目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第29話 崩壊のパライソ

 楽園は直ぐ側にあった。

 あと少しで完璧となるはずだった。

 最強の力を手に入れる、そのはずなのに。


「私の理想郷が……何故こうなったッ!」


 大聖堂を脱出した彼女が憤る地は常設された大時計が佇む学園内部大庭園。

 明日も生き残れるか分からない世界において憩いの場であるエリアにはまるで見合わない憤りのオーラが解き放たれる。

 最後の最後によるミスで一気に窮地へと立たされたゼベラ・アリアンロッドは瞳の奥底が揺れ動く程に焦りに満たされていた。


(あの男……シリウス・アーク、戦いにしか能のない馬鹿かと思っていたが……あぁも狡猾とは。過去の産物が生意気なことをッ!)


「随分と怒り心頭みたいだな」


「ッ……!」


 冷や汗を拭った彼女に響く着地音。

 自身の感情を見透かすように底知れぬ瞳で捉えるシリウスと憤怒に満たされるクルミ。

 完璧だった策略を無茶苦茶にした存在達はゼベラの神経を逆撫でる。


「部下に後始末を任せて自分は敵前逃亡か、大物ぶってるだけの小物だな」


「小物……? 私に言っていると……?」


「他に誰がいる? 戦略的撤退とでも言い訳するか? まぁ何を垂れようが俺達からすればダサいだけの支配者だが」


 怒涛の挑発に身を動かし始めたゼベラには透かさず銃口の照準が合わさる。

 その正体は他でもない、陰謀に翻弄されたクルミは自身のリファインコードを用いて「動くな」と言外に警告を行った。


「……跪け」


「はぁ?」


「その汚い膝を跪け、そして償え……アンタが犯した全ての罪をケーにッ!」


「アッハハハハハッ! 死人に陳謝をしろと? この私にそんなことをさせる気?」


 ここに来ても尚、懺悔の素振りを見せないゼベラは寧ろ彼女の命令に怒りを抱く。

 話し合いなど不可能、亀裂は更に深みを増す中で殺してやると憎悪を爆発させるクルミへシリウスは優しく肩へと手を添えた。


「殺しはなしだ、だが遠慮は必要ない。盛大なエンディングと行こうじゃないか」


「言われずとも、そのつもりッ!」


「いい心意気だな、リベンジマッチだ」


 交渉決裂と同時にカリバーの切っ先を向けたシリウスは笑みながらもその身は戦士としての臨戦態勢へと移行する。


「可愛がるとか、そんなものどうだって良くなった……貴方達、纏めて殺す。殺してこの屈辱を晴らさせてもらうっ!」


 開き直りから解き放たれる激情。

 即座にリファインコードを顕現したゼベラは全方位へとワームホールを生み出す。

 確実に息の根を止める、余裕を失った彼女に慈悲を与える思考など存在しない。


「オーバーコード、リファインバースト」


 紡がれた詠唱がそれを裏付ける。

 多大な魔力を消費するオーバーコードにさらなる魔力の上乗せで技を放つリファインバースト。

 牽制もなしに初手からその戦法を行使するのは相手が殺意に満たされる事を意味する。


「ザ・ノクスッ!」


 彼女の化身特有の耳障りな不協和音を奏でる歪んだ空間は直ぐにも形成を終える。

 禍々しい発光を始めた全方向のワームホールは亜音速の高圧縮光線を射出した。


「オーバーコード」


 初手からの全力攻撃に応えるようにシリウスもまた本気を意味する詠唱を奏でる。

 光すらも放置する速度で出現したカリバーの化身は薙ぎ払いを放つ。

 弾かれた高威力の光線は周囲へと着弾すると四方八方へ瓦礫を飛び散らせた。


「さぁ、俺に追いつけるか?」


 狂気を孕んだ笑みを見せるシリウスは地を蹴り上げると一直線にゼベラへと疾駆。

 当然のように彼女はワームホールへと身を投げると突撃を躱し、亜空移動による奇襲を仕掛けようと画策を始める。


 しかし、ゼベラは慢心を抱いていた。

 一度苦汁を舐めさせた相手にまたも同じ屈辱を与えることが出来ると。

 即座に立ち止まったシリウスは神出鬼没の攻撃に備えるよう、耳を澄ますと牙突の構えで来たる襲撃へと精神を統一させる。


「そこッ!」


 鳴り響く不協和音は彼女が接近すると僅かに音が増幅するというリズが看破した弱点。

 一筋の光を利用したシリウスは研ぎ澄ました精神力で背後からの奇襲へと刺突を放つ。


(読まれたッ……!?)


