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第26話 少女Kの原罪

「随分と不気味なところだね〜もっと可愛い子猫ちゃん連れて来れば良かった」


「不謹慎なこと言わないの」


 マンハンターとの戦闘後、律儀に鉄製の柱へと彼等を縛り付けた一行は静寂が支配を行う孤児院内部へと潜入を果たしていた。


 周囲には張り巡らされた蜘蛛の巣。

 湿気を大量に含んだ空気が嫌悪感を煽るように衛生環境はお世辞でも褒められない。

 管轄にしては余りにも放置された状況、差し込む日差しの光に数多の埃が美しく漂う。


「今はもう使われてない忘れ去られた聖域……だったかしらロッテ?」


「はい、突然施設運営の無期限停止が決定、今はアリアンロッド家傘下のマンハンター部隊の管轄にいる状況っす。まさか内部に潜入するなんて思ってもませんでしたけど……」


「ここにいた者達は?」


「全員他の施設に。俺が話を聞いたのも元職員の方でしたから」 


 会話を交わしながら一同は奥へ奥へと薄暗い通路を進み続けるとやがては全ての悲劇の始まりである失楽の場所へと辿り着く。


「孤児院は四角上の形をして中心部には大木が目立つ中庭が設置されている構図っす……っとここがケー・A・クラリスの部屋っすね」


 角に存在するこじんまりとした一室。

 ヒビの入った花瓶に存在する萎れた花など退廃の遣る瀬無い匂いが随所から漂う。

 世界から隔絶された感覚に囚われる三人を嘲笑うかのように無数の埃が宙を舞った。

 つい咳き込むリズに目を向けながらもシリウスは少女の悲劇が眠る部屋へと足を踏み入れる。


「あるね、嫌なオーラ。ここで命を絶ってしまったってとこか」


「えぇ、現場の状況はある程度残されているみたいっすね……記事を見ると丁度そこの机で起きたと言っていいっす」


 木製のボロ机と椅子の光景に見える位置の窓際には萎れた花々が添えられていた。


「発端は午前中、死因は出血多量で第一発見者が来た時には既に死亡。ケーは孤児院ではリーダー的な存在だったと元従業員の方から証言を複数貰っています」


「リーダー格?」


「進んで家事を行ったり仕事に出たり、手が回らない部分までの子供達の世話を手伝ったりと。根気があってしっかり者って話っす。一方のクルミ部長はその頃から記者活動をしていたっすよ」


「まさに男の初恋を奪いそうなスーパーお姉さんってか。それがあっさりと自殺とは」


 当時の光景をイメージしながらシリウスはその場へとしゃがみ込むと語りかけるような口調で吐息のように漏らす。


「ごめんな、少しだけ荒らされてもらう。それじゃクルミちゃん先輩の真実を「その必要はない」」


「えっ?」


「「へっ?」」


 刹那、一陣の風が吹くと緊張感を生む音色が室内を吹き抜けた。

 振り返ったその先には黄金の髪が煌めく鋭い紫電の瞳の乙女が視界を奪う。

 壁へと寄りかかる存在は形容し難い表情に包まれ、小さくため息を艷やかに漏らした。


「ぶ……部長ッ!?」


「クルミ先輩……!」


 焦眉が空気を搦め捕る。

 亡霊のように待ち構えていたクルミの様子に驚いたロッテは思わず尻餅をつく。

 反動で埃被った地面へとばら撒かれた書類の一枚をゆっくりと拾い上げた。


「一日でこの量……よく調べてある、あーしが言ってきたことはしっかりと身に付いてるみたいだね。でも時間の無駄」


 切り捨てるように投げ捨てた紙が舞う中、クルミは付近の椅子へと腰掛ける。


「写真がなくなってたし、ロッテも見当たらないからもしかしてと思ったけど……全くあーしを真似しろとは言ってたけどさ、裏切るところまで似なくていいのに」 


「裏切りって、じゃあやっぱりッ!?」


 自虐的な言動にロッテはクルミの背信行為が事実だと理解せざるを得ない。

 覚悟はしつつもいざ本人を見てしまうと冷静さを保てと命ずる理性の声も届かなくなる。


「ここまで一日で辿り着いたのもマンハンターをブチのめしたのも褒めるべきかもね〜でも結局辿り着くトゥルーエンドは……あーしがってこと」


「人殺しってそんな……だってケーは自殺とされていてッ!」


「直情的だね副部長、人を刺すことだけが、人を撃つことだけが、人殺しになると思ってんの?」


 冷たく射抜く言葉の槍がロッテの心臓へと突き刺さる。

 気勢を殺がれた彼女に周囲も黙ったまま何も紡ぐことは出来ない。


「ケー・A ・クラリス……立派だった、どれだけ貧相な食生活でも文句ひとつ言わず皆を励まして楽しませて。生きる価値なんて見出すことが難しい世界で彼女は一番星そのもの、そんな花好きの彼女をあーしは助けたかった」


