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第28話 G線上のリズ

「何処までも……私の虫唾を……!」


 シリウスの宣言に憤怒に燃え盛るゼベラ。

 しかし仮にもナイン・ナイツの一角、喪失していた冷静さは時間と共に回復を遂げる。


「まだよ、まだ私は終わっていない。今も未来も私は支配者のままで居続けるッ!」


 宣告と共に上空へと顕現と同時に投擲された杖は天井を盛大に粉砕する。

 ノワール・プロヴィデンス、亜空を支配するリファインコードによって即座にゼベラはワームホールにて上空へと移動を果たした。


「完全なる不覚……不覚不覚ッ! めちゃくちゃに私の計画を潰されて……しかしこの学園にいる限り、幾らでも私はやり直せる。ハッピーエンドを迎えるのはこの私よッ!」


 完全に開き直った彼女は戦術的離脱と親衛隊を犠牲に退散を図り、姿を消す。


「クルミちゃん先輩、あいつ追うぞ。たっぷりやられたお返しをしてやらねぇとな」


 カリバーを握り直したシリウスは戦士の顔へと切り替わると明かされた真実を噛み砕いているクルミへと手を差し伸べる。


「過去は変わらない、死者は蘇らない。だが未来だけは変えることが許される。これは彼女への弔い合戦、だから……行こうッ!」


「ッ!」


 瞬間、かつての思い出が重なる。

 助けたかった、そして守れなかったケーの面影をシリウスに感じたクルミの瞳には寸時、親友の幻影が映し出されていく。

 だがそれは改変の出来ない過去の記憶、己を蝕んだ呪縛を振り払うように力強く瞬きをした彼女は改めてシリウスを見つめ直した。


「……分かったッ!」


 差し出された手をクルミは強く握り返す。  

 何処かかつての親友を匂わす彼から感じる温もりは希望を奮い立たせていく。


「リズちゃん、ロッテちゃん、後は頼むよ」


「言われなくても。ぶちかまして来なさいッ!」


「あぁ、言われなくてもッ!」


 互いに笑みを交わした後にシリウス達はゼベラを追って離脱する。

 逃がすかと追撃を行おうとした親衛隊を阻むようにリズとロッテは障壁として立ちはだかった。

 見えない火花が盛大に散る中で親衛隊の中心核であるマーズは苛立ちを言葉に変換していく。


「貴様らァ……マザーにあれだけの恥をかかせやがって。百回殺しても気が済まないぞッ!」


「一回ですら叶うことはないわね。この場で私達に倒されるのだから」


「馬鹿にする、奴隷王の娘が崇高なるマザーに楯突くとはッ! 貴様ら、八つ裂きだッ!」


 心酔する主を馬鹿にされた怒りに燃える親衛隊の殺意がリズとロッテへ集中する。

 マーズの合図に男達は地を蹴り出すとゲームの開始は言葉なき宣告で始まりを告げた。


「ロッテ、アンタはサポートを。案がある」


 耳打ちをされた内容にロッテは即座に意図を汲み取ると「任せてくださいッ!」と数歩だけ彼女から後方へと下がる。

 そんなことも露知らず、単独で迎え撃とうとする痴れ者を蹂躙しようと親衛隊の一人は黄金に染まる刃先を持つ鎌を振り下ろした。


「小娘が、マザーの名の下に散れッ!」


 だが、大振りの一太刀を軽やかに回避したリズは懐に入り込むと同時に足を払う。

 防御すらも敷けない隙を付け狙うように放たれた峰打ちは地面へとめり込ませる威力で相手を一撃で葬り去った。


 意識が、爆ぜる__。

 無駄を切り捨てた反撃は悶絶に満ちた声を上げさせ、顔面を蹴り飛ばす。

 相手へとムードを与えんと剣先を折り畳まれ顕現した紅の銃口は迫る親衛隊を捉える。