「やっぱり、リズちゃんの言ってた通りみたいだなァッ!」


 混じり合う金属音。

 完璧に法則を見抜いたカウンターを瞬時に相殺するも一点突破の攻撃にゼベラの肉体は遥か後方へとよろけながら吹き飛ばされた。

 巨躯を駆使して追撃を仕掛けたカリバーの化身はノワール・プロヴィデンスとの激突によって強烈な風圧が場へと生じる。

 化身同士の鍔迫り合い、一撃一撃が大気を揺るがす程の威力に飲まれかねない。


『時の淘汰が過去の残滓を流すのは自然の摂理、しかしまだ……朽ちる気はありません』


 詩的な言葉に込められた確かな闘志。

 サードシリーズを相手に一切引けを取らないカリバーは顎部へと蹴撃を叩き込む。

 宙へと投げ出されたノワールプロヴィデンスには神速の斬撃が容赦なく襲いかかる。


(競り負けてる……私の化身がッ!?)


「リファインバースト」


「ッ……!」


「チェンジオブデスペラードッ!」


 魔女への追い打ちは止まらない。

 気を取られていた隙に化身を顕現していたクルミは一枚の写真を宙へと投擲。

 引き金が引かれた途端、銃口から放たれた雷光に煌めく光線が直撃を果たすと突き破るように一つの人影と化身が姿を現す。


「踊りなよ、亜空の支配者ッ!」


『ケファファファファァァァァァァァッ!』


 彼女が生み出したのはシリウスの擬似態。 

 一分という制限の代わりに本体と同性能の力を発揮する分体を創造するクルミのインチキ能力。

 素っ頓狂な化身の笑い声を火蓋に疑似態は容赦なくゼベラへと強襲を行った。


「小娘ッ!」


 煽りを受け、表情の憤怒は深まる。

 ゼベラはワームホールを用いた戦法を見せるが結果は劣勢。

 シリウス一人でさえ苦戦を強いられる状況下、更に疑似態が攻撃を仕掛けるとなれば彼女にとっては一溜りもない話だろう。

 二人のシリウスという爆発的な暴力はゼベラを追い詰めると震撼を植え付ける。


「「リファインバースト、リベリオンブラスト」」


 反響する二重の音色。

 直線上に神速の斬撃を仕掛ける双撃はゼベラへと直撃すると壁へとめり込ませた。

 瓦礫が飛び散り、化身による防御も追いつかない彼女は度重なるダメージに遂には膝をつく。


(青二才にこの私が負ける……? 死に損ないの女に脱落させられる……? 許されない、そんな摂理に背いた結果など……私は支配者、男も女も支配するのは私なのよッ!)