「助けたかった……?」


「記者の才能があるって気付くのは容易だったよ。だからこの力をあーしは使ったらそれは評判が良くてね。ある日、あーしはこの孤児院を題材にした」


「孤児院を題材って……そんなの聞いたことが」


「いや知るわけないから。その記事は世間様には公表してない幻さ」


 意味深な発言に脳内が渦巻く。

 資料を見直しながら状況を整理するロッテを弄ぶようにクルミは言葉を紡ぐ。


「ありのままを伝えたかった、あーし達のような貧しい子供の態を世間に公表してナイン・ナイツへ一矢報いる。そうやって大手出版社に企画を持ってて通った時だったかな……あーしが人殺しになったのは」


「人殺しってトリシオンの花?」


「企画が通った二日後、法案であの花が違法と定められた。あーしの企画には子供達の光景にケーの姿も含まれている。そこに写ってしまったんだよ、死を呼ぶ悪夢の花が」


 感情が肥大化していくクルミにシリウス達は段々と彼女の真意を察する。

 ケーの自殺が自身への人殺しへと繋がってしまう偶然が重なった故の悲劇を。


「なるほど……トリシオンの花が写真に写り込んでいた。世間に公表となれば孤児院全体に魔の手が伸びる可能性がある」


「ッ……! それってそんなッ!」


 真実へと辿り着いたリズとロッテは言葉を失う中、淡々と放たれたシリウスの推理に諦めがかった笑顔が振り撒かれた。


「ここは辺境の孤児院、あの企画を出さなきゃ幾らだって隠し通す時間はあった。今直ぐ逃げろってケーに言おうと孤児院へと急いで帰ったよ、でも彼女はに浸っていた」


「真っ赤な海……まさか第一発見者はッ!?」


「イエス、あーしのこと。思い出すだけで臓物が吐き出そうな感覚になる。手首から流れる死の鮮血……だからあーしは人殺しなの」


 噛み締めるように語られる真実。

 静かにして告げられる吐露は三人には余りに重過ぎる心の叫びだった。

 足元が軋むような音を立てて崩れ去る錯覚すら抱く。


「これが悲劇のトゥルーエンド、あーしを寝返させたいんだろうけどそれは無理……親友を見殺しにしたあーしに記者の誇りなんてあると思う? そんなもの……とっくの昔に死んでいるッ!」


