「何なんでしょうねぇ」
昇陽へ向かう鉄道の中、玲奈が向かいに座る拓海に向かって言った。
「隊長と副隊長がわざわざ呼び寄せたんだ、きっと大きな意味がある」
変わらない重々しい声音。
「パーティでもするんですかね」
その隣にいる斗真が気色を見ながらぽつりと言う。
「まさかぁ。隊長、そういう方じゃないですよぉ」
光輝はだんまりだ。本を片手に、頬杖をついている。
「この間にぃ、ザハッドナが動かなければいいんですけどねぇ」
「二人で青いのに結構なダメージ与えたって聞きましたよ」
「ああ。だが、二人の機体も直撃を貰ったらしい」
「でも怪我はしてないとかぁ」
会話に加わらない光輝は、上司とどう接するか考えていた。戦果が嘘でないなら、その実績を否定しようとした自分は、疎まれるのではないか。そして、そうではなく手を差し伸べてきたその心は、どのようなものなのか。
疑り深さだけは、産まれてこの方抑えられた
それでも、彼はそんな光輝を柔らかく受け止めた。それと同じことではないか、同じ轍を踏んでいるのではないか、と思っても、彼の中にいる猜疑心は何度でも声を上げる。
「きっとさ、隊長だってお前のことわかってるよ」
心を見透かしたように、斗真は言う。
「ゆっくり行こうぜ」
列車が皇都に着いたのは、そこから二時間後だった。旅行鞄片手の四人は、駅を出て迎えの車があることに驚いた。
「いつの間にかぁ、とんだ英雄扱いですねぇ」
やたらと長い黒塗りの車に乗って、少し興奮気味の玲奈である。中堅二人は立派なエースであり、新人二人も前途有望。国から期待されている部隊なのだ。
「どこへ向かうんですか」
拓海が感情を思わせない声で問いかける。
「工廠です。大原少佐がお待ちですよ」
スーツ姿の運転手が優しい声色で答えた。
窓から見えるビルの数々。田舎者の斗真はそれを宝石箱のように眺めていた。
「別に、珍しいもんでもないだろ」
光輝が静かに指摘する。
「ボク昇陽初めてだからさ、いやー、でっけ~」
過ぎ行く昼の日差しに目が眩みそうになりながら、かっぺは燥いでいた。
二時間ほどだろう。揺られ揺られて辿り着いた工廠の入り口には、芽吹と隼人が立っていた。
「来たね」
部下たちは一斉に敬礼を送る。
「君たちに、見せたいものがある」
芽吹の背後には、六台のキャリアが並んでいた。赫灼騎兵らしいものが乗っている。
「ジャッキアップ!」
彼の一声に合わせて、キャリアが機体を持ち上げる。そこに立ったのは、赫天に似ているものの、大きな違いもある、新型だった。
「
広い肩幅、大型化された胸部には魔力砲。背部の装備は赫天と同じだが、肩部と両腰に魔力砲らしいユニットが装着されている。そして、肥大化した脚部によって身長はほんの少し伸びていた。
「先行量産型の内六機を、天炎島奪還のために回してもらった。これで、ザハッドナを叩く」
「乗ってみたりはぁ……」
「これから訓練を実施する。機種転換にかけられる時間は一週間! それで慣らしてもらうよ」
部下たちは緊張──したわけではなかった。やってやろうじゃないか、という気概に溢れた表情を見せてくれていた。
「頑張ろう、俺たちが鍵だ」
◆
アフェム艦内の空気は、冷え切ったものだった。子供たちの死。それが巨大な暗雲となって伸し掛かっている。天炎島に持ち帰られたそれらは、火葬された。
その事実を伝えるため、オはカメラの前に立った。
「我々は、ザハッドナである」
その一声は、皇国全土に響いた。勿論、芽吹たちがいる昇陽基地の食堂のテレビにもだ。
「我々は、明曉島に存在する、人体実験施設を襲撃し、その子供たちを救わんとした。しかし! 彼奴らはあろうことかそれらの子供たちを殺害し、自分たちだけで逃げたのだ!」
「ペラペラと……」
芽吹はステーキを食べる手を止めてそう呟いた。
「どこまでホントなんすかね」