 清々しさのある卑俗なプライド。

 だが彼女にとっては気を振るい立たせる起爆剤となり、土壇場にて冷静さを呼び戻す。

 攻勢ムードに乗じてトドメを刺そうとシリウスは駆けるがゼベラの微笑が場の空気を覆うとそのまま抱き潰した。


「リファインバースト、ディゼルトエンド」


 壁際へと追い詰めた彼女へ放たれる必殺。

 反撃の隙を与えんと率先して疑似態は突入するがこれが悪手を齎す。


「……捕まえた」


 刹那、ゼベラは受け止めるように自身の眼前へとワームホールを即時に展開。

 見事にゼロ距離へと迫った疑似態を亜空へ呑み込むと後方に位置していた本体のシリウスへと勢いよく射出したのだった。


「ッ……!」


 予期せぬ戦法でのカウンター。

 味方撃ちの形で衝突した両者はもみくちゃに吹き飛ばされ、空気の流れが気流を作る。

 同時に疑似態は時間制限の規約にその姿を空間へと消滅させた。


「シリウスッ!? こんのアイツッ!」


「チッ……ワームホールの性能を逆手に取ってフレンドリーファイアに持ち込んだか。腐っても頭はキレる女か」


 僅かに口元へと滲んだ血溜まりを吐き出すと咄嗟の機転による反撃にシリウスは微笑を見せる。 


「フフッ……フフフッ……! やはり勝利の女神は私に向いているようねッ!」


 自身の亜空移動が看破されているのならば相手を亜空に呑み込めばいい。

 シンプルながらこの切羽詰まる状況では盲点になりやすい逆転の発想。

 クルミを言い包めれるほどの手腕と知能を持つ存在、致命的な自白癖が仇となるが発想の回転は実に早いのだ。


「マジで往生際が悪い! リファインバースト、チェンジオブデスペラードッ!」


 ブチのめすと無造作に投擲した複数の写真へと光線を放ったクルミは大量に誕生した化身を使役し、全方位から突入を指示する。


「無駄よ、ミス・クルミ」


 しかしクルミが誕生させた兵士達もワームホールを駆使した同時打ちのカウンターによって次々とその身は朽ちていく。

 無駄に魔力を消費するだけの自爆にしか他ならない状況は焦燥感を増幅させる。


「反逆の行進も、そこまでのようねッ!」


 一転攻勢、ここぞとばかりにゼベラは上空へとワームホールの集約を始めた。


「リファインバースト……アッパシオナート・スコール」


 華麗に紡がれた新たな詠唱。

 急速に落下するのは広範囲に及ぶ高密度に凝縮された魔力の塊。

 降り注ぐ雨が地へと衝突する度に大地震のような衝撃が空間を揺らす。

 見境のない膨大なエネルギー、全方位に放たれる光線は容赦なく降り注ぐ。

 至る箇所から瓦礫を舞わせる威力の乱撃は煙を立ち上らせ、ゼベラは高笑いを上げた。


「フフッ……アッハハハハハハハハッ! これはこれは立派な王子様だこと」


「なっ……!?」


 嘲笑を奏でる理由は周囲へと漂う煙が晴れていくと同時に明らかとなる。

 ポタポタと零れ落ちる鮮血、盾になる形でシリウスは咄嗟に彼女を死守していた。

 カリバーの化身もまた装甲の至る箇所に亀裂が生じる光景にクルミは絶句する。


「ったく、バカみたいな威力しやがって」


「シリウス……!?」


「気にすんな、俺の身体は頑丈そのもの。血すらも滴るいい男ってね」


『マスター、ご無事ですか?』


「余裕のよっちゃん、掠り傷だ」


 額や唇から零れ落ちる血とは裏腹に軽口を叩けるほどには元気なシリウスだが劣勢であることに変わりはない。


「バカな男、一度裏切った女の盾になるなんて。実に滑稽……後ろから刺した女を守るなんて王子様もここまで来れば哀れね」


 状況一転、彼が穢れる姿に興奮を抱くゼベラは見捨てれば良かった廃棄物に死力を尽くす彼を蔑む。

 相手は自分達を陥れた罪を持つ裏切り者、そんな彼女に肩入れするシリウスへと自らを棚に上げて異常者だと罵った。


「刺されたなら抱きしめればいいだろ」


「はっ?」


「裏切られるのは辛いが……それだけで人を見限ってたら大事なもんを見失う。俺も数え切れないくらいには失った」


「何の話を?」


「裏切りも千差万別、お姫様が闇を抱えてるなら照らしてやるのが王子様の役目だろ?」


 鮮血を拭ったシリウスは全く揺らぐことのない闘志でカリバーを構え直す。


「来い、格の違いを見せてやる」


「カッコつけの旧人が……強者に抗うなッ!」


 突進するゼベラの化身が空気を裂くような豪拳を叩きつけるが、シリウスは一瞥すらせずにその猛撃を鮮やかに弾き返した。

 まだ終わらないとばかりに、カリバーの刺突が鋭く鳩尾を狙う。

 迫る一閃にノワール・プロヴィデンスは一瞬の迷いもなく後退を強いられる。


「クルミちゃん先輩、いやクルミ、ギャンブルには興味あるか?」


「ギャンブル……?」


「俺は大好きだよそういう一か八か。その大博打に命を賭けてみないか?」


 続けさまに小声で放たれたシリウスの言葉にクルミは大きく目を見開く。

 だが一度唾を飲み込んだ彼女はやるしかないと力強く肯定を意味する頷きを行った。


「どれだけ抗おうと無駄なこと……この私に屈辱を与えたこと、その命を持って贖えッ!」


 決着の刻が静かに迫る。

 ゼベラは再びワームホールを一点に収束させ、終焉を告げる詠唱を紡ぎ始めた。


 《アッパシオナート・スコール》。

 高威力のエネルギー弾を雨のように降り注ぐかのごとく放つ広範囲殲滅術。

 シリウスすらも骨を折らせる一撃はその再演を告げるように、空間に走る亀裂が蒼白の輝きを放ちはじめた。


「リファインバースト、アッパシオ……」


 それは刹那の出来事だった。

 突如、シリウスはカリバーの化身を突進させ、矛先を地面へと向けさせる。

 次の瞬間、前触れもなく鋭い斬撃が地を抉ると轟音と共に盛大な砂塵が舞い上がった。


(何を……壊れたか?)


 あまりにも唐突な行動に対してゼベラの詠唱は途切れる。

 視界を覆う瓦礫と土煙、その混濁の中、ゼベラの思考が一瞬だけ空白に染まった。

 だが、どれほど刹那だろうと思考を手放したその事実は致命傷となる。


(まさかッ!)


