天炎島への第二次攻撃が始まった。ロケットと赤い光の雨は、障壁を貫くには至らない。
白狼隊の赫天が、ダヌイェルと斬り結ぶ。
「あの子の仇!」
その胸の中にいる女パイロットが叫んだ。数度打ち合って、離れる。再度接近して、刺突で決めようとするが、胸の魔力砲でコックピットを射抜かれて沈黙した。
「これで、終いよ!」
高揚した様子のダヌイェルのパイロットは、横から飛んできた魔力に焼かれて死んだ。数十本の赤い破壊的奔流が、戦場を駆け抜ける。
「援護の艦隊か!?」
少し離れたところにいたオは、思わず声を上げていた。
「いえ……この反応の大きさは……ザヘルノアです!」
焔輝。右肩を黒く塗装し、部隊番号を入れた、新型の赫灼騎兵が六機だ。
「こちら黒鷲隊。戦闘に参加します」
一週間の訓練を終えた芽吹は、冷静に司令部へそう連絡する。
「期待しているぞ」
冬弥の返答に、彼は微笑む。
「全機、最大出力で敵を片付けるぞ。バディを崩すなよ!」
「了解!」
隼人と共に前線に切り込んだ芽吹は、手始めに緑の機体を一機、裂いた。次いで向かってくるダヌイェルの見え透いた斬撃を軽く躱し、蹴り飛ばす。二機の腰部魔力砲が、それを破壊した。
(やれる)
彼は確信する。
(この機体なら、やれる!)
スラスタの出力を最大にして、弾幕の隙間を飛んでいく。やがて赤と青が目に入る。
「二番、赤いのを任せる。俺は青いのをやる」
「うっす。しっかり引きつけます」
ハミンナに肩部魔力砲の狙いを定め、一射。だが、その相手は別の所へ向かった。
「させねえぞ、芽吹!」
「紫が来たか……!」
人のバランスから外れた長い手足の持ち主は、クーウナ・ケルス。呪いの名を冠したその機体は、尖った爪を振り抜く。焔輝は宙返りで躱し、頭を蹴る。捥ぐことは出来ずとも、暫くセンサを不調にすることくらいはできるだろう、という見立てだ。
芽吹は上空へ。体を開き、拡散魔力砲を放つ。それを防いだ腕に向けて、腰と肩の魔力砲を同時に浴びせる。すると、見事貫通した。内蔵された赫灼石が爆ぜ、煙が二人の視界を閉ざす。
それを突き抜け、両者は斬り結んだ。
「随分といい機体に乗ってるじゃねえか!」
「そりゃどうも!」
手甲の棘を避けた芽吹は、少しばかり距離を取る。それを追おうとしてきた相手に、一斉射を放った。しかし、そこは腐ってもエース。ウーアノは直感的に機体を動かし、直撃を免れた。
「魔力砲ならなあ!」
ケルスの胸部魔力砲から、赤い光。それを焔輝は左腕の障壁で受け、止まることなく進んだ。魔力コーティングを切っ先に一点集中させ、突き出す。
その刃は長い腕の表面を滑っていき、そこに装備されていた連射式の砲を抉る。だが、浅い。
若干の苦戦を感じ取ったのか、九一式が一機、二人に近づく。砲身を切り詰めた魔力砲で援護しようとしたそれは、デッセムールルによって瞬時に達磨となってしまった。
「邪魔をするんじゃねえ!」
ウーアノは相手から目を離し、落下を始めた機体に向かう。膝のスパイクでコックピットを、一刺し。
「俺はさあ、ムールルってあんま好きじゃねえんだよ」
突然語りだした敵に、芽吹は唾を飲む。死神という二つ名に、偽りはないようだ。
「タイマンとはちっと違うからな。雑魚散らしはできても、お前みてえなエースに通用しねえってのもある。だから、芽吹、お前とは正面からぶつかり合いてえ」
「勝手にしろ」
そうやって斬っては離れを繰り返し、二十分。芽吹機の魔力探知機はひと際速い反応を捉えた。そちらに視線を向ければ、水色のクーウナ。皇都で写真を見た、あの機体だ。
その名はクーウナ・カナレグルト。右手には斧槍が握られている。それを振り翳し、灰色と赤の焔輝に叩きつけんとした。
芽吹はその一撃を受け止めるも、押し返す前にケルスが来る。全スラスタを一気に吹かして離脱、乱暴な貫手を躱した。だが、
腰部魔力砲のチャージ状態を確認している。連射はできないのだ。八十二パーセント。
(牽制には、なるか!)
