「クーウナ・ダヌイェルの調子はどうか」
そう格納庫で問うたオの声は、どこか哀しさを帯びていた。
壁際のハンガーに立たされている、ラウーダにブルガザルノ。その中に、少し見た目の違う緑の機体の姿があった。それこそがクーウナ・ダヌイェル。ダヌイェルと通称される機種だ。全体的に細身で、肩幅が狭い。胸部には魔力砲。背部にはボックススラスタが装備されているのと同時に、赫灼石を収めたユニットが飛び出していた。肩と前腕部にはスラスタ付きの魔力砲が搭載されている。
「低出力接続器も問題ありません。現状で百パーセントの性能が出せますよ」
女整備士は、誇らしげに言う。
「セオさん! オリジナルはどうですか!」
セオと呼ばれた少年が、赤いクーウナの胸部コックピットから顔を出す。オリジナルのクーウナは、刺々しい攻撃的な刃を備えたムールルを、ダヌイェルの魔力砲と同じ場所に装備している。
「別に。ムールルも完璧だよ」
少年と大人の狭間にありながら、どちらかと問われると少年。そんな顔付の彼は、表情を全く変えずにそう答えた。
「クーウナは我々の核となる機体だ。完璧に仕上げてくれ」
「言われなくたって。死にたくないしさ」
ぶっきら棒に答えた彼は、機体の中に戻る。
「こちらセオ、発進準備完了」
彼はヘルメットと酸素マスクを着けて、通信を行う。
「了解。カタパルト開放。クーウナは、出てください」
赤い巨人はスーッと浮いて、滑っていく。格納庫の二重扉を抜け、やがて艦側方のカタパルトデッキに辿り着く。シャトルに足をセットし、沈み込んだ姿勢を取る。
「魔力チャージ、規定出力まで二十五秒」
イィーンという駆動音が響き、カタパルトの赫灼石にエネルギーが送り込まれる。セオのヘッドマウントディスプレイに、コントロールがパイロット側に譲渡された旨の文章が表示される。
「チャージ完了。パイロットに射出タイミングを譲渡」
「クーウナは、セオで行く!」
両手に握ったスティックのボタンを押し、加速。雲の上から一気に高度を落としていった。かかるG、震える手。耐G能力を向上させるスーツを着ても猶、急降下は体を押さえつけられるような感覚を伴う。
そして、彼は皇国の防空識別圏に侵入した。
◆
芽吹は空に上がった。隼人を伴い、魔力探知機の反応を確かめる。
「速いな。二番、気を抜くなよ」
「うっす」
ハミンナと同等か、それを超えるスピード。斜め下に真っ直ぐ進む機影に、該当するデータはない。
(また新型……どこの誰がそんなに金を出すんだ)
赫灼騎兵は誰にでも作れるものではない。装甲に使われる魔導合金の精製には材料工学、駆動部の設計には機械工学、システムには魔導式工学。それぞれの専門家が出せる限りの知恵を絞って製造しているのだ。相応に金もかかる。そんじょそこらのテロリストに発注できるわけがない。
機体の反応から、四つの小さな反応が分離する。
「ムールルだ!」
「了解!」
ムールルの射程距離は、基本的に短い。デバイスの大きさに制限がある以上、魔力を収束させるバレルも短くなるからだ。そのために接近してくることは、何らおかしくない。だが、芽吹は、その速さに違和感を抱いた。ハミンナやハダナのそれとは段違いだ。
「何か変だ、警戒を──」
そう、呼びかけた時。隼人機の右腕が斬り落とされた。
「このムールルは、斬撃なのか⁉」
今しがたカメラに収めた映像をその場で解析する。前に真っ直ぐ伸びる刃に、その横から斜めに生えた刃。
(射撃用の機構を取っ払って……!)