「全部嘘だよ。ああいう奴らは、平気で嘘を吐くんだ」
この十年、散発するテロの対処に追われていた彼は、テロリストが自分たちにとって都合のいいナラティヴを垂れ流すということを知っていた。だが、この場において、その経験から来る判断は間違っていた。
「みんな、信じちゃだめだ。あいつらは皇国の世論を傾けるために、真実らしいことを言っているだけだよ」
大原芽吹が言うのならそうなのだろう、と黒鷲以外の整備士たちも納得してしまった。
「皇国軍人に問う! 何故皇国のために戦うか! 穢れ切った天子という看板の下で、何故堂々と生きていられるのか!」
加工された声でありながら、そこには強い感情が込められていた。しかし、どう繕っても、一度テロリストという肩書を名乗ってしまった以上、彼女の想いは届かない。
カチャカチャと食器の擦れる音、ズズッとスープを啜る音、そういうものに掻き消されていく、彼女の声。
「考えてみてほしい。ヤガ地方に住まうのは帝国の血を引く者たちだ。何故諸君はそれを皇国の支配に置くことを受け入れるのか!」
「ヤガ地方は異教徒の土地だろうに……」
拓海が呆れた様子で言う。
「我々は戦う。戦い続ける。皇国には、賢明な判断をしていただきたい」
そこで画面は普通のニュース番組に切り替わる。
「えー……映像が乱れました。続いては、天気予報です」
明日は曇りだという。
次々と隊員が食卓を離れていく中、一人遅い光輝は、あの小さな肉体が伝えたかったことを考える。もしあの言葉の内に真実があるのだとしたら、それを一方的に切り捨てるのは正しいのか、と。
(やめろ、相手はテロリストなんだぞ)
最後の一切れを、頬張った。
所は変わって、アフェム。
「お疲れ様です」
カジャナが拍手しながらオを労った。
「これで、少しでも状況が好転すればいいのだが」
「応えてくれる人は必ずいます」
”真実”を届けるための放送室を出て、艦長と別れたオは格納庫に向かう。
「ハミンナの修復はどうか」
青い機体についている整備士に問う。胸部魔力砲は新品に変えられていた。
「問題ありません。明日には終わりますよ」
「頼むぞ、いつ皇国が仕掛けてくるかわからん」
カツンカツンとブーツを鳴らしながら、彼女はキャットウォークの上で機体を見上げる。マナエの老人から与えられた、特別な機体。
ハミンナの開発経緯は少々特殊だ。先の戦争で破壊されたマイ・オッフ最期の乗機ハダナは、戦闘終結後、皇国に回収された。そこから得たムールル技術を試験するべく、『ハダナ改』と呼ばれる機体が設計された。
だが、皇国はムールルに対してあまり期待していなかった。故に、データの上でのシミュレーションに留まっていた……しかし、それが帝国に流出。偶然にもマナエの老人の手に流れ込んできたそのデータを基に、レア社へ実機の製造を依頼したのだ。
結果、赫天と正面から戦える機体が完成した。そんなものを渡されたことの意味を、彼女は常に考えていた。マイ・オッフの亡霊として、再来として。
結局は、自分はマイを背負うに足る人間ではないのかもしれない。それでも、と思って愛したくても愛せない乗機に背を向けた。
「あ、いたいた」
そう声をかけてきたのはセオだ。
「なんだ」
「オリジナルの調整をしたからさ、シミュレーション付き合ってよ」
「私でなければならないのか?」
「うん。ダヌイェルも悪くないけど、やっぱりハミンナを相手にするのが一番効果的だと思う」
サーベルの柄頭に手を乗せ、彼女は顎を撫でる。
「いいだろう。相手になってやる」
鳳凰級程度の大きさの船であれば、シミュレーションは機体のソフトウェアに組み込まれているものを使用する。しかし、アフェム級ともなれば専用のシミュレータルームを用意することができるのだ。
皇国のそれと似た、卵型のブースに入り、起動。戯れが始まった。