 放たれた風を裂く弾丸の乱撃は一直線に並んだ敵を空中で回転させるほどの衝撃で薙ぎ払った。


「クソッ、この女ッ!」


「焦るな、敵は化身も使わない縛りプレイの弱い女一人なんだぞッ!」


 猛威を振るう反逆の戦乙女。

 しかし所詮は孤軍奮闘、選りすぐりの親衛隊からなる数の暴力に勝てるはずがない。

 一分も経てば奴は無惨に蹂躙されると確信したその時、リズの姿は消失する。


「「「はっ……?」」」


 脳内に湧き上がる疑問符。

 しかし処理が追いつく前に親衛隊は次々と宙へと投げられ、地面へと激突しては散っていく。

 銃口が描く弧、放たれる連弾、そのすべてが様式美の名の下に洗練されている。

 一頻りの銃撃を終えた彼女は剣へと変形を遂げると残りの軍勢を蹴散らす。


「ど、どうなってる!? 何故奴が視界から消えるんだッ!?」


「俺に分かるわけが……! グアッ!?」


 視界から消えては神出鬼没に姿を現す存在を捉えられるはずもない。

 小娘一人撃滅するなど容易と高を括った者達は成す術もないままに鮮血を行使した斬撃によって最後の一人までもが意識を失う。

 類まれな身体能力から披露される鮮やかな体捌きによって生み出された惨状にマーズは盛大な舌打ちと共に小癪な女を睨む。


「気配操作のアシストでの無双か……チッ、そんなことも気付けない役立たず共がッ!」


 ロッテのアシストを見抜いていたマーズは怒りのままに周囲を切り捨てると彼の足元には煮え滾るマグマが吹き上がりを始める。

 豪快な演出と共に顕現を終えたリファインコード、ファットマンは熱気を迸らせ、その吐息は火炎が如く舞い上がった。


「来なさい、ゲーム開始よ」


 自身の等身を超える槍を担いだマーズは跳躍による肉薄で押し潰しを図るがリズの剣は巧みな受け止めで勢いを殺す。

 擦れによって生まれる鈍い金属音、互いに決して譲れぬと岩漿と鮮血の武具達は何度も交わる。

 均衡へと突入する鍔迫り合いの中、マーズはパワーで押し切ろうと槍をふるい落としながらリズへと激情の言葉を吐いた。


「何故ここまでこちらの邪魔する? あの爆発で仲良く散っていれば良かったものを。虫のように無駄にしとく生きてッ!」


「虫で結構、泥臭くたってこんなところで散るつもりはないッ!」


 刹那、紅き鮮血が彼女へと漂う。

 背部へと集約した鮮血は噴射はリズを加速させ、圧されていた勢いを一気に押し返す。


「アンタこそ何であんな奴に心酔してるのよ、人の運命を嘲笑って踏み躙るような悪魔をッ!」


「黙れ奴隷王のガキがッ! マザーは俺を見込んで求愛してくれた。甘美で偉大なる包容の力で愛でてくれた麗しき王女様なのだッ!」


「エッチで依存してるだけのことを詩的に言ってんじゃないわよッ!?」


「エッチだと!? 愛の絡め合いと呼べ!」


「エッチは全部エッチでしょうがッ!」


 下らない掛け合いの反面、戦闘は激化の一途を辿ると巧みに変化する紅の残光にも酷似した迸る鮮血がマーズを追い詰めていく。

 純粋なパワーでは劣るが手数の多さで言えば明らかに軍配が上がっている。

 だが、逆を言うならば力勝負に持ち込まれると勝算が薄くなるということ。


「この腰巾着がッ!」


 蹴撃で間合いを取ったマーズは即座に「オーバーコード」の詠唱を完了させる。

 かつて遺跡を火の海へと変えた岩漿を纏う四本脚の化身は雄叫びを木霊させた。

 空間にいるだけで身を溶かしそうな強烈な熱風リズ達を後方へと追いやる。


「あづッ!?」


「マックスギアってとこかしら。レヴダの右腕と同じく炎使いは厄介ね」


