芽吹は、横になった赫天に乗り込んでいた。ヘッドマウントディスプレイに表示される画面を視線と思考、そしてスティックで操作し、パーツ一つ一つのパワーを調整していく。
「どうです」
ヘルメットのスピーカーから声が聞こえてくる。
「概ね問題なしだ。微調整は飛ばしながらやりたい」
「わかりました」
その返事と共に、サイレンが鳴る。
「大原芽吹少佐が試験飛行を行う! 作業員は退避だ!」
機体がクレーンで持ち上げられ、キャリアへ。外に出ると、青い空に向かって垂直にジャッキアップし、機体を進ませる。
「大原芽吹、試験飛行開始」
斥力発生装置で音もなく浮かび上がった徒手の機体は、まずは単純な飛行を試す。
(脚部スラスタのバランスは完璧。背部のユニットは右のパワーが少し低いか……)
徐々に出力を上げていき、次は戦闘を想定した機動を始める。ディスプレイに映し出された仮想の弾丸を躱し、仮想の敵機を仮想の刀で斬る。
その時、アラートが出た。
「右スラスタユニットに異常。調整を求む」
「了解しました。帰還どうぞ」
エラーの内容は、魔力伝達路の損傷。それを伝えて、芽吹は機体から離れた。
「交換しておきます。作業は二時間で終わらせますから、すぐにまた飛べるように手配しておきますね」
「頼んだ」
少し歩いたところにある休憩室で、芽吹は暖かい茶を買った。
「あ、隊長」
適当な椅子に座ろうとしていた彼に、先に席に着いていた隼人が声をかける。
「隼人は飛んでみた?」
「軽くっすけどね。問題なかったっす。隊長は?」
「右スラスタの魔力伝達路にダメージ。多分、劣化と過負荷だ」
向かいの席に座る。
「情報局の言うこと、信じます?」
朝、空技廠の情報局に赴いた。そこで二人は、魔導大戦期の兵器が発掘され、復元しようという動きが連邦で起こっていること、そして、現在はヴォウ共和国に属しているニザラ島でも同時代の何かが見つかったことを教えられた。
「千年前の魔導大戦……陸地の形を変えるほどの兵器。動かせるなら、脅威になるね」
「隊長が言うならそうなんでしょうけど」
隼人はそっとコップを握った。
「オレ、考えたんすよ。次、ザハッドナが何するか」
「へえ。結論は?」
「天子様っす。皇都にやってきて、天子様を人質にとるんすよ。それで、しこたま身代金貰って……」
「更に戦力を強化する。なるほど……なくはない話だな」
紙コップに入った緑茶を一口。奇しくもその動作はほぼ同時に行われていた。
「
「元気にしてればいいけど……」
碧海島基地。光輝と斗真は、前者の私室で将棋を指していた。状況は膠着。攻めあぐね、睨み合う。
「今ザハッドナが来たら、負けちまうかもな」
斗真が腕を組んで言った。
「……隊長がいないから?」
「大尉だっていないんだぜ。一番つえー人たちが抜けてる」
「俺、あの人に助けられたよ」
斗真の王手。
「俺はあの人信頼してないって言ったのに、見捨てなかった。なんか……馬鹿みたいだよな」
「いいんじゃね?」
光輝は角を動かしてその駒を取る。
「でも、そうだな。ボクも自分のことでいっぱいいっぱいになってたから、光輝を援護してやれなかった」
長考が挟まる。
「ボクさ、ずっと考えてたんだよ」
指そうとして、止める斗真。
「隊長がマイを殺したことを誇らないのか。多分……嫌だったんだと思う」
「嫌?」
「ほら、ボクらの世代って隊長が仇討したって何度も聞かされてるだろ? でも、隊長はどこかで、マイを殺したことを後悔してたのかもしれない。あいつにも家族がいたんじゃないか……って」
再びの王手だ。
「復讐の、連鎖?」
「そう言うとなんか偉そうだけど、ま、そういうことだよ。今度は自分が狙われる側なんじゃ、って思ってるんじゃないかなあ」
ツーブロックの少年は静かに頭を下げる。
「なあ、斗真。隊長の戦果、信じられるか? 一年目で最前線に投入されて、マイ・オッフと渡り合ったっていう」
「信じるも何も、目の前で見ただろ。あの青い機体と赤い機体同時に相手にして生き残ったんだぜ」
確かな事実を前にして、彼は投了した。
◆
夜。週末の活気を得た街から、軍服の芽吹は帰ってきた。常在戦場、とまではいかないにしても出動を意識する癖がついている黒鷲は、日常的に飲酒を制限するようになっていた。
焼き鳥屋の後串カツ屋に行き、最後はラーメンを一杯。雑な食事とは、まさにこういうものを言うのだろう──そんな自嘲と共にベッドに腰掛ける。
窓の外に光る夜景は、社会を支える人々の姿を思わせる。
(何かが違えば、俺はあの中の一つだったんだろうか)
そんな思考も顔を覗かせる。
(いや、どうせ軍に入ってたな。そんな気がする)
親の勧めもあっただろう。きっかけが違うだけで、行く末は同じだったのかもしれない。
風呂にでも入ろうか、と思った時。外からサイレンが聞こえてきた。
「空襲警報、空襲警報──」
彼は反射的に立ち上がり、下に向かおうとした。しかし、エレベータは止まっている。階段も少し遠い。そこで、窓を開けた。身体強化をかけて、ジャンプ。着地。そのまま工廠へ走った。
