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明曉の戦場

「取り逃した、か」


 芽吹と隼人は、昇陽基地の通信室で冬弥と話していた。


「首都にもかなりの被害が出たのだろう。お前たちは無事だったか?」


 少し暗い室内で、ディスプレイに表示される上司の顔は、僅かに心配の色を見せていた。


「ええ。機体にダメージもなく……明日には碧海島に帰ります」

「わかった。それで──」


 画面に、冬弥を押しのけて芽吹の知己が映る。タンクトップにスキンヘッドの彼は、浩二だ。もうすぐ冬だというのに。


「久しぶりだな、芽吹!」

「えっと……」

「今は中佐だ。どうだ、新型、見たか?」


 ぐいと冬弥が画面に戻ってくる。


「いえ……配備が始まったんですか?」

「先行量産型の製造ラインが動き出したらしい。第一号はお前のもんだろ、芽吹」


 驚いていた隊長から、浩二の視線は隼人に移る。


「隼人、元気にしてるか?」

「うす! 教官!」


 大袈裟な敬礼が行われる。浩二は終戦からすぐに赫天部隊の教官になった。だが、左腕は、肩から先が全て鈍色の魔導義手に置き換えられている。


「しっかし、お前が二番機か。芽吹が死ぬこたねえだろうから、隊長になる前に退役かもな」

「俺もどこかで後方に行きますよ」


 笑いながら応じる可愛い後輩に、浩二は大きく破顔して言う。


「そうだな、赫天の次の機体、芽吹が教官になるかもしれねえもんな」

「その新型、何か聞いてますか」

「残念だが、俺もそんな詳しいわけじゃねえ。赫天の教官つっても、噂がよく入ってくるだけだからな」


 テストパイロットが機体を振り回すのも終わった頃だろう、と誰もその認識を無言のうちに共有する。


「でも、芽吹なら使いこなせるって信じてるぜ」

「煽てないでくださいよ」


 口元を綻ばせ、若い隊長は穏やかな目で先輩を見る。


「でも、今来られたら機種転換が間に合わないようにも思えます」

「赫天をぶっつけ本番で動かしたんだ。どうにかなるって」


 その真っ直ぐな瞳を見た彼は、浩二が本気で言っていることを理解した。


「そうっすよ。隊長ならどんな機体だってすぐ乗りこなせますよ」


 持ち上げられては仕方ない。覚悟を決めて彼は、


「わかりました。やってやります」


 と答えた。そこからもう一つくらい話題が出そうなものだったが、サイレンによって妨げられた。


「明曉島より出動要請。大原芽吹少佐、田畑隼人大尉、出撃願います」





 アフェムが明曉島上空に侵入する。その目的は、未だ研究所に囚われている子供たちの救出だった。


「出撃地点に到達。赫灼騎兵は降下を開始する」


 オの冷たい宣言と共に、カタパルトデッキに並んでいた機体が飛び降りる。目標は雲の下。急降下した彼女は、やがて灰色の建物を認めた。


「我々は、ザハッドナである」


 高度を落としながら、宣言する。


「実験材料として監禁されている者たちを解放せよ。そうすれば、研究者諸君の命までは取らない」


 建屋の傍に立っている九一式を捉える。邀撃に上がったそれらをムールルで撃ち抜き、剣で斬り捨てる。ダヌイェルの加勢もあって、制圧そのものはすぐに終わった。だが、いつまで経っても中にいる人間は出てこない。


「どうした、早く出てこい。後五分以内に出てこなければ、歩兵部隊を突入させるぞ」


 ダヌイェルの一機がコンテナを下ろす。


「……突入開始」


 命令が下れば、忠実な猟犬たちは研究所に向かって走り出した。銃撃はない。十五分後、オの耳に入った報告は、あまりに残酷なものだった。


「殺されている、だと?」

「ええ。子供たちは皆殺しにされています。研究者は地下から脱出したようですが……通路の入口が破壊されています。追跡は困難かと」

「データは」

「削除された形跡が。しかし、他所に転送されているのやもしれません」


 また、救えなかった。スティックを握る手が震える。


「……そうか。せめて、遺体だけでも収容しよう」

「了解」


 更に二十分後、黒い袋に入った何かが運び出される。その中身など、想像するまでもないことだった。皇国とは、全く以て、潰さねば敵であることを、彼女は再確認する。ディスプレイの下の素顔には、まだ涙を流す力があった。