「そのまさかさッ!」


 次に目に映ったのは、白煙を切り裂いて一途に迫る神速の影。

 視覚を撹乱した一撃に紛れたシリウスによる奇襲……その一手にゼベラは一拍遅れた。

 意表を突く攻撃は自身の眼前へと迫るが腐ろうとも頭はキレる女、詠唱キャンセルと共にワームホールを盾のように移動させる。


「そんな我武者羅が通じるとでもッ!」


 ゼベラは冷笑を浮かべ、渾身の突撃を亜空に呑み込ませる。

 勝利を確信した口元が不敵に吊り上がる。


 だが……違和感。

 突如として背後から走る寒気、理屈を越えた本能が危機の接近を告げていた。

 理解が追いつくより早く、ゼベラの視界がある存在を捉える。


「行くぞカリバーッ!」


『はい、マスターッ!』


「何ッ!?」


 脳裏を駆ける衝撃、見間違いではない。

 そこにいたのは

 先ほど自ら異空間へと封じたはずの男が再び姿を現し、化身と共に迫っていた。


(今のはクルミが生み出した疑似態……! 偽物で気を抜かせた隙を狙う魂胆かッ!)


 本物の行方を錯乱で隠し、虚像で油断させた隙を突く一手。

 ゼベラがようやく策略の正体に気付いた時には既に刃は射程内にあった。

 鋭く、確実に、カリバーの化身が放つ一撃が明らかにゼベラを狙っている。


「ノワール・プロヴィデンスッ!」


 一秒たりとも油断の許されない極限化。

 叩き潰そうと己の化身を呼び寄せたゼベラはカリバーへと向けて迎撃の拳を放つ。

 亜空の能力がなくとも上質のパワーも有する一撃は顔面へと向け放たれる。



「……は?」


 刹那。詠唱が走る。

 コードダウン、多大なる魔力を行使する化身を自分の任意で消す詠唱。

 カリバーへと迫っていた拳は虚空を裂く結果となり、致命的な隙を露呈させる彼女の懐へとシリウスは侵入を果たす。


(この男まさか、懐にッ!?)


「貰ったァァァァッ!」


 燃える咆哮と共に、蒼く煌めく閃光がゼベラへと食らいつく。

 痛手を負ってももなおまるで落ちぬスピードと精密な動作、反応が追いつかない。


(この距離、このタイミングで……! 逃げ道がない……!)


 焦燥が脳裏を駆け巡る、詠唱も転移もこの状況では間に合わうはずがない。

 着実に迫り、勝利を奪い取る死神が死線の中、ゼベラは己に喝を入れる。


(ふざけるな……! ここで敗れるなど断じて許さない! ゼベラ・アリアンロッド、見せてやりなさいよ最後の意地をッ!)


 彼女は咄嗟に杖を逆手に持ち替え、刃を受け止めるように振り下ろす。

 刹那の閃きが導いた防御態勢。


 ギィィィン__!


 金属が軋む音が辺りを裂いた。

 シリウスの一撃は、辛うじて弾かれる。


(勝ったッ……! この私が上回ったッ!)


 脳内で鳴り響く勝利の祝音。

 最後の最後に幸運の女神はこちらを愛でたのだとゼベラは嘲笑う。


「綺麗に死になさい、私の為にッ!」


 ここまで来ればこっちのもの、化身を呼び戻せば彼へと確実にダメージを叩き込める。

 完全に勝った、己こそが勝者、愚かな男だと見下ろす瞳で彼を蔑む。


「……やっぱり、お前は」


 だが、シリウスは笑っていた。


「詰めが甘いな」


 それは死神の囁き。

 直後、ゼベラの真上に影が差す。


「ッ……!?」


「この距離なら防げない」


 煙の帳を割って現れるは宙を翔けるクルミ。

 彼女とその化身は油断するゼベラの頭上から急降下していた。


「しまっ……!」


 わずかな油断が招いた致命の罠。

 全てはシリウスが決めに来ると読んだ浅はかさが生んだ破綻。

 クルミの化身は戦闘力こそ低い、だが生身の人間を破壊するには十分な火力を持つ。

 そして今、無念を晴らす為の彼女の拳は怒りで燃え上がっていた。


「これは、孤児院の分ッ!」


 一撃__!


「これは、ロッテの分ッ!」


 一撃__!


「これは……シリウスたちの分ッ!」


 一撃__!


 その拳一撃一撃がゼベラを確実に蝕む。

 怒気を糧に、連撃は容赦なく降り注ぐ。


「そしてッ……これはケーの分だァァァァァァァァァァァァァッ!!」


『ケファファファァァァァァッ!!!』


 クルミと化身のダブルインパクト。

 最後の拳がゼベラの顔面へとめり込んだ。


「オグァァァッ!?」


 炸裂する衝撃波。

 彼女の身体は地面に叩きつけられ、血飛沫と共に意識を手放してしまう。

 最後の一撃がヒットした直後、ゼベラの化身は消滅を果たす。

 悪夢の輪廻を断ち切る反逆の拳は諸悪の根源である魔女を完全に撃滅したのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?