同時ではなく、二門からタタンと発射した。当然のように外れる。
「ズレてる!」
照準システムの不具合だ。それを調整する余裕はない。少し大型化した太刀を両手で握り、斧槍の柄を狙っての逆袈裟だ。だが、やはり、カナレグルトの得物は全てが魔導合金で出来ている。コーティングも施されている。
斬れないなら、と突き放す。少し太くなった背部スラスタの砲で仕掛ける。その間、ケルスは焔輝の後ろに回っていた。煌めく爪を紙一重の所で回避した芽吹は、ひらりと一回転して、ケルスの右肘を切断した。
一方で、カナレグルトも攻めの手を休めなかった。しなやかな腕間接から繰り出される攻撃は重くありながら優雅で、新式の太刀でなければとうの昔に折られていただろう、とエースに思わせるものだった。
芽吹は脚部のスラスタを酷使して、軽快なフットワークで渡り合う。ノーモーションで撃てる胸部魔力砲を備えた両機は、その発射タイミングを窺いながら戦っていた。
奇しくも、それは同時だった。正確に狙いを定め、収束したものを一撃。ぶつかり合った破壊の濁流が爆ぜて、戦場によく目立つ花火を咲かせた。
それで止まらないのが、皇国のエースだ。カメラがホワイトアウトしながらも、魔力探知機と自身の勘を頼りに吶喊した芽吹は、カナレグルトの右腕と首を断った。
「ちいっ……!」
呻くような、舌打ちをするような、よくわからない声を挙げたツァンドゥは撤退に入る。
「黒鷲一番から司令部へ。上陸はどうですか」
少し落ち着いた芽吹は海面を見る。強い風に煽られた波が、天炎島の岸壁に叩き付けられている。
「この天候では無理だ。相手の航空戦力も削れた……一旦撤退してもいいだろう。黒鷲隊は紅雀へ着艦できるよう手配をしておいた」
「助かります」
六機の最新鋭機は、淡く青い戦艦の後部デッキから格納庫に入る。胸のハッチから出た芽吹は、少し蒸れた髪を掻き上げた。
「お疲れ様っす」
隼人がキャットウォークの上で待っていた。
「ご苦労様。艦長に挨拶しに行こうか」
「うっす」
鳳凰級の格納庫は艦側部に位置し、居住区や環境、戦闘指揮所は中央部に集約されている。そこまでのエレベータに乗った隊長に、右腕は話しかける。
「新型、いい感じっすね」
「うん。クーウナ二機相手にも勝てる。赫天部隊にこれが行き渡ったら、皇国に勝てる国は暫く出てこないよ」
「でも、射撃システムの調整がまだ甘い感じはするんすよね。調整の余地がある、っていうか」
「それは思う。俺も後で手を加えるよ。菱形さんもいるしね」
「姉貴に頼りたくはないんすよねえ……」
困ったような顔で頬を掻く隼人は、芽吹より少し背が高い。しっかりと軸のある肉体を見上げた頃、艦橋の前に着いた。魔力パターンを認証して、入室。
「大原芽吹少佐、入ります」
「田畑隼人もいます」
「おお、大原少佐」
日向鷹好少将。十年前と変わらない、紅雀の艦長だ。恰幅の良さにも磨きがかかっていたが、それは筋肉というより脂肪によるものだった。
「見ていたぞ。素晴らしいものだな、焔輝とは」
「ええ。俺が振り回しても文句一つ言いません」
「機体は文句を言わんだろう」
「感じるんですよ。無理をさせているな、って」
鷹好は微笑んだまま空と海を見ていた。
「私はパイロットの経験がないからな、その辺りのことはよくわからない。だが、あの敵の新型を蹴散らせるパワー……頼りになる。十年前、新兵だからと東果大佐が文句を言ったのが嘘のようだ」
「今の黒鷲隊は、トップエースの集まった部隊だと自負しています。新入り二人も、めきめき成長しています」
「よく戦ってくれた。よく休んでくれ」
「はっ」
敬礼をして、二人は居住区に向かった。そこへの廊下に、光輝が立っていた。