったシリウスは再び施設外へと飛び出すともはや怖さのある満面の笑みをリズ達へと投げ掛ける。


「中入れるよリズちゃん! ロッテちゃん!  早く少女Kの真実を突き止めようじゃないかッ!」


 仮にも素人ではまるで歯が立たないプロの組織であるマンハンターを無双。  

 もしもこの狂犬の王子様が敵だったら……想像するだけでも凄まじい悪寒が背筋を伝う。

 余りにも強烈すぎる強行突破を軽々と成し得たシリウスに失笑を浮かべるしかない。


「す、凄いっすねやっぱり……あの人」


「ホントに……敵じゃなくて良かったわ」


 下手なホラー小説以上に戦慄した二人は互いに互いを見つめ合いながら彼の後を追うように孤児院へと足を進ませるのだった。

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