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Code3-1神殺しのジウスドゥラ策謀編

第31話 ショーマン・ザ・パルヴァーヌ

「ハァ……ハァ……!」


 高ぶる呼吸__。


「ハァ……ハァ……!」


 加速する鼓動__。


「ハァ……ハァ……!」


 疾駆する肉体__。


 赤い警告灯が断続的に瞬き、構内アナウンスの残響が空しく響いている。

 白銀に包まれる広大な会場の深部、照明の消えた展示区画を一人の男が必死に駆けていた。

 ひたすら迫りくる影から逃げようと瞳へと絶望を灯らせながら。


「クソッ! どこまで追ってくる……!? アイツが例の悪魔なのかッ!?」


 彼の額には汗と焦燥感。

 制服の袖は裂け、呼吸は乱れている。

 背後で何かが跳ねる音、軽やかながらも凶兆を含むリズムは絶え間なく奏でられていく。

 振り切ったと男が角を曲がった瞬間、天井の梁からは舞い降りた。


「ッ!?」


 鉄仮面に描かれるは悪辣なる笑み。

 肌を大胆に晒したの衣装に金属製のヒールが鈍く光る。

 黒布に全てを包まれた剣状のリファインコードを有する存在は劣情を誘うよりも先に相手へと心臓を抉る恐怖を植え付けていく。

 慈悲なんてものは皆無にも等しい悍ましさを極めた悪意に染まる存在は軽快な足音を奏でながら獲物へと着実に距離を縮める。


「貴様は何者だ……何故こんな凶行を犯すッ!? 貴様はEXPOに何の恨みがッ!?」


 悲痛なる激情の叫び。

 男の声は怒りと恐怖の混じった呻き。

 しかし仮面の下、悪魔にも等しいバニーガールはただ愉悦に歪んだ仕草で艶かしく腰を揺らす。

 言葉の代わりと言わんばかりに高らかに地を蹴り上げた襲撃者は彼の視界から姿を消す。


 音が消えた……瞬間の一閃。

 重力を無視するような跳躍から、回転しながら繰り出された蹴撃が男の防壁を砕く。

 爆発的な風圧と共に、展示用の立体模型が吹き飛ぶとガラスの天井が砕け散った。

 風は巻きなから瓦礫は宙を浮く、追撃と天井近くまで一気に跳ね上がったバニーガールは舞うような旋回から鋭く落下する踵落としを放つ。


「アグぁッ!?」


 衝撃波を生むほどの勢いは咄嗟に防御を敷いた斧状のリファインコードを軽々と弾き飛ばすと鈍い衝撃と共に周囲を粉砕。

 地面に激突した勢いでコンクリの床にクレーターが生じ、壁沿いの展示物がなぎ倒された。

 舞い上がる破片、舞い散る埃、漆黒の夜に支配される静寂の世界には相応しくない鬼気迫る激闘が虚無の空間を瞬く間に支配する。


(力の差が……華奢が有せるパワーかッ!?)