「はぁ? 俺は奴の上位互換だ。チンケな焔しか扱えないあのクソケララと同類にするんじゃねェェェェェェッ!」


 咆哮と共に猛り狂ったモンスターは頭部を標的へと向け、押し潰す為に突進する。

 即座に鮮血の盾が化身の猛攻を止めるが気を取られる背後からはマーズの振るう槌がリズの頭部へと強襲を仕掛けた。


「リズさんッ!」


 即座に彼女の気配を消失させたロッテは回避行動の時間を与え、衝撃波でステンドグラスが粉砕されるほどの一撃を躱す。


「リファインバースト、グランドノヴァッ!」


 化身の口腔から顕現した灼熱を超える球体は拡散弾の容量として放たれると周囲の空間を一気に焼き尽くす。

 ケララすらも超えうる純粋な火力で押し切るマーズの猛攻の恐ろしさは後方で無惨にも溶かされた女神の像が物語っていた。


(マザーがいない以上、マジック・ガンマは使えない……だが問題はないッ!)


 しかしそれが故の弊害。

 余りにも高すぎる火力は自分自身にも相応の代償が引き起こされてしまう。

 ゼベラが有するワームホールのセーフティがない以上は使えるリファインバーストは限られる。


(そこだけか、漬け込めるのは彼が持つ制約。奴があの暴力技を使わないのが何よりの根拠)


 リズが踏み込めるのはその制限。

 暴力的な乱撃をロッテを守るように決死に防ぎながら彼女は思考を巡らせていく。

 あの理不尽はどうしようもないが使えないのであれば格上だろうと勝算は見える。


「ロッテ、アンタのマジックは?」


「手数はあるっすよ!」


 耳打ちされた内容に数秒の末に何かを閃いたリズは不適に口角を上げた。

 佇むだけで汗が浸り落ちる世界の中、呼吸を整えると紅に染まる切っ先で敵を捉える。

 一か八かの勝負を伝えた彼女はロッテへと目配せをすると共にその身を疾駆させた。


「馬鹿なことをッ! 正面突破で勝てると思うかァァァァァッ!」


 放たれる鋭い気迫を圧するようにリズは紅の軌跡を描きながら突き進む。

 生意気な女を確実にぶっ潰すと意気込んだマーズは「リファインバースト」の詠唱と同時に空間へと数多の溶岩を顕現。


「こいつは身体に効くぜェ……バースト・プロミネンスッ!」


 超高温の追尾性を持つエネルギー弾の嵐。

 唸りを上げて岩漿の数々へと振り被った化身を機に紅き残光を纏い加速するリズへと一斉放火を開始した。

 陽炎のように揺らめき、残光だけだが確かにそこにあると分かる鮮血の戦乙女は迫りくる岩漿の嵐へと果敢に突き進む。


「死に急ぐか、この密閉空間で追尾機能を持つ俺の力を封じることなどッ!」


 だが、豪語する自信は直ぐにも崩れる。

 対抗するように黄金の腕輪が煌めくロッテは高らかに詠唱を完了させた。


「リファインバースト、ファルサ・スペキエース」


 瞬きする暇もない刹那の時間。

 マーズの視界には瞬時に困惑を誘うが視界に現れる。


「なっ、増えッ!?」


 ロッテが持つ能力は搦手を極める。

 気配操作、気配消し、そして対象の相手へと一時的に高性能な幻影を見せる。

 純粋な戦闘力を犠牲に狸の外見を持つ化身に相応しい化かす力は時に猛威を振るう。

 分身でもしたのかと錯覚させる程にマーズは目の前のトリッキーな光景に困惑するしかない。


「追尾ですって? してみなさいよッ!」


 渾身の大技も本体が認識しきれない以上は追尾がどうの話ではない。

 エネルギー弾は次々とロッテが生み出す幻影へと直撃する。

 岩漿が周囲へと無意味に散開する中、怪しく微笑む大量のリズがマーズへ焦燥感を与えていく。


(小癪め……ふざけた真似をッ! だったら下らないマジックは全部吹き飛ばすッ!)