「隊長!」
同じことをしていた隼人と合流する。
「隼人、機体、動かせる?」
「大丈夫なはずっす」
空に白い有翼の戦艦。ダヌイェル、赤いクーウナ、そしてハミンナ。ザハッドナだ。緑の機体はコンテナのようなものを持っている。
「皇国臣民よ、我々はザハッドナである」
酷く加工された、あの声だ。
「我々は諸君を傷つける意図はない。交渉がしたいのだ」
ハミンナが高度を落とすのが見えたが、どこに向かっているのかは定かではない。そうこうしている内に、工廠に着く。
「出せるか⁉」
装具を身に付け、機体を保管している建屋に飛び込んだ芽吹は、そう怒鳴った時にはもう機体への梯子に足をかけていた。
「は、はい! 完璧です!」
それを聞きながら、コックピットに飛び込む。ヘルメットを被り、酸素マスクを装着する。
「大原芽吹少佐、出撃! 出撃!」
昼と同じように──ただ違うのは太刀を受け取ったこと──外に出た彼の機体は、上空からハミンナを捉えた。皇都の中心に位置する皇居を、ザハッドナの機体が囲んでいる。
「こちら首都防衛隊司令、
「黒鷲隊です。同じ塗装の機体ももう一機上がるはずです」
「あの! 頼もしい限りだ」
魔力の照準を定めたいが、どう撃っても機体の爆発に皇居が巻き込まれてしまう。
「敵の目的は何です?」
「天子様を人質にとって、金をいただこうとしている」
隼人の予想通りであることへの驚きを、彼は隠した。
「だから、今は動かないでくれ。下手に手を出せば……」
「皇居ごとボカン、ですね」
「そういうことだ」
スラスタのパワーにできる限りの注意を向けながら、テロリストの出方を窺う。
「大原芽吹だな」
ハミンナのスピーカーから声がした。
「ここで会ったのは、運命かもしれんな」
隼人機が高度を上げてきた。九一式も出ている。
「貴様は、この腐った世界を変えたくはないか?」
何の誘惑か、と言い返すこともなく、芽吹はトリガーを引く用意をしていた。
「だんまりか。まあ、いい。そうやって憎しみから目を背け続けることはできないぞ」
ズームすれば、ダヌイェルが下ろしたコンテナから歩兵が出てきていた。
「少将、天子様の脱出は進んでいますか?」
「既に地下道に入られた。二十分もすれば安全圏まで脱出される」
無差別攻撃に走らないだけマシか、と思いつつ、とにかく待っていた。
「真に世界を支配するべきは誰か、考えたことはあるか」
オからの問いかけ。
「この腐りきった天子ではなく、栄光の皇帝こそが支配者に相応しい。貴様も知っているだろう? 天子とやらはまだ十代……国を背負って立つには幼い」
芽吹のディスプレイには、天子の位置がリアルタイムで送信されてくる。皇居直下を抜け、ある程度離れていた。
「攻撃開始」
少将からの指示と共に、パイロットたちは一斉に引鉄を引いた。赤い光が皇居を襲い、そこにいた歩兵らを消滅させる。
「正気か⁉」
当惑するオに、芽吹が斬りかかる。擱座したダヌイェルがどうにか浮いて間に入るも、一瞬で両腕を切断された。そして蹴り飛ばされ、何の意味もなかった──ように思えて、その僅かな時間がオに反撃の体勢を整える余裕を与えた。
「行け、ムールル!」
攻撃端末たちは、一見すれば芽吹から離れるようだった。しかし、それらは背後を取った瞬間に反転、彼に死角から砲撃を行った。
「小手先の!」
直感的に機体を動かした彼に被弾はないが、避けた先にあった市街地にダメージが入る。
「避ければ避けるほど街が燃えるぞ、芽吹!」
皇居は小高い丘の上にある。そこを中心として、放射状に市街地が広がっているのだ。つまり、ここからならこの街のどこへでも砲撃が可能ということ。
「剣で勝負を決めようじゃないか」
皇都市民二百万を人質に取ったのと同義。仕方なく、芽吹は刀を構えた。
「それでいい!」
すぐさまハミンナが二振りの剣で俄雨のような斬撃を繰り出してきた。上、上、下、と攻撃をいなしつつ、芽吹は高度を上げる。
「こちら黒鷲一番。少将、こちらはハミンナを引きつけます。他の機体を」
「……了解。任せる」
もう数時間もすれば寝静まっていたであろう街の上で、青と灰は激しい剣戟を交わす。どちらが優位か、という点については、やはり芽吹に経験値というアドヴァンテージがあった。勢いばかりの斬撃を捌き、倒すことより市民に矛先が向かないことを優先する。
(守るものがあるっていうのは!)
中々に重い。距離を置こうとしたハミンナに向け、一気に増速。左手で頭を掴み、急制動。慣性を利用して引き千切った。そこに止めを刺そうとすれば、オリジナルの紅いクーウナに踏まれた。
「オ、帰ろう。多分もう無理だ」
セオは淡々とした声で言う。
「……芽吹、次会った時が最後だ」
そう言い残して、ザハッドナは高度を上げていく。
「追撃はいい……こちらもそれなりに被害が出ている」
燃え盛る街。芽吹は、いつかの故郷を思い出していた。