「犯行声明が出た」
黒鷲隊と白狼隊を前に、冬弥が口を開く。
「昨日午前八時頃、天炎島基地に数発のロケット弾が飛来した。その後、基地にザハッドナからのビラが撒かれ、その攻撃であることを明らかにした」
「ロケット……ラウーダが使うような奴っすかね」
隼人が何気なく言う。
「いや、戦艦クラスのものだ。ザハッドナは空中戦艦を保有しているということだな。この情報は、捕虜の供述とも一致する」
「それならぁ、こちらから捕捉できないとおかしいですよぉ」
「魔力攪乱膜で機体を隠している可能性が高い、ですね?」
芽吹の指摘に、司令は頷いてみせた。
「その上、光学的な捕捉も不可能にする最新鋭のステルスフィールドを展開しているのではないか、という予測も立てられている。上空を巡航し、必要に応じて赫灼騎兵や砲弾を投下する、という戦い方をしていると思われる」
冬弥はそこで溜息を吐いた。
「赫天部隊として、正直な所を語ってほしい。やれるか?」
黒鷲も白狼も顔を見合わせてから、一様に断言する。
「やれます」
と。
「ならいい。だが忘れるな、お前たちの代わりはそうそう出てこない。生きてくれ」
敬礼に、返礼。そうして解散となった。
最後に会議室を出た芽吹は、少し冬弥の言葉を思い出していた。部下の生も死も隊長の責任だと言っていた。それに倣って生きていきたい気持ちと、できるのかという不安、どこか逃げたしたくなる弱さ。アンチノミーに挟まれながら、廊下を進んでいく。
敵の戦艦に思考の対象を移す。帝国の主力艦は、依然ヴィアトレム級のままだ。三連装魔力砲三基と多数の対空砲、ロケットランチャを備えた船。しかし、それがステルス性を持っているという報告は今のところない。
つまり、ザハッドナは戦艦を新造させたのかもしれない。
(新型の赫灼騎兵を有して、かつ、戦艦を調達できる。どういうパトロンがいるんだ?)
戦艦は金食い虫だ。皇国の財布も、大艦隊を維持するために薄くなっている。
(一つあるとすれば……帝国政府と繋がっているのかもしれない)
階段を下りながら、思索を続ける。
(帝国は講和条約の影響で軍縮を行っている……それをすり抜けて皇国を攻撃するために、テロリストへ……)
それは最悪の可能性であったが、十分に考慮するべきものでもあった。しかし、政治の話だ。そうなれば彼は無力。パイロットも兵士の一人に過ぎず、それ以上の、戦略的規模のことについては冬弥や、更に上の人間が担当することだ。
(黙殺してきた憎悪、か)
オ・ジガに投げつけられた言葉。殺してきた人間一人一人を振り返ることはできない。かつて、手に掛けた人間の過去を想ったこともある。畢竟、そういうことは無駄なのだと知った。
扉を開く。今にも降り出しそうな空を見上げて、浅い溜息を吐いた。
「あ、たいちょお」
甘えるような声を発したのは、玲奈。深緑の飛行服に身を包んでいて、青い制服を来ている芽吹とは対照的だった。
「ザハッドナぁ、怖いですねぇ」
「うん。金のあるテロリストっていうのは、本当に何をしてくるかわからない……警戒しすぎるってこともないし、いつでも動けるようにしないとね」
彼女はぴったりと芽吹の横につく。身長の低い彼女は、どうしたって相手を見上げる格好になる。そのマスクのような笑顔と視線がぶつかり合うことが、芽吹は苦手だった。
「戦艦一隻覆いつくすフィールドってぇ、航行に差し障りそうなものですけどねぇ」
「十年」
突然何を言い出すのか、と彼女は直属の上司を見上げた。
「十年経ったんだ。新しい技術だって生まれる。戦闘ができるかはわからないけど、脅威は脅威だ。舐めてかかればこっちが死ぬ」
真っ直ぐ前を向いて言い切る芽吹の手を、彼女は掴もうとする。だが、その直前になってやめた。
「十年、ですかぁ。そろそろこちらも新型が出る頃合いですかねぇ」
「今年でるとしたら二〇式、か。間に合えばいいけど」
冬が始まる前。三月もすれば年が明けて、新しい一年が始まる。
「玲奈は、どんな機体がいい?」