 窮地に立たされた彼の秘策。

 逆手へとリファインコードを持ち替えた彼は半円を描く形で槌で抉るように振るう。


「リファインバースト、レッド・ライジングッ!」  


 起死回生と打たれた一手。

 彼の動きに呼応するように化身は巨躯の四肢へと炎核を纏うと斬撃の如く、形状を尖らす。

 黒鉄の肉体から俊敏に射出された全方位への斬撃は迫りくるリズの幻影を盛大に切り裂いた。

 錯覚は消え去り、咄嗟に防御を行った本体のみがゼロ距離にも等しい間隔で相まみえる。


「捉えたァッ!」


 即座に斬撃へと姿勢を変えたリズに対抗すべくマーズは槍を豪快に振り上げていく。

 相打ちと言える同タイミングでの双方の攻撃、しかしマーズは勝ちを確信する。

 槍の持ち手の柄の最下部、限界の位置まで滑り落とした彼は圧倒的に勝っていた。


(無謀な、リーチ差は圧倒的に俺の方が長い。この距離で直撃するのは俺の攻撃のみッ!)


 リーチの差によるゲームの決め手。

 リズが持つエグザム・ディザイアの全長を遥かに超えるサイズを有するファットマン。

 柄をギリギリまで滑り落とせば更に差は開き、勝敗の明暗はより明確と化す。


(決着を早まったなリズ・クレイド・スタイナー、その驕りこそが貴様の命運ッ! このフォルトゥナゲームの勝者はこの俺ッ! マザーに最も愛されるのはこのマーズだッ!)


 このゲームにおいて逡巡は命取り。

 だが度の過ぎた即断即決もまた命取り。

 彼女の一撃はこちらに届かない、奇特な才能を持つ存在だが最後の最後に誤った。


「焔の塵になりやがれェェェッ!」


 空間へと木霊する絶叫。

 確信にマーズは槍で彼女の肉体を切り裂かんと全身全霊の一撃を振りかざす。

 相手は化身すらも使わない縛りプレイの女、鮮血というグロテスクな能力しか使えない存在に勝ち目など存在しない。


「届かない……なら」


 だが、誤っていたのは彼の方だ。


「届かすッ!」


 リズの名を持つ少女の潜在能力を。

 瞬間、一度剣を前方へと手放した彼女の拳からは赤黒い美しき鮮血が噴射を始める。

 やがてそれは腕のような形状を象ると巨大な手となり、強靭な握力で再び剣を掴む。


「なっ……!?」


「ハァァァァァァァァァッ!」


 リーチを大きく拡張した彼女の峰打ちはマーズの溝へと痛烈にめり込んだ。


「オグァァッ!?」


 土壇場で更に覆された決着。

 骨が砕けるほどの一撃にマーズの思考は一本の糸のように繊細に切れる。


(鮮血を用いたリーチの拡張……この瞬間で……何故そんな事が……)


 渾身の打撃はマーズを壁際へ吹き飛ばす。

 何故そこまで頭が回るのか、理解が出来ぬ敗北に絶望しながら彼は完全に意識を失う。

 同時に聖堂を覆っていたマグマと化身は消失するとリズは深いため息を吐いた。


「私の血は変幻自在……お姫様の底力、舐めたら痛い目見るわよ。いや、もう見てるわね」


「スゲェ……流石はリズさんッ!」


「アンタのサポートあってこそよ。これでアイツも思いっきり戦えるはず」


 荒んだ呼吸を整えながら今際すれすれのゲームの勝利は安堵に包まれていく。


(邪魔者は蹴散らしたわ。この悪夢のゲーム……絶対に勝ちなさいよ、シリウス) 


 崩壊した聖堂内でリズは諸悪の根源を打ち滅ぼさんと飛び立った王子様の軌跡を見上げ、激励の言葉を胸中で吐いたのだった。

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