すぐさま対応した隼人は、それ以上のダメージを負うことはなかった。斬撃型のムールル──デッセムールルは、上空の母機に戻っていく。
「あんたが芽吹?」
若い声が聞こえてくる。国際救難チャンネルを使った、強引な通信だ。
「……そうだ」
相手は背部魔力砲の射程内にいる。それを確認した芽吹は、いつでもトリガを引けるよう備えていた。
「ずっと会いたかったんだ。あのマイ・オッフを殺した、パイロット」
真っ赤な機体は直立姿勢のまま降りてくる。太陽を背にして、神か悪魔か、そういったものが降臨したかのようにさえ思える。
「タイマンしようよ」
すらりと光る長剣を前に、芽吹も刀を両手で握った。
「いいね。精々楽しませてよ」
芽吹は回線を切り替える。
「相手は一対一を挑んできている。二番は、基地に戻ってくれ」
「うす」
手伝いや不意打ちの提案すらない。我ながら信頼されているな、と彼は少し笑顔になった。
「じゃ、始めよっか」
クーウナが一直線に近づいてくる。胸部に魔力砲らしき開口部があることを認めていた芽吹は、斬り結ぶことなく、ヨー方向の機動でその背後に回った。
「速いんだ!」
少し昂ってきたセオはそう言いながら振り向き様に斬りつける。外れ。一瞬見失った直後、頭を踏まれた。アンテナが潰れ、ムールルの操作精度が低下するとアラートが出る。
「だからって!」
仰向けの姿勢になり、拡散魔力砲。そこに赫天はいなかった。
芽吹は、その時すでにクーウナの下方にいた。背部魔力砲を相手に向け、一射。それを鋭敏な勘で捉えていたセオは回避運動に入るものの、右脚を持っていかれた。
少年もそこで簡単に引き下がる男ではなかった。ムールルを嗾け、赫天の脚に切傷をつける。肩の装甲を掠める。しかし、真っ直ぐその斬撃の中を通り抜けた湾刀の一撃が、首を刎ねる。
「ここまでだね。それじゃ!」
ムールルを回収したクーウナを追おうとした時、冬弥から通信が入る。
「下がれ。相手の戦力が不透明だ」
「……了解」
生き残りはした。部下も死んでいない。正体不明の機体のデータもとれた。充分だった。だが、悔しさが燻る。ゆっくりと、帰投した。
◆
「クーウナからのシグナルを確認」
優しいが無駄のない声で、緑の黒髪を誇示する女通信士が言った。
「通信の強度がだいぶ低そうだな」
色黒な眼鏡男が、裸のピンナップを眺めながら言う。
「すみません、もう一回言ってください」
彼女は何度かそう繰り返して、漸く相手の言わんとする所を把握した。
「クーウナ、かなりダメージを負っているようです。ネットの用意をさせますか」
「こちらでも確認。脚と頭をやられたな。まったく、タダじゃねえってのに……」
眼鏡は後頭部を掻きながらぼやく。
「……こちら艦長」
銀髪の女艦長は、椅子の肘掛の先につけられた通信機を取ってそう告げる。その腰には何やらスイッチらしきものがあった。
「クーウナは損傷している。ネットを用意しろ」
その指示が出ると、格納庫は俄かに忙しくなった。テニスのネットを何倍にも大きくしたようなものが広げられ、そこにクーウナが突っ込む。ネットの基部ごと後退し、衝撃を吸収しきれば、そのまま壁際のハンガーに移動した。
クレーンが機体を掴んで、床に対して水平な姿勢に変える。トレーラに乗せられる。そこまでやって、セオは機体から出ることが可能になった。
「派手にやられたな」
その隣に身体強化をかけたオが降り立って、言った。
「やっぱり強いね、芽吹は」
そうやって発せられた声には微かな喜びが滲んでいる。ヘルメットを外して露になった顔にも、同じ色が浮かんでいた。
「調整はどうだ」
「んー……百分の一秒反応が遅かったかな。特に右肘。魔力砲発射も、少しだけどラグがある。多分、芽吹はそれを本能とか直感とか、そういうもので見抜いたから避けられたんだと思う」
格納庫後方の整備スペースに運ばれていく愛機を見送りながら、彼は滔々と語る。
「だけど、楽しかったよ。あれが前戦争の最前線を生き抜いて、今じゃ黒鷲隊なんてものを預かっている。それが嘘じゃないってことがわかった」
「理解しかねるな」
オはばっさりと斬り捨てる。
「戦いに楽しさなどと」
「オは真面目過ぎるんだよ」
トンッ、と跳躍した彼は、キャットウォークに乗る。そのまま、休憩室に入っていった。
「……真面目、か」
向けられた言葉を反芻する。
「だからこそ、今の私があるのかもしれない」
呟いて、彼女は艦橋に向かった。