 素とは思えない驚異的身体能力。

 不気味な沈黙の中、パルヴァーヌは一歩、また一歩と進み出る。

 無言、顔も感情も読めない鉄仮面の奥に冷たい殺気だけが残酷にも滲んでいた。

 こちらの呼び掛けに応じることはなく、破壊の限りを尽くす脅威は容赦なく男へと何度も何度も逃がすまいと破滅的な攻撃を仕掛ける。


「くたばってたまるかッ! オーバーコードッ!」 


 顕現される渾身の化身。

 四本脚で咆哮を解き放つ獅子にも似た彼の化身は穿つように突進を開始した。

 刹那、憤怒を纏う瞳には瞬間的に光が疾駆すると視界を焼くような強烈な光がホールを貫く。

 脳までもを停止させる眩い閃光は猛威を振るうバニーガールを僅かに停止させる。


「ゲームの勝者は……俺だァァァァッ!」


 半ば我武者羅、だが唯一の好機と男は一気にその身を跳び出すと同時に渾身の蹴撃を放つ。

 渾身の力を込めた脚による衝撃に相手の身体は仰け反り、鉄仮面の下から数本の髪が宙に散る。

 数歩ながら蹌踉めいた様子に今しかないと追撃の詠唱が空間へと響いた。


「リファインバースト、ダストシューターッ!」


 斧が振り下ろされると同時に化身の口内から顕現するのは星屑を模倣したエネルギー状の弾丸。

 絶望を切り裂くが如く、煌めきを纏う星々は容赦なく全方位からの強襲を仕掛ける。

 着弾と共に粉塵は舞い上がり、絶え間ない攻撃がバニーガールを蹂躙する。


「やったか……?」


 と、お決まりのフラグを立てた瞬間。

 横払いで突如として空気が晴れたと思うと瞳に映るは底知れぬ絶望の悪魔。

 何も通じていないことを意味するように渾身であったはずの一撃を前にしてもバニーガールは傷一つ肉体へと刻まれていなかった。


「馬鹿な、奴は不死身か……!?」


 刹那、肉薄と共に足元から一回転。

 低い姿勢の足払いで男の体勢を崩し、倒れかけた胸元に跳躍からのヒールキックが炸裂する。

 追い打ちと黒布に包まれた武具の峰打ちが腹部へと抉られると男は軽々と真横に吹き飛び、背後の柱に叩きつけられた。


「ぐあっ……!?」


 柱は根元から砕け、瓦礫の一部は下敷きの要領で倒れる肉体へとダメ押しを入れ込む。

 逃げろ、本能が必死に警告を鳴らし、這いつくばりながらも距離を取ろうとすが容赦なく目前にバニーガールは舞い降りる。

 地に着地する寸前にブーツの踵で照明機器を蹴り砕き、スパークが彼女を逆光に照らした。


「やられてたまるかよ……俺はこの学園を生き残らなくちゃならないんだッ! 母さんを安心させる為に俺はこのゲームを勝ち抜いてッ!」


 痛々しく紡がれる切なる想い。

 だが知ったことかと放たれたのは衝撃波を纏うほどの横回転からなる二段蹴り。

 男は情けなく吹き飛び、崩壊した展示台の中にて完全に意識を手放す。


「種蒔きはこれくらいで十分か……もこれで満足するはず。ではそろそろ頂きましょうか……最終兵器、


 軽やかに吐かれていく美麗なる声。

 思いを軽々と踏み躙った悪魔は蒼白く灯る月夜を背後に嘲笑いを見せるのだった__。




 ――夜が、静かに嘲笑う。

 硝煙と破片の残骸が栄光を物語るはずの展示ホールを墓標へと変えた。

 素人だろうと惨劇を伺える現場には幾つものプレイヤー達が沈痛な面持ちで集結し、声の通る叫びが後方から響き渡る。


「状況はッ!?」


「委員長……駄目です。また被害者が……これまでと同じグランドEXPOの委員を狙ったようです。これで四度目の犯行ですよ」


 息切れしながら場へと到着した正義が滲む赤茶髪と眼力を有する男は部下の発言に焦燥感を露わにする。


【ケイネス・アファリエント】

 ・プレイヤーランキング104位__。

 ・獲得ポイント30200pt__。


 グランドEXPO__。

 あらゆるプレイヤー達が集う学園一の技術の祭典運営を任された委員長のケイネスは悔しさで髪を掻き上げた。

 致命的ではないにしろ、公開予定である半壊された展示物の数々、そして何より自身の眼前で壁に項垂れる男の姿。


「キュルン! いるか?」


 荒げた声に反応する茶髪の少女。

 周囲と同じくご丁寧に『グランドEXPO委員』と腕章を装備した板チョコを頬張る存在は目を擦りながら彼の意図を完全に汲み取る。


「ここに。言わなくても分かりますよ。こちらの警備体制が完全に見抜かれています。警備担当してる身からしても確実っす」


 【キュルン・シュリーカー】

 ・プレイヤーランキング119位__。

 ・獲得ポイント29600pt__。


 茶髪の短髪に凛とした翡翠の瞳。

 見るからに対人能力がありそうな風貌を纏う可憐なるキュルンの名を持つエルフ族の一人はリズの言葉に困惑を示していたのだった。