「速くて目が良ければぁ、それでいいですよぉ」
皇国の機体設計に於いて、最も重視されているのは運動性だ。次いで機動性、そして火力の順。帝国系では火力、生存性と続く。だが、装甲の進歩に対して火器の進歩は凄まじく、帝国の生存性主義は廃れつつある。
故に、両国の設計思想に差はなくなりつつある……と芽吹は何かの本で読んだ。
「そうえいばぁ、共和国の機体の話って聞かないですよねぇ」
「ヴォウ共和国? 操縦性と機動力の両立に力を入れているらしいよ。数を揃えることを優先して、帝国をずっと牽制してくれている」
「いつかぁ、一緒に戦うこともあるんですかねぇ」
「そんな機会、ない方がいいな……」
帝国と再び戦端を開けば、今度こそどちらかが滅びるまで戦争は続くだろう──彼が勝手にそう思っているだけだが、強ち間違いでもないと踏んでいた。
「隊長はぁ、テロと軍隊ぃ、どっちと戦うのが楽ですかぁ?」
「格下を倒せばいいだけならテロなんだけど……そのテロリストが最新鋭機を持ってる。気に入らないよ」
赫天と雖も、既に十年前の機体。接続器や抽出器のアップグレードは続けているものの、どこかで総入れ替えしなければならないだろう。そうなった時、どのような機体が与えられるのか。怖くもあり、楽しみでもある。
「それじゃぁ、私ぃ、待機なのでぇ。またお話しましょうねぇ」
敬礼して足早に去っていく後ろ姿を、芽吹は不思議と目で追っていた。そこで、警報。
「所属不明機接近。待機中のパイロットは──」
芽吹が空に上がったのは、四十五分後のことだった。
「こちら司令部。敵はかなりの数だ。赫天部隊は全て出させる」
冬弥からの通信を聞きながら、戦場に向かう。
「少々無理があるかもしれんが……すまない。耐えてくれ」
港湾から高度を上げつつある戦艦を追い抜いて、友軍機の位置を確認する。白狼隊は先行して上がっている。黒鷲隊も、五番機六番機のペアが発進準備中だ。
「間に合いますかね」
隼人の声。
「三番も四番も優秀だ。死ぬことはない」
やがて魔力の光を目視する。芽吹は一気に増速して、右肩の黒い赫天に斬りかかっていたダヌイェルを蹴り飛ばし、魔力砲でコックピットを撃ち抜いた。
「三番! 無事⁉」
「戦闘続行に支障なし」
玲奈の声ではあったが、つい先程まで聞いていた甘ったるさはなく、覚悟に満ちた戦士の声音をしていた。
「六番! バディから離れるな!」
舌打ちのような音が聞こえてような気もしたが、彼はそれを無視した。
「二番、赤いのは見えた?」
「はい。でも、青いのもいるっす。隊長はそっちに。赤いのはオレが抑えます」
「任せた!」
登録済みの魔力パターン。
(
迫るムールルの砲撃を簡単に躱し、腕部魔力砲で脅す。間に入った攻撃端末が障壁で防いだのを見た彼は、そうやって出来た死角に入り込み、背部の砲を起こす。
が、後方から接近する反応。ダヌイェルだ。振り向くと同時に刀を一文字に躍らせるも、ほんの僅かに届かない。腕が伸びきって慣性で動けない一瞬に、拡散魔力砲が来る──。
放たれた瞬間、芽吹はそこにいなかった。どこに、と探したダヌイェルのパイロットは、次の刹那に斬り裂かれた。
芽吹は、斥力発生装置を降下に使い、スラスタの向きとは無関係に急降下を行ったのだ。そこから一挙上昇して相手を真っ二つにした。
「芽吹ィ!」
二振りの剣を掲げた青い機体が、それを赫天の頭めがけて打ち下ろす。そんな見え見えの攻撃を止めることは容易かった。芽吹は刀で剣を滑らせ、ハミンナの胸部魔力砲を脚で潰す。姿勢を崩した所に止めを刺したかったが、ムールルが攻撃を仕掛けてきた。
仕方なく距離を取った途端、ハミンナは逃げ始める。
「こちら碧海島司令。我々は罠に掛かったようだ」
「どういうことです!」
「天炎島にザハッドナが上陸した……俺たちの前にいるのは陽動だ」
緑の赫灼騎兵十数機が、一斉に高度を上げていく。
「今からでも天炎島に向かってくれ。頼む」
芽吹は、静かに拳を握った。