 少し目を閉じた時、アラート音で引き戻される。接近する反応がある。


「……芽吹ィ!」


 胸部の砲から、収束した魔力を放つ。それは虚空に消え、反撃が飛んでくる。


 西から高速で接近している赫天に乗っていたのは、芽吹と隼人だ。


「この施設……二度目だな」


 十年前を振り返りながら呟く。


「二度目? どういうことっすか」

「一回防衛に来たことがある。その時は何も知らされていなかったけど……」


 カメラが捉えた映像には、歩兵が何やら黒いものを運び出す様子が映っている。


「死体? 施設から反撃を受けたのか……」

「言ってる場合じゃないっすよ。ここでダヌイェルやれば、あいつら帰れなくなります」

「そうだね。手早く終わらせよう」


 背部の魔力砲を数連射した後、加速。敵の勢力は緑が三機、青が一機だ。良くて互角、といったところだろう、と彼は判断した。


 前に出てきたダヌイェルと幾度か斬り結んだ芽吹は、左手をその胸部砲に突っ込み、腕部魔力砲を放つ。ウィークポイントにエネルギーの奔流を受けたその緑は、敢無く散った。


「一つ!」


 別のダヌイェルが弾幕を張っている。隼人はその中に飛び込み、一瞬で距離を詰めた。そのまま剣を絡め取って、頭から唐竹割。コックピットと赫灼石を同時に断たれ、これもまた爆発した。


 が、ハミンナの横槍で次の機体には向かえなかった。ムールルの攻撃をどうにかこうにか躱しているうちに、芽吹も参戦。青い機体を苛烈に攻め立て、左の剣を奪った。


「今度こそ!」


 刺突の姿勢に入る芽吹だったが、ハミンナは肢体を後方に倒し、そのまま一回転。意表を突かれた彼は、頭部への砲撃を避けられなかった。


「隊長!」

「メインがやられただけだ!」


 すぐさまサブセンサに切り替え、ザラついた映像がディスプレイに映る。射撃センサもその性能を大幅に制限され、撃ち合いで勝てないことを彼は早々に悟った。


「……大原芽吹、ここにいたのは何だと思う」

「何だっていい」

「子供だ。そこの黒い袋に入っているのは、子供の亡骸だ」

「子供まで殺すか! ザハッドナは!」

「違う」


 彼は思わず手を止めていた。


「殺したのは、お前たちだ。皇国は子供を実験台にし、いざ助けようと我々が駆けつければ、鏖殺したのだ。これでもまだ、お前は皇国のために戦うか!」

「テロリストの戯言など!」


 本心だった。世論を傾けるための嘘だと、彼は本気で信じていた。故に、攻撃の手は再び暴れ出した。


 ハミンナは落ちた剣を素早く回収し、芽吹の刀を受け止めた。しかし、彼も無策ではなかった。彼の太刀は、新型機に回される予定だった新式のものなのだ。


「魔力コーティング、一点集中!」


 その掛け声と共に、刃と刃が触れ合う場所にだけ、魔力が集まる。それによって、一時的に面積当たりのエネルギーが魔力砲を越えた得物が、相手のそれを切り裂く。


 返す刀で胸部魔力砲を傷つけ、発射不能に追い込む。それでも、ムールルからの攻撃を躱しきることはできず、両脚を奪われた。離脱しようとした彼の周囲に、ムールルがぴたりとつく。


「さらばだ、芽吹!」


 赤い光が灯る。四方向からの射撃。攻撃端末は速い。振り切る速度は赫天には出せない。マヌーバでどうにかしようにも、脚という推力の源を失った以上、機敏には動けない。


 だが、一巻の終わりを悟った芽吹に、攻撃はなかった。ハミンナは、背後に回り込んだ隼人機に狙いを変えたのだ。背部のスラスタと脚を射抜かれ、地面に倒れ伏した機体。それを踏みつけ、彼女は芽吹を睨んだ。


「先日、次会う時に殺すと言ったな」


 青い機体の肩と前腕に、ムールルが戻る。


「格好がつかんが、これまでだ。次の戦場で会おう」


 歩兵を収容したダヌイェルと共に、青は空に帰る。それを見上げていた芽吹は、静かに司令部との回線を開いた。


「少将、相談があります」

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