 飄々としていた仮面は段々と剥がれ、ようやく本心と言える激情が彼女から放たれる。

 思わず凄んでしまう勢いだがシリウスは冷静に言葉を返した。


「だが何故だ、だからってあの女の犬になる必要が何処にある?」


 新たに生じた疑問、悲劇の始まりが何故ゼベラの犬へと成り下がる必要性があるのか。


「ウフフフ……! あらあらこれはお揃いで」


 その答えの前に現実に声が響き渡る。

 瞬時に全ての者の思考が掻き乱される中、悪寒を走らせる美しい声音が訪れを告げた。

 悍ましい雰囲気が場を包み、悪魔の降臨を知らせるようにクルミの背後にはその正体を告げる禍々しいワームホールが顕現する。


「か弱い小鳥達が奏でる音色も悪くはないわね。破滅へと陥る前の最後の演奏を」


「「ッ……!?」」


「なっ……どうしてここが」


 瞬時に誕生する緊迫と弱者を嬲る圧迫感。

 学生離れした豊満な肉体と魅惑の眼差し。

 付近に落ちる埃被った花を踏み潰しながら歪な三日月のように吊り上がる口端。

 クルミは言葉を詰まらせ、人の皮を被った悪魔は扇子で口元を隠しながら優雅にヒールを鳴らしながら歩み寄る。


「こっそりミス・クルミの後をつけてみたらこんな面白いことになっていたとは。小汚い場所に足を運ぶだけのことはあったわ」


「ゼベラ……お前」


 追い打ちをかけるように突如現れたゼベラに一同は驚愕し、シリウスは汚物を見るような鋭い眼差しを突き刺した。


「昨日ぶりね王子様? あの爆発から全プレイヤーを救出したとはやはりヴィルドの白薔薇の名は伊達じゃないのね。私のマンハンター部隊もあんな好きに蹴散らしちゃって」


「伊達に最強名乗ってないんでな、イケメン侍らしてるド変態魔女様?」


 バチバチとなる火花が両者の間で弾ける中、彼女は小さく口角を上げる。


「まぁいいわ、貴方達が欲しいのは無駄口ではなく結論。このミス・クルミを寝返りを画策していた。でも何故それは不可能であるのか……答えは何だと思う?」


「焦らすな、知ってるなら教えろ」


「あらつまらない男、フフッ……私はだからよ。つまり私は救世主ということ」


「何を言って!? 部長がアリアンロッド家なんかに恩を売られることになるなどッ!」


 堪らずロッテが反論を叫ぶ。

 しかし「馬鹿な男」という罵りと共にゼベラの余裕な笑みは変わることはない。

 それどころか自信を持って彼女は言葉を連ねながら萎縮するクルミの肩へと手を回す。  

 彼女は私のモノだと、私だけの占有物だと豪語するように。


「違法植物を育てていたケーを撮影した彼女もまた同様の容疑を掛けられてマンハンターに逮捕されていた。当然ね、関与を疑うのは至極当然の摂理。でも彼女は釈放となった」


 ニヤリと勝ち誇ったかのような嘲笑、謎かけにもならないほどの簡素な真実。

 放たれた言葉の矢は無情にもクルミの心臓へと突き刺さると力無く顔を背ける。


「それは私の一存のおかげ、孤児院の関係者と共に全員を無罪放免を行ったのよ。代わりに私に染まれという契約の元にね」


「なっ……だから救世主だとッ!?」


「当然でしょう? 土に還るだけの貧相な子供がこの学園に入れたのも私のおかげ。私は報道機関にも顔が利く、彼女の力は昔から認知していた」


「でもなら学生時代のナイン・ナイツの記事の数々はッ!? 学園に入ってからも部長は貴方達を批判する記事をッ!」


「貴族に歯向かう一匹狼ってプロデュースの方が人の懐に入り込めるものでしょう? それで得た情報は全て、私の元に届くというシステムでね」


 次々と明かされる真実の探求者の実態。

 世間の代弁者とも称されていた存在はそう作られていただけの傀儡。

 反論の言葉も遂には思いつかなくなったロッテを嘲笑いながらゼベラは踵を返す。


「分かった? 貴方達の抗いは全て無駄でしかないということ。ゲームの勝者は私、では改めて明日、大聖堂にて答えを聞かせてもらおうかしら? フフッ……ハハハハッ……!」


 高笑いは残響となり、ゼベラの足元から現れたワームホールは彼女の姿を包み込み消失した。

 勝ち誇った彼女の姿と明かされる真実は呆然という名の静寂で場を包み込む。


「……分かったでしょ? これが主従のカラクリ、人を殺して周りも危機に晒したあーしに生きる道は犬しかないの、だってこれが真実なんだよ、こんなあーしがさ……人として生きれる訳ないじゃないッ!」


「ぶ……部長」


「ずっとずっと悪魔が住み着いてる。人殺しと囁く悪魔が、そんなんで孤高な記者活動? 出来るほどあーしは勇者じゃないよ……」


 震える声はやがて崩れるように落ちる。

 辿々しく零す声からは自責の念が幾つも折り重なっていた。

 重度のトラウマを抱えているのを示唆するように瞳の瞳孔は激しく揺れていた。


「ハメたことは悪いと思ってる……けどこうするしか生きる道がなかった。気が済むなら罵っても殴っても構わない。これがこの物語の結末」


 自暴自棄な発言を放つ生気のないクルミ。

 完全に詰んだ、寧ろ悪化した状況。

 重くのしかかる明かされた真実はゲームオーバーを無理矢理にでも悟らせていく。


「……本当にそう思うのか?」


「えっ?」


 だが一人、顎に手を当てたシリウスは知ったことかと言わんばかりに言葉を紡いだ。

 何事かと顔を上げたクルミの視線には諦めの悪い力強い不敵な表情が焼き付く。


「確かに筋の通った話だ。だがどうもそれが紛れもない真実とは思えない」


「何を言ってッ! 現実逃避もいい加減に「俺は」」


「諦めの悪い人間だ、ウザいくらいに。俺の魂がここで終わらすなって叫んでんだよ」


 幾度もの人間を操ったクルミもシリアスの剣幕にはつい言葉を詰まらせてしまう。

 普段の楽観さを仕舞い込んだ彼は思考を巡らせ悩む素振りを見せた後にこう告げた。


「リズちゃん、ロッテちゃん、そしてクルミちゃん先輩、君達にやってもらいたい事がある。一か八か、俺の勘に賭けてみないか?」


 やはりこの男は普通を失っている__。

 何度も予想を裏切ってくれる存在に周囲は小さく息を呑む。

 たとえ命に首輪を掛けられようとも決して牙を失わない狂犬の王子様は逆襲の賭けに口角を上げたのだった。


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