 甘党であることを意味するようにチョコを味わっていた口は惨状を前に止まらざるを得ない。


「また出し抜かれましたね。戦闘に応じた以上はフォルトゥナゲームは成立する。彼ももうここの学園から脱落リタイアというビターな結末かと。シュガーも同意見みたいっす」


「リ……リリリファインコード……の権限停止を確認済み……フォルトゥナゲーム敗北を意味……しししてます。つまり抹殺された……です」


 補足するように彼女の背後から顔を出す形で右目を隠した深紫色のボブヘアが目立つ存在。


 【シュガー・ネクトソルト】

 ・プレイヤーランキング740位__。

 ・獲得ポイント3500pt__。


 シュガーの名を持つ同じEXPO委員の職務を有しているプレイヤーは情緒不安定気味に瞳に不安な表情を宿していた。

 二人の説明に余計に憤怒を露わにするケイレスは意気消沈の男へとしゃがみ込み声を掛ける。


「ラット、ラット聞こえるか?」


「委員長……俺……願い叶わなかったよ」


 【ラット・ディフェンサー】

 ・プレイヤーランキング480位__。

 ・獲得ポイント7000pt__。


 全身に刻まれる傷跡。

 生気を完全に失った瞳。

 手に持つ魔力を喪失し、色褪せるリファインコードは敗北のホワイトファングによる処罰として使用権限が剥奪されたことを意味していた。  

 ただ蹲ることしか出来ない悲劇に見舞われたラットの声には痛々しさしか残されていない。


「母さん安心させたくて……家族を養いたくてここに来たのに……それだけなのに何で……あんな奴に狙われなくちゃならないんだよッ! アイツのせいで俺は……俺は……!」


「ラット……すまない、俺がいながら」


 握り締める拳に血管が浮き出る。

 理不尽な災厄に見舞われた存在に立ち上がると同時に盛大にケイネスは声を荒げた。


「周辺の捜索をッ! 何でもいい、奴に繋がるものがあれば全てを探し出せッ! 引導を渡さねば気が済まんアイツには……グランドEXPOを必ずや無事に完遂するためにもッ!」


 彼の言葉に場へとさらなる緊張感が伸し掛かる中で真夜中には相応しくない騒がしさが純白の広大なる空間を支配する。

 半ば冷静ではない、いや冷静そのものがないケイネスは怒り心頭で周囲を見渡すがやがては足元にある違和感に気付いた。


「何だこれは……髪?」


 誰の落とし物か。

 それは何処か青みのある一本の髪。

 拾い上げたケイネスはつい疑問を顔に抱き、思考は急速に巡りに巡りを行う。

 だが、始まりかけた脳内の推理は突如襲いかかったプレッシャーによって掻き消された。


「ッ……!?」


 背筋を伝う悪寒。

 刹那、風を切る音を奏でた一枚のカードが彼の額を横切ると地面へと華麗に突き刺さる。

 明らかに投擲された軌道に咄嗟に振り返った先にいた存在に彼の理性は完全に奪われていく。


「パルヴァーヌッ!」


 彼の声に全員が反応する。

 会場を支える上空に剥き出された鉄骨へと華麗に佇む一つの影。

 パルヴァーヌと叫ばれた妖艶と恐怖を兼ね備える一人の運命を奪い去ったバニーガールは下にいる面々を弄ぶように手を振った。


「こいつ……ふざけるかッ!」


「ちょ、待ってくださいっす委員長ッ!」


 キュルンの制止の声を無視して諸悪の根源へと駆け出そうとするケイレス。

 だが見越したように跳躍を行ったと同時に自身が立つ鉄骨の両端は黒布に包まれた武具によって斬り裂かれる。

 支えを失った鉄の塊は重力に流されながら轟音と共に地面へと落下した。


「ぐっ!?」


 発生した衝撃と埃にケイレスの動きは止まる。

 必死に視界を晴らすが既に狂乱のウサギは完全に姿を消していたのだった。


「クソッ……クソックソォッ! 何処まで俺達を弄べば気が済むんだ……死煉パルヴァーヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 悲痛なる絶叫。

 蔓延する憎しみを嘲笑う悪魔の姿にケイネスは憤怒の言葉を吐いたのだった。

 残響する怒り、再び静寂に包まれた空間に残されたのは壊れた世界と一枚のカードのみ。


 死煉パルヴァーヌより愛を込めて__。


 たった一言だけ紡がれた悪魔の書置。

 ワインレッドに染まるカードは残酷を表すように煌びやかに存在感を示す。

 これこそが新たなる狂気、新たなる混沌への入り口となる物語。

 ケイネス達の呆然とする瞳と共にこのプロローグは盛大に幕を閉じるのであった__。

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